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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
スノータウン
32/78

32 『残された栽培室』

長らく更新が滞っていて申し訳ありません。

旅先で色々な人々と交流をしていく、というテーマのお話なのに。

未だに始まりの村から出ていない……という不思議な現象。

もうすぐちゃんと旅立ちますので、よろしくお願いします。

 翌朝、ルーシーはいつものように植物へ水をやる日課をこなそうとしていた。

 これまで長旅の準備、荷物の整理、そして子供達へ宛てた手紙のことなど。色々とやることが多すぎて頭が一杯になっていて、今日この日を迎えるまで気付きもしなかった自分が信じられなかった。


(そういえば、ここの植物達はどうするんだろう? このままにしておくと当然枯れてしまうし、だからといってこれだけの量の植物のお世話を、まさか村の人に頼んだとか……?)


 ルーシーが一人で水やり出来るようになるまで、およそ半年はかかった。それは植物の膨大な種類のせいもあるが、ルーシー自身が物覚えが悪かったのかもしれないと卑下している部分もある。

 それでも植物の世話が大変だということに変わりはない。いくら飼育をまとめたノートを渡したとして、ニコラとルーシーがいつここへ帰るのか。その全てが未定となっているので、期間の見えない世話を一体誰が引き受けてくれるんだろうと、今さらふと思った。

 それでも村人達から信頼されているニコラのことだ。もしかしたらその恩義の為に、誰もが世話をしたいと言い出している可能性も拭えない。

 結局は栽培室にある植物のことを、ニコラから直接どうするか聞かされていなかったルーシーは、まずは今朝の日課をこなすことを最優先に行動することにした。


「あれ……?」


 珍しい。ニコラが先に栽培室に入って行くのが見えた。

 どうせ栽培室に用事があるのなら、一緒にここまで来ればいいのにとルーシーは思う。一体何をしに来たんだろうと疑問に思いながら、ルーシーは駆け足で雪道を踏み鳴らしながら栽培室へと急ぐ。

 栽培室のドアは開け放たれていて、ドアの前まで来るとすぐそこにニコラが立っていて驚いた。


「あの、お師様? ここで何をされてるんですか」

「ん? あぁ、ルーシーか。そういえばまだ言ってなかったね」


 振り向くことなくそう返事をしたニコラは、かざした右手から白い煙のようなものを出した。

 すると魔法によって作り出された氷が栽培室全体に広がっていく。パキパキと軽い音を立てて、まるで炎が燃え広がるように室内の植物達が次々と凍っていった。

 その光景は圧巻だった。何度かニコラが魔法を使うところを見たことはあるが、このように広範囲を凍てつかせる場面を見たのはこれが初めてだ。

 緩やかに、伝播していくように次々と凍りついていく植物を見て、ルーシーは手近にあった植物に手を伸ばして、軽く葉先を摘んでみた。

 ほんの少しでも力を加えたら、そのままパキンと割れてしまいそうだったので、慌てて手を引っ込める。完全に凍っている植物達を目にして、ルーシーは物言いたげな表情になりながらニコラを見上げると、なんでもないとでも言うような顔で疑問に答える。

 毎度のことのような感覚になっているが、これが他の人間だったならきっとルーシーの顔を見ただけで察してくれたりはしないだろう、と改めて自覚するルーシー。

 ニコラの察しの良さに甘えてばかりではいけないと思いつつ、未だに頭の中で疑問に思ったことを言葉にして伝えることが苦手なルーシーは、すぐに口で聞く……ということが出来ずにいた。

 それでもニコラは指摘しない。今ではそれが有難いことなのかどうか、ルーシー自身わからなくなっていた。


「これはいわば『氷の棺』だ。こうして凍らせておけば、凍ったものはその瞬間から時が止まったような状態になる。保存なんかに適した魔法だよ。私の魔力が込められた氷だから、自然に溶けたりはしない。故意に熱を加えたりすれば、さすがに溶けてしまうだろうが。放火されるようなことさえなければ、旅の間はここの植物の時間は止まったままの状態で保存される」

「魔法には、色々な使い方があるんですね……」


 栽培室は基本的に外気温より暖かくなるよう、室温調整がされている。だがこうしてニコラが凍らせたことによって室温が急激に下がり、吐く息が白くなっていたので急に寒気を感じてしまう。ここにいたら風邪を引いてしまう、と思ったルーシーはニコラの表情を窺い、ニコラが頷いたところを確認してから一緒に外へ出た。

 いつもは当然、外の方が寒いはずだ。だけどあれだけ栽培室の中が凍り付いていたら、外の方が暖かく感じられるという不思議な感覚に陥る。外は太陽光があるから、その日差しで暖かく感じられる為だろう。

 栽培室の氷は魔力によって凍ったものだとニコラは言っていた。自然に溶けたりしないということは、栽培室を照らす太陽の熱で温められて氷が溶けるようなことにはならない、ということなんだろうとルーシーは理解した。


「さて、後の準備は私に任せて。お前は村の子供達に渡したいものがあるんだろう? 先に村へ行っておいで」

「いいんですか?」


 いつもならニコラにだけ仕事を押し付けるような真似は絶対にしないよう気を付けていたルーシーだったが、今回ばかりは少し気持ちが急いていたところがある。実際、ルーシー自身も早く村へ行って一生懸命したためた手紙を子供達に渡したい。渡した時、子供達は喜んでくれるのかどうか。その反応がとても気がかりだったのだ。

 それをニコラはすでに見透かしていたのか、許しを得たルーシーは早速空飛ぶホウキにまたがって、ゆっくりと空高く上昇していき、それから村の方へと真っ直ぐ向かって行った。

 それを太陽の光を遮るように片手で影を作り、遠くへ飛んでいくルーシーの小さくなっていく姿を見送りながら、ニコラはふっと笑みをこぼす。


「言ってすぐ飛んでいってしまうってことは、出かける準備はとっくにしていたってことか。昨夜からずっとそわそわして落ち着かない様子を見てきたんだ。気付かないとでも思ってるのかね」


 すっかり姿が見えなくなると、ニコラは栽培室の植物達にしばしの別れだとでも言うように一瞥すると、ロバに引かせる荷車に残りの荷物を積み入れる作業に取り掛かった。

次回もよろしくお願いします。

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