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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
スノータウン
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1 『目覚める』

 舞台はハイファンタジーの世界なのですが、人との交流や主人公の成長がメインの物語としているので、ジャンルはあえてヒューマンドラマに分類させてもらいました。

 時々更新が止まることもありますが、その時は報告させてもらいますのでどうかよろしくお願いいたします。

――熱い。


 私が、炎で焼かれていく。


――憎い。


 私が一体、何をしたと言うの。


――許さない。


 私をこんな目に遭わせた両親とその妹を、私は絶対に忘れない。


――つらい。


 どうして、誰も助けてくれないの。


――寂しい。


 私はただ、誰かに愛されたかっただけなのに……。


 ***


 それは突然のことだった。

 まるで長く悪い夢でも見ていたかのように、少女は全身に汗をびっしょりとかきながら目が覚めた。

 両目をぱちくりさせながら、眠ったままの状態で瞳だけを動かして周囲を見渡す。

 見たことのない天井だった。

 少女が『ついこの間まで』住んでいた自分の部屋とは全く異なる、木でできた天井だ。

 梁には観葉植物なのか、緑色の葉っぱが見える植木鉢がいくつか吊り下げられている。梁から吊り下げられているのは植木鉢だけではなく、可愛らしい形をしたランタンや、月と星をイメージしたような飾りのインテリア雑貨などもあった。


 少女がかつて住んでいた部屋の天井は石壁で、もっとずっと冷たいイメージだったはずだ。天井の隅には大きな蜘蛛の巣もあった。

 始めこそただでさえ陰気でじめじめとした嫌な感じの部屋を割り当てられたというのに、蜘蛛の巣まで張っていたのでは清潔感すら感じられなくなってしまうと思って、自分で懸命に掃除をしたものだ。

 しかしそれが失敗で、蜘蛛の巣を処分してからというもの、小さな虫が湧いて出てくるようになってしまったのだ。

 部屋の隅に住んでいた蜘蛛がそれらの虫を餌としていたから、今まで虫の出現に悩まされずに済んでいたことがわかった。

 それからは蜘蛛の巣を片付けることはなく、むしろ部屋の掃除屋として迎え入れた程だ。


「木の温もりを感じる天井……、清潔感のある部屋……。観葉植物の緑があるおかげかしら。なんだかとても心が安らぐ……」


 天井を見つめたまま、少女はぼんやりと呟いた。

 するとその声に反応するかのように、部屋の奥の方から声がした。

 妙齢の雰囲気漂う声音、しかし物言いがしっかりしてそうな、そんな芯の強さを感じさせる女性の声だ。


「やっと目が覚めたようだね。気分はどうだい、頭痛や吐き気は?」

「えっと……」


 天井しか見渡していなかった少女は、ようやっと声のする方へと顔を向けた。

 第一声と共につかつかとこちらへ歩いてくる足音が聞こえ、見ると目の前には腰に両手を当てて仁王立ちしている三十〜四十歳ほどの女性が、少女を見下ろし立っていた。

 なんとなく呟いた言葉を拾って、まさか返事が返ってくるとは思っていなかった少女は、質問に対して思わず言い淀んでしまう。

 もちろんそれだけではない。女性の容姿を見て少し驚いたこともあったからだ。

 その女性は銀色の髪の毛をひとつに束ねて肩から垂らしており、両目は真っ赤に燃えるような赤い瞳をしていたのだ。

 女性の容姿を目にした瞬間『私と同じだ』と思って驚いたので、すぐに返事ができなかったことも理由の一つだった。

 しかしそんな少女の様子を訝しむことなく、女性は「ふむ」と頷くと一人で納得したように、顎に手を当てながらじろじろと少女の状態を再確認する仕草をした。


「どうやら大丈夫そうだね。少し顔色が悪いようだが……」


 そう続けると女性は側に置いてあった丸椅子に腰掛けて、少女の額に手を置いた。

 熱があるかどうか確認していることはわかるが、どうにも大きな手だなと不思議に思う少女。

 しかし大きいと感じるのは女性の手だけではなかった。

 ベッドに横たわる少女の側にいる女性が、やけに大きく見えたのだ。

 まるで自分が幼い子供か何かになったような感覚だった。

 そんな違和感に不思議がっていると、女性は笑顔のない表情で淡々と話を続ける。


「今、自分がどういった状況に置かれているのかわかっていないようだね。無理もないが受け入れるしかないよ」


 さきほどから冷たく言い放つような口調の女性に、少女は怯むことも怖気づくこともない。

 本来であればきっとびくびくしながら、顔色を窺っていたところだというのに。

 不思議と女性に対してそんな恐怖感を抱かないのは、きっとこの女性が自分に対して嫌悪感を見せていないせいだろう。

 少女が勝手にそう思っているだけかもしれないが……。

 ただ自分が今なぜここにいるのか、少女はそれが一番気にかかっていた。

 すると女性はベッドの横に置かれたサイドテーブルの引き出しから手鏡を取り出すと、それを少女に手渡す。

 まるで『それで全ての謎が解ける』のだとでも言うように。

 わけがわからないままの少女はひとまず素直に手鏡を受け取り、多分これで自分の顔を見ろと言っているのだろうと察して覗き込んだ。


「えっ……、誰……!?」


 手鏡に映された姿は、銀色の髪に白い肌、血のように赤い瞳の少女の姿だった。

 しかしそんな容姿の特徴に驚いたわけではない。

 なぜなら実際に『自分の容姿も』銀髪に赤い瞳なのだから。

 しかしおよそ五〜六歳の姿は予想していなかった。ほとんど記憶に残っていないが、自分自身がこの年齢だったとしても顔が違いすぎる。特徴は同じでも、全く知らない別人だったのだ。  

 混乱するばかりの少女は震えながら、自分の小さな手を見て、その手で顔を触って確認する。

 夢でも幻でもない。紛れもなく、正真正銘今の自分の姿が手鏡に映されていた。

 助けを求めるように隣りにいる女性へと視線を走らせる。何が何だかわからないが、この女性は全ての答えを知っている気がした。


「お前の名は? 覚えているかい。できるだけ自分に関することを、覚えていることだけでいいから私に話してごらん」

「私は……。私の名前は、ルーシー・イーズデイル。年齢は十八歳、それから……両親と、妹が一人。それから……それから……っ」


 唐突に炎のイメージが両目に浮かぶようだった。

 燃え盛る炎、それに包まれる自分の体、焼かれる痛みが鮮明に蘇るようだ。


「いやっ、いやああ! 熱い! 痛い! 助けてっ!」


 突然苦しみ暴れ出すルーシーを、女性は両手でしっかりと抱き締めた。

 強く強く、ルーシーが小さな体でどれだけ暴れようとしても動けない程に、怪我をしないように女性は力の限り抱き締めて宥める。


「落ち着きなさい、今あんたは焼かれていない。炎はどこにもないから安心おし。もう大丈夫だから。あんたを苦しめるものはここには一切ないから、だからもう眠りなさい」


 そんな言葉が聞こえたかと思うと、甘い香りが漂い、まぶたが重くなる。全身の力が抜けてきて、急激に強い眠気がルーシーを襲ってくる。

 そして抗うこともなく、ルーシーは深い眠りに落ちていった。

 ぐったりとしたルーシーをまたベッドに寝かせてやると、女性は相変わらず冷たい表情のままだが、その赤い瞳はわずかに潤んでいた。


「お帰りなさい、メリッサ……」


 片手でルーシーの頬を優しく撫でると、口の端をきゅっと引き締めながら立ち上がり、再びベッドに横たわるルーシーを見つめると女性は決意したように呟いた。


「前世での記憶が色濃く残っているということは、よほどのことがあったんだね。ならば今さらルーシーの人格を塗り替えるなんて、困難なのはわかりきっている。いいだろう、お前が望むなら『これからの人生も』ルーシーとして生きるがいい」


 女性はルーシーが眠っている間にしていた作業の続きに取り掛かる為に、調合用の長机へと戻っていった。

 長机の横には大きな薬品棚があり、そこには様々な薬草や毒草が多く取り揃えられている。中には女性が自ら調合した薬品なども保管されていた。

 薬品棚の隣には本棚が置いてあり、かなり古いものから新しいものまで知識の宝庫とも言える書物が納められている。

 多くの知識が必要で、多種多様な草花の種類を見分ける能力、そして自ら調合もしている。

 銀色の髪に赤い瞳を持つ女性は皆、人々からこう呼ばれていた。


『魔女』だと。


「この氷結の魔女ニコラが、お前を立派な魔女に育ててやろう」


 ルーシーのこれまでの人生を何も知らない氷結の魔女ニコラ。

 そして次にルーシーが目覚めた時、少女は魔女になることを即決する。なぜならルーシーには、成し遂げなければならない強い思いがあったからだ。


――それは両親と妹に復讐すること。


 ルーシーをどこまでも蔑み、酷い仕打ちをしてきた家族。妹に至っては愛らしい容姿とその要領の良さで周囲の者全てを味方につけ、最期にはルーシーに無実の罪を擦り付けて、生きたまま火刑に処すという悪行の数々。

 それをルーシーはこの深く長い眠りの中で全てを思い出す。

 忘れもしない炎の熱が、憎しみが、新たに与えられた人生になっても受け継がれた。

 それも氷結の魔女という偉大な魔法使いの元で、新たな人生を始められるというまたとない幸運。


 ルーシーは神様に『復讐を完遂しろ』と、そう告げられたような気がした。

まだ少ししかありませんが、書き溜めている分は引き続き投稿いたします。

予定では10万文字少し超えるくらいを目安に完結させようと思っています。

よろしくお願いいたします。

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