理解なんぞ、できるはずもない。
「入学おめでとう諸君、そして異世界へようこそ。
私はこの新立アロディルデ学園の校長、ロゼ・オルティである。」
……俺は、その声を聞いた瞬間に自分を思い出した。
どうして俺はこんなところにいる? なんだこの人だかりは?
周りを見渡すと、そこはまるで学校の体育館。
俺の周りでは大勢の生徒が並んで、俺と同じように周りを見渡している。
壇上の上に立つのは一人の女……いや少女か?
彼女はマイクを片手に持ちながらこちらを見て微笑んでいる。
「突然だが、まずは君たちに謝らなければならないことがある。
この異世界では、君たちの望むような学校生活は送れない!!!」
な、なんだいきなり……。
異世界? 学校生活? 何を言っているんだコイツは?
「すみません! なんで学校生活を送らないといけないんですか!!!」
突然、俺の隣にいた男子生徒が大声で叫んだ。
「なんでって、君たちは学生だからだよ。」
「おれぁ学生じゃねぇぞ! んなこといってねぇで元の場所に……」
壇上の彼女に抗うかのように叫ぶ女性の声は途中で消えた。
なにがあったのかと思い、声が聞こえていた方に目を向けると、
自分の体をまさぐったり胸を揉みしだいたりしている女子生徒がいた。
「あーすみませーん、
この場にいる入学生の方々はご自分の姿のご確認をお願いしまーす。」
壇上の彼女がそう言うと、周りの生徒たちは自分の姿を確かめ始めた。
……どういうことだ? 俺はそんなことを確認しなくてもいいだろう。
いつも通りの自分、なんというか平凡っぽいとか言われるような存在。
……の、はず。彼女の発言の後、急に妙な感覚を感じ始めた。
まるで自分が自分ではないような……。
俺も一応、自分の体を確認することにした。
鏡なんてものはないので、手で顔を触り、髪に触れてみる。
「……ん? なんか違う?」
手には柔らかい感触があるのだが、髪がちょっと長すぎる気がする。
それに視界に入る手が、いつもより小さいような気もする。
というか……なんだ? なんでいつのまに制服なんか着てるんだ?
「へ、へっ? どうなってるの私……?
これってもしかして……私じゃない……? 嘘、嘘よね……?」
「おいお前! なんだよその姿!?」
「え? あ……? ど、どういうこと……?」
「おいおいマジかよ……! なんで俺、女になってんだよ!!?」
周りの生徒たちが、わけのわからないことで騒いでいる。
もしかして俺も女になってるのか? なんて思って股間を触る。
いや、うん。いつも通りにそこに存在している。
「あの……校長先生、これは一体……?」
「おぉ、君は冷静だね。素晴らしい!」
壇上の彼女に声をかけたのは、眼鏡をかけた少年だった。
他の生徒と違って落ち着ているように見える。
「いいですか、落ち着いてよく聞いてください。
あなたたちは異世界転生して新しい自分の体を手に入れたんです。
もともとの体はなんやかんやあってありません、残念ですけど……。」
彼女の話を聞きながら、俺はだんだんと理解し始めた。
現状、俺は異世界転生して学校生活を送る夢を見ているようだ。
確かに学校時代じゃいろいろと悔いもあったし、
アニメとかでも異世界転生とかは流し見で見ていた。
それのせいで、もうわけのわからない夢を見てしまっているのだろう。
「まぁもちろん誰も信じないでしょうけどね。
いきなりこんなことを言われても困ってしまいますよね。
んじゃぁ、もうこれ夢だと思ってください。夢です。いっつどりーむ。」
なげやりな感じになりながら、彼女は壇上に座った。
「夢だとしてもさぁ、もっとマシな夢にしてほしかったわ。」
「ほんとそれな、こんな現実逃避するようなもん見せるなよって思う。」
「異世界でハーレムとか作りたかったんだけどな……。」
「つかこの夢長くね? 全然覚めないじゃん。」
「なーんか変な臭いしない?」
「……臭くはねぇだろ。」
周りでは生徒たちが口々に不満を漏らしている。
そりゃそうだ、いきなりこんなわけわからん状況になったら、
文句の一つくらい言いたくなる。というか俺の不満かもしれない。
「事実、ここは夢のような場所だ。
現代の常識とか通用しない、非科学的と言えるような世界。
常識人にそうそう簡単に受け入れられるわけがないよねぇ〜。」
彼女はマイクを口から離し、独り言をつぶやいていた。
「あ、いま私と目があったね?」
「……?」
「君だよ、きーみ!」
彼女が指差した先にいたのは、俺だった。
指を差す方向まで変えて、しかもマイクまで使って俺のことを呼んでいる。
そのせいか周りの生徒たちは俺の方を見ていた。
「君の名前はなんていうんだい? 教えてくれないか?」
「俺の……? 俺は___」
……俺は? 俺は誰なんだ? 自分の名前が思い出せない。
俺の名前だけじゃない、家族の顔も、友達も、なぜか思い出せない。
思い出そうとしても、根本的に今まで生きていた生活が思いだせない。
なぜ? どうして? なんで記憶が無いんだ?
「俺は……俺は……」
頭を抱えながら、必死になって思い出そうとする。
……が、口に出そうと思ったものが心の中で詰まってしまう。
確実に覚えているはずのものが思い出せない違和感にかられ、吐き気さえ感じる。
「ふっふっふっ、夢ならばどれほどよかったでしょうね?
さーて! みなさんもご自分の、お、な、ま、え、思い出せるかな〜!!」
彼女が突然、大きな声を出してそんなことを言う。
「名前……? えっと……」
「……なんでだ? なんで思い出せない?」
「おいおい……冗談キツイって……。」
「嘘……嘘よね……?」
名前を聞かれて戸惑う生徒もいれば、焦っている様子の生徒もいる。
そして、俺みたいに全く思い出せていない生徒もいるみたいだ。
それどころかその場で倒れてしまうヤツも中にはいた。
「あー、みなさん、ご自身の立場をご理解なさったでしょうか?
まだ夢だとか思ってる人もいるとは思いますけど残念ながら現実です。
君たちはすでに異世界転生した後だ。もはやかつての人生など記憶にない。」
「異世界……? 何を言ってるの……?」
「おい、異世界転生とか、流石に笑えないぞ。」
「いやいや、マジでどういうこと?」
「……異世界? あ、あれ? なんか俺、急に眠気が……。」
「おいそこぁ! マジで夢にしようとしてんじゃねぇ!
……まぁ、うん。どうする? 入学式つづけちゃいます?
一旦解散にしてご自身の状況を見つめ直しましょう会でも開く?」
「ふざけんなよ!」
「んなこといっても、意味わかんねぇし……。」
生徒達がざわつき始め、体育館内が騒然とし始める。
しかし彼女は特に気にせず話を続けた。
「意味わからないことは徐々にわかればいいさ。
すぐに話を飲み込んでくれ、だなんて、無理な話だからね。
それじゃぁ、入学式は一回終わろうか!
体育館に出るときに職員からスマホっぽいものを受け取ってください。
そのスマホっぽいものを起動すれば、ご自身の名前を知ることができます。」
彼女は淡々とそう告げると、壇上から降りていった。
そしてその後は……体育館内はパニックになっていた。
「いやいや、何これ!?」
「夢じゃねぇのかよこれぇ!!!」
「マジで異世界転生とかあるわけ? ラノベの世界じゃねーんだし!」
「なんで何も思い出せ……うう、ううう……」
……わからないことだらけだ。
どうすればいいか? わからないだけで詰まるなら行動すればいい。
俺は生徒たちをかき分け、颯爽と体育館の大きな出口に向かっていった。
「……なんだアイツ……?」
「もしかして、さっきいってたスマホを取りに行ったんじゃ……?」
「あの人、すごいね。この状況なのに落ち着いてる。」
生徒たちの視線を背中に感じながら俺は外に出た。
日差しが少し眩しく、空は青く、普通の雲が浮かんでいる。
そして目の前には巨大な校舎……だが、とても異世界の学校とは思えない。
本当に異世界なのか? 巨大とはいえ、パッと見では大学にしか見えない。
「……新入学生の方は、こちらで電子手帳を受け取ってください。」
体育館の入り口の前には女性が立っていた。
その女性は紺色のスーツを着ており、黒髪ロングの真面目そうな人だった。
……この人も転生者なのだろうか?
その女性の付近、というか周りには机が置かれており、
おそらく人数分の電子手帳が置いてあった。
俺は言われた通りに電子手帳を受け取りに行くことにした。
「……はい、どうぞ。」
「ありがとうございます……。あの、ここは一体……?」
「……それは、授業で学んでください。」
「え……? あ、はい……」
女性にそう言われて、俺は黙ってその場から離れた。
そのときには体育館から続々と生徒が出てくるのが見えたが、
ほとんどの生徒が混乱しているようで、中には泣き出している者もいた。
……夢、というわけではなさそうだ。
太陽の日差しで肌がヒリヒリとしているし、さっきの吐き気まで感じている。
それに……彼女の言葉を信じれば異世界転生して学生になっているようだ。
「……???????」
状況を鵜呑みして整理しても、ますますわけがわからない。
とにかく俺は、あの女性から渡された電子手帳(スマホ?)を起動する。
すると画面が明るくなり、いくつかのアプリが表示された。
『マイプロフィール』
『学園いろいろ』
『クエスト一覧表』
『ワールドMAP』
『ヘルプ』
『準備中』
俺はまず、『マイプロフィール』のアプリをタップする。
すると知らない誰かの顔写真と共に簡素な情報が表示される。
「これが、今の俺……。」
『名:レイト
ニックネーム:(情報ナシ)
年齢:15歳
性別:男
クラス:Q ー3 出席番号:31
成績ランク:(入学生)』
名前と少しの情報を見た後、すぐに左の写真に目がいってしまった。
おそらくこれが自分の姿だろう。
そう思いながら写真に手を触れると、顔写真は体全体の写真に変わる。
顔立ちは平凡そのもので、特に目立つような特徴はない。
髪もすこし長く、パッと見だと女性の髪型かと思うぐらいのもの。
身長は高くもなく低くもない平均的なもので、体格も普通だ。
ふと近くにあった窓をみれば、この写真通りの姿がうっすらと映っていた。
「……いいな、俺……。」
妙にしっくりくる。なんかこれはこれでいい。
今までの自分が逆に嫌いに思えてくる。
……? 今までの自分って、どんなものだっけか?
そんなことを一瞬だけ考えたが、すぐに思考をやめる。
考えるだけ無駄だ。無理やり思い出そうとしても苦痛なだけだしな。
とりあえず、今は気にしないでおこう……。
俺は近くにあった『新入学生はこちらへ』という看板を見て、
この学校の校舎へと入っていった。