32 捕獲依頼〜さすらい馬⑥
「ほぅ、さっき馬舎の近くで秣を作っていた2人ですか?」
ジードが訊き返す。話題が変わって大歓迎という気持ちを隠そうともしない。
エリスが顔を曇らす。流石に少々、ケイズもエリスを気の毒に思った。26歳で独身を楽しみ、自ら縁を振り払っているようにすら、ケイズには見えてしまう。
「えぇ、エメ君という剣士さんとルウさんという魔術師さんで、まだ第10等級だとかで」
ロイズがにこやかな顔のまま続ける。おそらくは第10等級の依頼であり、牧場の手伝いも仕事に含まれていたのだろう。フィオナがかつて、第10等級にはそういった依頼も多いのだと言っていた。
「ただの黒い影、と思ったので牧場の警備と手伝いも兼ねて雇ったんです。まさか上級魔獣が相手とは思わなかったのでね」
さすらい馬と思わなかったなら、あながち間違った対応でもない、とケイズは思った。ただ万が一、さすらい馬と2人がまともに戦っていたら大変なこととなっていただろう。
「あの2人にも手伝わせてあげてみては?ずっと真面目に作業をしてくれていて、人柄は保証します。皆さんの保護下で経験を積ませてあげてほしいのですよ」
つまり一時的に組め、ということだ。手伝いなどをしてもらっている内に絆されて、ロイズの方が口利きをしてやりたくなったのだろう。
(全く。でも、仕方ないかな)
ケイズとしては、受けるしかないかと考えていた。
今回の滞在について、ウィリアムソンが食事や宿泊の対価を払ってくれている。馬匹の関係で軍の協力者でもあった。無碍に断ると角が立ってしまう。
さすらい馬を捕らえるまでどれだけ時を要するかも分からない。捕まえるまでの間ずっと、ロイズらとギスギスしたくもなかった。
ケイズはため息をつく。ジードと目があった。苦笑いを浮かべている。ケイズと似たようなことでも考えていたのだろう。
「えっ、ダメだよ。2人とも弱いもん」
憮然とした顔で言い切ったのはリアだった。軍事国家ホクレン出身だからか人の強弱に対する考え方はかなり厳しい。かつてジードにもいろいろな試しや物言いをしていたことをケイズは思い出す。
(そのジードだって、本当はかなり強いほうだもんな)
ケイズはステラと話したことを思い出す。ジードも弓の実力だけならば2等級になれたのではないかと。速射も命中精度も卓越しているのだという。弓が効かない相手を倒せないことを過度に引け目と感じているようだ、とステラは論じていた。
(そう考えるとなおのこと、リアって強くない人とあまり接点ないよな)
思いつつ、ケイズはロイズの困り顔に気づく。
面目丸潰れという風情である。
「リアさん、言い方ってものが」
ステラがたしなめようとした。隣でエリスも「あちゃー」という顔をする。言い方の問題ではなく、そもそも言うべきかどうかの問題だ、とケイズは思う。
「ダメだよ。臆病者でも上級魔獣だよ。戦ってる時の足手まといは危ないんだよ。死んじゃうんだよ」
一生懸命にリアが説明する。真面目に本気で考えているのがよく伝わってきた。
「今回は捕獲だぞ、リア。俺としては若手に狩りの仕方ってもんを教えてやりたいんたがなぁ。誰だって最初から強いわけじゃないんだし」
ジードがやんわりとリアに反対した。
今回は捕獲の依頼である。主導権を握っているのはジードの方だ。
「素晴らしい心がけです。ジード様」
すかさずステラが言う。勝ち誇った顔をエリスに向けている。どうやらステラは、エリスの恋を妨害したいらしい。きっと友人のエリスをジードに取られたくないのだろう。悪い聖騎士である。
「私だって。後進の育成は大切なことと思います。それにふんだんに私が強化魔法をかけて、あまり足手まといにならないようにもできますよ?」
エリスもうまくジードに賛同しつつ、自分の有能さを主張する。
「むぅ、実戦じゃそういうの危ないって、みんな分かってるはずなのに」
リアが不満そうに口を尖らせた。3人を認めているから却って腹が立つらしい。
正直、ケイズとしては、3人がそこまで言うなら、たとえリアが嫌がっていても別に手伝わせてもいいのではないかと思っている。今回の主力はジードたち3人なのだ。
「俺もリアに賛成。そういうの、危ないから」
それでもケイズは口ではリアに賛成する。まずもって嫌われたくないのであった。
(それにどうせ、反対してももう通らないし、俺とリアの意見)
既に2対3の状況の上、今回の仕事はジードの得意とするところで、どう強弁しようと、いざ仕事が始まればリアもケイズもあまり出来ることがない。つまり発言権も強くないのであった。
「えーっと、それはリアさんの意見だから、ですよね?」
気まずそうにエリスが訊き直してくる。
分かっているなら訊かないでほしい。実は1対4だと気付いたらリアが孤立して悲しく思うかもしれないのだから。
「ケイズッ!」
不服そうにリアが顔を近付けてくる。接吻出来そうな距離だ。
(まさか、賛成していればご褒美が?でも、俺、そういうのは打算じゃなくて好きになってもらって、それで)
あまりにリアの顔が近いのでケイズは理性が崩壊しそうになってしまう。
「あーっ、リア、可愛い!ダメだ。それしか分からん」
ケイズは横を向いてしまう。そうでもしないと、あとの僅かな距離を詰めて口吻してしまうからだ。不服な顔の接近も可愛いのである。
「もうっ!ダメッ!この仕事は5人で受けたのっ!仲良くない上に弱っちいのと一緒なんてヤダッ!」
とうとうリアが駄々をこねるように言う。ついに本音が出た、とケイズは思った。多分、リアが嫌がっているのは皆が思っているよりもう少し先のところだ、とケイズには分かる。
「リアさんもこういう一面あるんですね」
ため息をついてステラが言った。
「多少、人格に問題があっても、ケイズさんのこと大事にするくらいだから。人格よりも強さのほうが大事ってことかしら?」
エリスも呆れ顔でケイズとリアとを見比べる。
なぜだかケイズまで謗られてしまった。2人ともただの我儘だと、リアのことについては思っているようだ。
ドアの乱暴に開く音が響く。
「何だよっ、さっきからあんた!人のこと弱い弱いって!」
新しい声と人物が割り込んできた。馬舎の外で秣を作っていた少年、剣士のエメである。食堂の外で盗み聞きをしていたのだ。当然、リアも気付いていてわざと挑発していたのである。
「やめなよ、エメ。この人たちダイドラの冒険者で二人しかいない、第1等級のリアさんとケイズさんよ」
青髪の魔術師ルゥがエメを宥めようとしている。着ているローブの色は青、水属性の魔法を得意としているようだ。
(エリスも第1等級なわけだけど。しかも俺たちより先輩の。イェレス聖教国の人間だから、ダイドラの冒険者とは言えないから?そこまで考えていちいち喋るか?)
ケイズは一人、ルゥの言葉に首を傾げていた。
「だって、弱いもん。背伸びは死んじゃうよ」
空気を読めないリアが更に言う。ケイズに縋りついてそっぽである。
エメとルゥの参加を打診した言い出しっぺのロイズが困った顔で、リアを眺めている。
ジード、エリス、ステラがケイズを見た。どうにかしろと言わんばかりの顔である。
(いや、俺を頼られてもな)
ただ、リアのことならケイズ。という認知が進んでいるという証でもあって、それ自体はとても嬉しいケイズであった。




