29 捕獲依頼〜さすらい馬③
2人で冒険者ギルドの喫茶スペースへと向かう。ジード達がいるかもしれない。ここにいなければジードの家にいるのだろう。一応拠点とされているからだ。
ちなみに現在は鋭意、増築工事中であるという。
「ケイズさん、リアさん」
エリスが先にケイズ達を見つけて、声をかけてくる。立ち上がって手も振っていて、喫茶スペースを先に当たって正解だった、とケイズは思う。
ステラとジードも同じ丸卓についている。卓の上には依頼書が並んでいた。次の仕事を選んでいたようだ。
(それにしても、エリスの銀髪といい、ステラの金髪といい、人混みの中でも目立っていいな。すぐ分かる)
ケイズは思いつつ、卓をもう一つ寄せて、リアの持ってきてくれた椅子に腰掛けた。
「ブラックさんから返事が来ましたよ。名前だけなら、クランに入ってくれるそうです。あと、バンクタ村近くでの仕事ならぜひ一緒にって。良かったですね」
柔らかく笑みを浮かべて、エリスが言う。
ケイズがブラックを尊敬しており、喜ぶであろうことは他の面子にも分かっていたようだ。
実際、たとえ名前だけでも、ケイズとしては同じクランにブラックのいてくれることは嬉しい。妻子もあれば家もあるので、バンクタ村からブラックの出ることが難しいのは分かっていた。ケイズにとっては、家族を大事にしているブラックが人生のお手本なのだ。
「ケイズ、良かったね」
隣に座るリアもニコニコしながら、ケイズを見上げて言う。
「あぁ、伝えてくれてありがとう」
ケイズはエリスに頭を下げた。
以前なら「とっとと教えろ」だのと憎まれ口をエリスやステラに吐いていただろう。リアにとって悪態を聞かされるのは辛いことだ、と教えてくれたのもブラックだった。
「まだ慣れませんねぇ。素直なケイズさん」
ステラが笑って言う。
いざ、関係が改善されると、エリスもステラもさほど嫌な人間ではなかった。不思議なものだとケイズは思う。取られると思って毛嫌いしていたのは何だったのかと。
昨日も、リアと3人でお菓子を食べに出かけたのだという。快く送り出したときに、嬉しそうにしていたリアの顔が心に焼き付いている。やはりリアが喜んでくれれば自分も嬉しいのだと思い出すことができた。
「俺もまだ、ちょっと慣れてない」
ケイズも冗談めかして答えた。
隣でリアもニコニコしている。皆で仲良く話しが出来て嬉しいのだろう。
ケイズは、ジード、ステラ、エリスの3人にもウィリアムソンからの話を伝える。知り合いの軍人から、とのみウィリアムソン自身については語るに留めた。あまり追及をされなかったことをケイズは意外に思う。エリス、ステラには質問されると思っていたのだ。
「さすらい馬か。これまた珍しい魔獣だな。確かにあの馬群を捕まえて軍馬にしたいだろうな、軍人さんは」
ジードが面白がっている。乗り気なようで、ケイズは安心した。
「問題は、主力のケイズさんとリアさんがあまり役に立たないかもしれないことですかね」
エリスが冷静に言う。
いつもなら「何だと刺し殺すぞ」とすごむところで、ケイズはぐっと我慢した。
「俺はともかく、リアまでってどういうことだ」
代わりに我慢して、ケイズは尋ねる。エリスのことだからきちんとした理由があるのだろう。
エリスが小さく拍手した。我慢できて偉いというようだ。
「違うよ。私はともかくケイズまでってどういうこと?」
嬉しいことにリアが質問を入れ替えてくれた。自分への気遣いにあふれている。
(あ、このお互いに思い合う感じ、実にいい。何かくすぐったい)
ケイズは動き出しそうになる身体を抑え込んだ。リアからの素敵な言葉はきっと我慢をし続けているご褒美なのだ。
「いや、俺のほうがダメってことだと思う」
調子に乗って、ケイズは更に蒸し返してやった。
「違うよ、私の方だよ」
リアも譲らない。
いつまでも楽しめるやり取りになりつつある。
エリスがパチン、と手を叩いて鳴らす。
「はいはい、のろけないでくださいね。本題はそこじゃないんです」
確かにリアの言うとおり、話しが進まなくなっていた。
やっていて楽しかったのだが、仕方ない。ケイズはエリスをにらみつけなかった。話を妨害した自分が悪い。
「精霊術師が馬などの動物に乗れないのはご存知でしょうけど。さすらい馬は特に用心深い魔獣ですから。御二人の馬鹿みたいな魔力を警戒して近づいて来ない、あるいは逃げてしまうかもしれません」
エリスが人差し指を立てて説明する。どこか得意気で、ちらちらとジードの方を窺っていた。リーダーのジードに褒められたいらしい。
ジード本人はどうやって捕獲するか考えを巡らせているようだ。腕組みをしてあまり話を聞いていないのだが。
ケイズはエリスの言い分に納得した。
「確かにそうだな。安直に短気を起こして、エリスを攻撃しなくて良かったよ」
頷き、ケイズはリアを見て告げる。リアが背中をよしよししてくれた。
「そうですね。よく我慢できました」
また、エリスがパチパチと拍手をする。多少、嫌味もあるような気がしてしまう。
「結果、エリス様の性格の悪さが際立つことに」
ステラがボソッと言う。ケイズと同様の感想を抱いてくれたようだ。
「なんですって?」
エリスがステラをにらむ。喧嘩するほど、仲が良いということなのだろうか。エリスとステラはちょくちょく言い争いをしている気がする。
ジードが顔を上げ、ステラとエリスを見て、疲れた顔をした。クラン内で誰かしらかが言い争いを始めると疲労を感じるようだ。
「じゃ、魔力、閉じなきゃ」
リアが声を上げた。お利口にも話を戻してくれた恰好である。エリスとステラが首を傾げていた。
「そうだなぁ、あれ、しんどいんだよなぁ」
ケイズも頷く。自分たち精霊術師や魔術師、エリスら聖女などは無意識に魔力が溢れて身体を覆っている。いつもは垂れ流し状態だが、意識してピタリと閉じて、身体の内側へ押し込むのだ。
「そんなことまで、2人とも出来るんですか?」
エリスが呆気にとられた顔で言う。聖女には難しいのだろうか。コツを掴めば簡単だ。痛いのだが。
「そりゃ、出せるんだから、出さないようにも出来る。身体にはキツいんだけどな」
ケイズは答えるも、早くもやらずに済まないかと考えてしまう。
あれは痛いのだ。
「頭、痛くなっちゃう」
リアが顔を顰めて言う。
「俺、足の裏だ」
言いながら、ケイズは試しにやってみせた。リアも続く。
早速、両足の裏が均等に痛い。リアも頭が痛むのか顔をしかめている。
「すごい。魔力の操作についてはやはり2人とも達人だわ」
エリスが目を瞠った。多分、気配が消えたのに近い印象を受けているのだろう。
褒められたと感じたリアがにっこりと笑う。痛みよりも喜びが勝ったようだ。
「化け物ですね、ほんと」
ステラがボソリと毒を吐く。ステラには魔力を感知する才能はないから、おそらくエリスの反応を見て、ケイズらのやっていることに気付いたのだろう。
「じゃあ、大丈夫だな。フィオナのところに行って、手続きを俺がしておくから。各自準備して俺の家に集合だ」
リーダーらしくジードがまとめた。魔力云々のことは分からないながらも、ケイズたちの話を聞き、エリスやステラの反応を見て、出来そうだと思ってくれたらしい。
やはりまとめてくれる大人は必要だ、とケイズはなんとなく思っていた。




