28 捕獲依頼〜さすらい馬②
「ケイズは頭が良いんだね。同じ時間、お勉強してるのに。ケイズの方がいっぱい、いろんなこと知ってる」
勉強法に問題があるともつゆ知らず、羨ましげにリアが言う。知識の定着はリアの方がしっかりしていると思っていた。
それでも褒められるとケイズは嬉しい。ついだらしなく顔がほころんでしまう。
「ええ、さすらい馬はとても珍しい上級魔獣です」
ウィリアムソンがニコニコしながら頷く。ジエンエントにて、リアと2人で体力を回復させていた短い時間も、ケイズとリアが仲良くするたび笑っているのである。
(全く、見世物じゃないってのに)
若干、腹立たしく思うケイズであった。照れたリアが距離を置こうとしたら、どう責任を取るつもりなのか。
「ただ、冒険者の人よりも、軍人の方が興味を引かれる魔獣なんですよ」
どう怒ろうか、ケイズが迷っている間に、ウィリアムソンが話を先へ進めてしまった。
穏やかで丁寧な話し方をする男だ。立ち上がると背も高く、ケイズと比べると大人と子供ぐらい違う。ケイズ自身も平均的な身長くらいはあるのだが。叱ろうと思うとつい躊躇してしまう。そもそもが大分、年上なのだ。叱る叱られるの間柄ではない。
「騎馬隊か」
仕方なくケイズも話を先へ進める。
さすらい馬は普通の馬を連れた群れを作るので、さすらい馬だけでなく、連れている馬も捕獲して軍馬にしよう、という考えだろう。
ウィリアムソンが頷いた。
生き残ったバンリュウ軍4万のうち2万5千が騎馬隊である。当然、ナドランド王国軍としては、先と同じく城にこもって守城戦へと持ち込みたい。それでも万が一、野戦に引き出されれば、騎馬の多いバンリュウ軍に機動力で翻弄されてしまう恐れがある。出来る備えをしておこうということだ。
「3日ほど前に、ゴブセン城の西方、メイロウの町の北東ですね。1000頭近い馬群が目撃され、その先頭には黒い風を纏う、立派な黒馬がいたとのことです」
ウィリアムソンが言い、懐から畳んでいた地図を取り出して卓上に広げた。
☓印のついている箇所が、目撃地点のようだ。
「なんか、同じところをぐるぐる回ってる」
ケイズの横からリアが地図を覗き込んで告げる。☓印の横に日付と時間も記載してあった。日付も辿ってみると、確かにリアの言うとおり、同じ場所を周回しているようだ。
「逃げ足がかなり速そうだ。向かってくる奴ならともかく、俺、追っかけ回すの苦手だぞ。それに俺もリアも馬には乗れないぞ」
当然のことをケイズは念押しした。リアもこくこくと頷く。
技術的な問題ではなく、ケイズとリアに限らず、精霊術師はそもそも馬には乗れない。精霊術師の宿す精霊や膨大な魔力を恐れて馬の方が乗せてくれないのである。
代々、精霊術師が筆頭将軍を務める軍事国家ホクレンでは、歩兵の方が精強、という伝統が出来上がるほどだ。
「ご安心を。乗るのはガイルドです。やつは馬の扱いが上手いのですよ」
若干、残念そうにウィリアムソンが言う。本当は自分が乗りたかったようだ。
馬に全く乗れないケイズとしてはただただ羨ましい。昔はリアを颯爽と助ける白馬の王子様をする自分を夢想していたものだが。
リアがプククと笑みをこぼす。小動物が悪巧みしているみたいでいつも可愛い仕草である。
「どうした?」
ケイズは怪訝に思い、尋ねる。今のやり取りに面白がる要素などなかったように思えたからだ。
「2人とも、お馬のこと、子供みたいに羨ましがってておかしい」
いたずらっぽく笑みを浮かべてリアが言う。
あまりの可愛らしさにケイズは心を射抜かれたようになった。
「それは失礼を。とりあえず、今回は双角クランへの軍からの依頼ということで、指定させて頂きます。報酬も我々から出させて頂きます」
ケイズを見て、またニコニコしながらウィリアムソンが告げた。ケイズはわざとらしく憮然とした顔をしてやる。
更にロイズ牧場という馬匹を拠点とすること、さすらい馬を捕獲後、馬群を確保するため、ガイルドの部下たちを迅速に派遣する手筈を整えた。すでにロイズ牧場への協力依頼は軍の方から付けてあるとのことだ。
ウィリアムソンが席を立とうとする。
「安くていいぞ」
鋭くケイズは立ち上がろうとするウィリアムソンに告げた。
「は?」
虚を突かれたようで、ウィリアムソンが一瞬、停止した。またソファに腰を戻す。
「大変だろう、軍費。相場はよくわからんが。俺との関係性もある。この地方の平和のための軍備を整えるためにやる仕事だから。破格ぐらいに安くてしてくれていい」
ケイズは言いたいことを淡々と述べた。先日、ヒエドラン王子を自分とリアとで怒らせた皺寄せも行っているだろう。軍費などは分かりやすく苦しいはずだ。
なぜかリアが感心したような顔をしている。
「ケイズ、軍人さん相手には、しっかりしてて格好良いね」
はにかむようにリアが言う。
告白された上にリアの恥じらいが可愛らしすぎる。
「よーし、結婚だ」
とうとうケイズは口に出してしまう。ついでにギュッと抱きしめてやろうとして、リアに両手をつっかえ棒とされる抵抗を受けた。おとなしく抱き締められればいいのである。
「ははっ、有りがたい申し出ですが。確かに軍費は削られております。ええ、2万8千にまで兵を減らしたことを口実に3割もです。人手を減らして大変な分、他で報いようという気持ちが誰かさんにはないようで。が、資金は別途にありますので、ケイズ殿についてはお気遣いなく」
洪水のように不満を吐き出しながら、ウィリアムソンが笑顔で答える。相当、腹の中に溜め込んでいたようだ。
一旦、ケイズはリアへの求愛を中断した。
「しかし、兵力も軍費も、ケイズ殿がいてくれるからと、それを理由に削ったわけです。それなのにそのケイズ殿をニーデルへ連れて行こうとは」
思っていた以上の怒りを、ウィリアムソンが剥き出しにする。ヒエドラン王子の行為に対して相当な不満があるようだ。少々、深刻な程である。
「なんで、あのときの、王子の目的を知ってるんだ?」
ケイズとしてはそちらも気になってしまう。土壁による遮断が不完全だったのか。来訪自体はともかく会話の内容までは、誰も知る由は無いはずだ、と思っていたからだ。
「他にないではありませんか。今までは目もくれなかった、このランドーラ地方に自ら足を運ぶなどと。ケイズ殿が近くにいてくれれば、自分の身は安全だと、そう考えたのでしょう?」
吐き捨てるようにウィリアムソンが言う。ましてウィリアムソンはリアの素性を知っている。事態を想像するのは容易かった、ということか。
「もう、俺にとって、ゴブセンの兵士もジエンエントの兵士も、ダイドラに暮らす人たちだって、他人じゃない。見捨てやしないから、安心してくれ」
年上のウィリアムソンにケイズは笑って告げた。
「ケイズが偉い」
リアがびっくりしたような顔をし、なぜだか頬を赤らめている。今日のリアはよく分からないが、表情の変化に忙しいようだ。
「そういえば、奥さんと息子さん、ダイドラにいるんだろ?話は分かった。あとはゆっくりご家族に会ってから城に戻ればいいさ」
ケイズはウィリアムソンの家族を思い出して告げた。
「ええ、そうさせて頂きます。ケイズ殿も」
ウィリアムソンが言い、席を立った。ケイズとリアとを見比べてニッコリ笑う。
「好きな女の子の前で骨抜きとは、年相応なところもまた見られて。戦の指揮をされている姿からは想像もつかないですな。これはこれで眼福でしたよ」
捨て台詞を残してウィリアムソンが去っていく。
リアが左右の手で両のほっぺたを挟んで俯いた。両手で隠していても、はみ出す耳まで赤いのだから意味はない。
「全くあいつは。リア、俺らも行こう。ウィリアムソンからの依頼を受けたいって話、みんなにしておかないと。他の依頼と被るとまずい」
一旦、イワダコのことは置いておこう、とケイズは思った。




