27 捕獲依頼〜さすらい馬①
「イワダコの依頼ってありますか?」
ツリーフォーク問題を解決して3日後、ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部受付窓口において、フィオナに尋ねた。
隣にはリアがぴとりと身を寄せている。今日は黒い襟付きのボタンシャツに、黒いレースのスカートというシックな出で立ちだ。脇腹には何か花の刺繍が同色でさりげなくあしらわれていて可愛らしくもある。
いつもどおり、フィオナの受付窓口は盛況であり、背後に5人ほどの冒険者が並んでいる。
ここ最近、ダイドラの人口と冒険者の数が随分と増えたようにケイズは感じていた。
「うーん、本当に珍しい魔獣の依頼ねぇ。この近くでは今のところ無いわ。名前すら久しぶりに私も聞いたわ」
フィオナが依頼書の束をめくりながら尋ねる。
確かに珍しい魔獣ではあるので、ケイズも納得した。隣りにいるリアが残念そうな顔をしてくれる。
「ちなみに目撃情報とかはありますか?」
ケイズはあくまで丁寧な口調で尋ねる。フィオナからは少しでも早く、リアとの同棲を認めてもらいたい。些細なことで心象を悪化させたくなかった。
「それもないけど。確かイェレス聖教国とか帝政シュバルトの山岳地帯に多い魔獣よね?」
フィオナの言葉に、ケイズはあいまいに頷いた。多い、と言うと語弊がある。絶対数からしてそもそも少ない魔獣だからだ。
イワダコは帝政シュバルト及びイェレス聖教国の山岳地帯にある洞窟を住処としている。軟体動物のしなやかさと岩の頑丈さを併せ持つ。上級魔獣の中でも特に強い部類に入る。火・水・地など主要な属性のほとんどに耐性を持ち、弱点は風属性のみだ。場合によっては竜種すら食するという。
「他所の支部にも広く問い合わせて、情報を集めてみるわ。そうすれば、どこかでの目撃情報ぐらいは入ってくると思うの」
ケイズの殊勝な態度の甲斐あってか、フィオナが優しく言ってくれる。
ただ、目撃情報すらなかなか集まらなくても仕方のないことだ。イワダコは100メイル(約30メートル)近い巨体を誇り、身体の色を自在に変えて擬態する。かなり腕の良い冒険者でないと、生還することすら難しい。救いとしては、巣穴の洞窟からほとんど動かず、洞窟から見える範囲に来た獲物にしか攻撃を加えない、という習性があることだろう。
余程、運の悪い人間でもない限り、そもそも出会うことすらない。
「あの、お話し中に失礼します。ケイズ・マッグ・ロールさんですか?」
きれいな黒髪の、若い受付女性がフィオナの横から声をかけてきた。
胸についた名札にはアン、と書いてあり、顔見知りの女性ではあるが、ケイズもリアもなんとなく身構えてしまう。以前、フィオナ以外の女性職員に仕事の手続きをしてもらい、大変なこととなったからだ。あれ以来、どれだけ並ぼうとも手続きをフィオナにしてもらっている。
「この男の子がそうだけど、どうしたの?」
用心する自分たちの代わりに、苦笑して、フィオナが尋ねてくれる。
「あちらにいる、ウィリアムソンさんという方が、話をしたい、とおっしゃっていて」
緊張した面持ちでアンが告げる。冒険者ギルドのダイドラ支部で勤め始めてまだ日が浅いらしい。リアが言っていた。
見ると、「総合案内」とある窓口に、ゴブセン城の指揮官ウィリアムソンが立っている。
以前、共闘したときに見た銀色のプレートメイルではなく、糊の利いた白いボタンシャツに、クリーム色のズボンという爽やかな出で立ちだ。ただ、肩幅広く、背も高いので一見して軍人と分かる、ものものしい雰囲気も放っている。
「あら」
フィオナがもの問いたげに、ケイズとウィリアムソンとを見比べる。陰気なケイズと爽やかながらも見るからにガタイの良いウィリアムソンとの関係が想像もつかないのだろう。
「リアちゃんも一緒でいいから、応接室を借りて、お話がしたいと」
アンが更に小さな声で言う。時折、乱暴な冒険者などの応対をしていて、泣かされそうになることもあるのたそうだ。リアのことは「ちゃん」付けなのは、以前、一緒に雑用をしていた仲だからである。
「ええ、2人がいいんなら、いいんだけど。応接室の使用も含めて、ね」
フィオナがケイズとリアを見て言う。頬に手を当てて、何やら心配そうな表情だ。軍隊がスカウトに来た、とでも思っているのかもしれない。
「知り合いですから、大丈夫。応接室、ありがとうございます」
ケイズはリアを連れて、応接室へと入る。2人で並んで奥側のソファに腰掛けた。
遅れてウィリアムソンが入ってくる。歩き方からしてキビキビしていて、冒険者とはまるで違うのだった。
「ご無沙汰しております、ケイズ殿、リアさん。お2人ともお元気そうで何よりです」
にこやかにウィリアムソンが挨拶する。
リアが不安そうな表情を浮かべた。また、戦争に行く話かもしれないと思っているようだ。
不安そうなリアの手を、ケイズは力づけるつもりで、ギュッと握った。
「わざわざこんなところまで、何の用だ?」
ただし、ケイズにも用件の想像がつかないのであった。
「身構えないで下さい。まだ、戦争の話ではありません」
困ったような表情をわざとらしく浮かべてウィリアムソンが言う。
(まだ、ね。まあ、俺と見方は同じか)
以前、ケイズも書簡にて、バンリュウ軍が再度攻撃してくる可能性が高い旨をガイルドともどもウィリアムソンにも伝えてあった。納得はしてくれているようで、ケイズは安心する。
「今日はあくまで私人として、冒険者としてのお2人に、お話があって参りました」
ウィリアムソンが自らのシャツをこれみよがしに示して告げる。服装からして私服ですよ、と言いたいらしい。どこか愛嬌のある行為だ。
戦争のことではない、と聞いてリアが可愛らしく首を傾げる。一応、少し不安は和らいだようだ。
「もったいぶらずに、とっとと用件を言え」
ケイズはそっけなく言う。
態度が丁重な分、ウィリアムソンの話は前置きが長くなりがちなようだ。一緒に戦っていたときは、あまり気にもならなかったのだが。
「では。お2人は、さすらい馬、という魔獣をご存知ですか?」
苦笑いを浮かべ、ウィリアムソンが質問して話を切り出した。
魔獣の話とは思わなかったので、ケイズも意表をつかれてしまう。
「知らない。ケイズは知ってる?」
隣に座るリアが首を横に振り、ケイズを見上げる。リアはリアで一つ一つの所作が愛くるしすぎるのであった。見返してみると、黒目がちの大きな瞳が、一切の曇りなく自分を見つめている。
「馬の魔獣だろ。風の魔力を持っていて、かなり強くて速いらしいけど。あと、普通の馬を手下にして従えてるらしい。かなり珍しい魔獣だよ」
珍しさだけで言えば、さっきフィオナと話していたイワダコよりも珍しいかもしれない。ただ、魔獣としてはおとなしく、人を積極的に襲うこともないそうだ。
リアが尊敬の眼差しを向けてくれる。快感が背筋をピリリと走り、いろいろと抑え込むのにケイズは苦労した。
実は昨日、リアと一緒に行ったダイドラの図書館にて、読んだ本に絵付きで説明が載っていた。飛竜襲来後も、ケイズはリアとしばしば、図書館で勉強会という名目のデートをしている。
知識に差が生じているように見えるのは、さほどケイズは集中していないものの、流し読みでより多くの書物に目を通していた。対するリアも極めて真面目に取り組んでいるのだが、丁寧に読みすぎている上に所見まで書いているので、勉強の進みが遅いのだ。
今度、勉強の仕方も教えてあげよう、とケイズは思った。




