24 緊急依頼〜ツリーフォーク迎撃⑦
自分に何かあった場合にだけ、エリスが突っ込めばいい。エリスには足の遅いという悪条件もある。
「分かった。俺とリアが御神木の懐に突っ込んでいくほうが自然だと思う。ただ、俺がやられるとか、不測の事態があったら、よろしく頼む」
ケイズはエリスに対して頭を下げた。「ノロマの役立たずめ」という悪態も頭に浮かんだが呑み込んだ。
「大丈夫だよ。ケイズは私が守るから」
リアがよしよしと背中を撫でてくれる。ちょっと寒気にも近いような快感が背筋を走った。
素直に頭を下げて良かった、とケイズは思う。
「え、えぇ、こちらこそ、よろしくおねがいしますね」
頭を上げると、たじろいだエリスの顔があった。今まで散々ヘソの曲がったことばかり言ってきたせいだ。
ツリーフォークの大量発生もあって、他の魔獣とほとんど遭遇しない。元々かなり人の手が入っていた場所というのもある。が、騒ぎがおさまるまで巣で息を潜めているのだろう。
5人でケイズ先導の元、魔素溜まりを目指して午前中いっぱい進む。
昼食後、更に少し進むと丘の下に魔素溜まりを捉えることが出来た。若干土地が低く、南と西側を森に囲まれている。
ジエンエント城にほど近く、南東にある荒れ地。ケイズにとっては見覚えのある場所だ。
バンリュウを追撃して逆襲され、地角杖を分解した地点だった。
(しまった。やっぱり俺のせいだった)
ケイズは気づき、リアにジード、エリス、ステラを順に顔を見た。
近づいてみると魔素の元になっているのが自分の魔力であると感じ取れたからだ。もちろん、自分以外は気付いていない。じいっと御神木と周囲にいるツリーフォークを注視している。
(なんか、みんなゴメン)
思いつつケイズはリアに視線を据えて、気まずい心を落ち着ける。あのときは、とっさのことで自分でも訳の分からないぐらい魔力を注ぎ込んでしまった。
(全部出し切ったって思ってたけど)
ケイズは気まずい思いで、ふさふさと枝葉を揺らす御神木を眺める。60メイル(約20メートル)ほどの高さと幅。大地にはあの巨体に力をみなぎらせるだけの魔力を滞留させてしまったようだ。
(で、魔素溜まりになったと。なら元は俺の魔力だし。俺のほうが吸い取りで適役か)
御神木を眺めつつケイズは結論付けた。他の面々も御神木の巨体と周囲をうごめくツリーフォークに圧倒されたのか沈黙している。
「あれが御神木か。確かにすげえな。森の主って、感じだ」
ジードが横に立って話しかけてきた。
「えぇ、神々しくすらあります」
エリスも相槌を打った。
まだ少し距離がある。
にらみをきかせるかのように枝々がうねり、脈打っている。周りでは無数のツリーフォークが練り歩く。他の生物はいない。木による木のための空間、という一見して異様な光景だ。
「ざっと200はいるか?」
更に落ち着いた声音でジードが尋ねてくる。改めてみんなを見てみると、誰も圧倒されてはいなかった。冷静にそれぞれ、御神木を無力化するための手立てを考えているのだ。
特にジードからしてみれば火矢を扱える分相性も悪くない。
「昨日、半分を襲撃に出して、残り半分を守りに残していた、と。攻撃がなければ今、ここに400いたのか」
ケイズはじぃっと御神木を眺めて告げる。
リアと二人ならツリーフォークの数にげんなりし、属性の相性もあって、リアに負担のかかるであろうことを憂えていただろう。
「分かりやすく、陽動でいきますか?」
ステラが微笑んで提案する。
「そうだな、良い案だと思う」
ケイズはこくん、と頷いた。
また、リアが背中撫で撫でをしてくれる。多分、今までなら「役立たずが偉そうに出しゃばるな」とでも言っていたからだろう。実際、頭にはまだ浮かんでしまうのだが。
「私たち3人がこの位置から突っ込んでツリーフォークを引き付けます。ケイズさんとリアさんで、手薄になったところから直接、御神木様に接触してください」
ステラが抜剣した。改めて見ると、刀身が金色の名剣だ。
相手憎しで、今まで仲間の武器にも気がいっていなかったことをケイズはつかの間、反省する。
「よろしく頼む。ただ、側面に回るまで少し時間をくれ」
素直なケイズの言葉に、ステラが微笑みを浮かべたままうなずく。エリスがジードの弓矢とステラの鎧に強化呪文をかけ始めた。
リアと二人で、ステラ達の位置を正面として、側面側へと回り込んだ。ステラ達から見れば左手側にあたる。
「こういうの、いいね」
ずっと黙っていたリアがポツリと告げる。短剣を抜き放った。
「うん?」
ケイズも杖を抜いて訊き返した。
「仲間と一緒に作戦してる感じ。ケイズももう、みんなに悪くしないし、言わないし」
リアが薄く微笑んで言う。
「そうだな」
ケイズも頷いた。リアが充実しているなら何よりだ。
右にいたステラが長剣を持って、森から飛び出した。ジードとエリスも続いている。
何をもって、ツリーフォークたちが敵を感知しているのかは分からない。が、事実ステラの動きに反応して200体が集まっていく。
ジードが火矢を放つ。一射で一体、焼き尽くしてしまう。
火矢の威力にしては強すぎる。鏃に使われている火の魔鉱石をエリスが強化したのだろう。
矢を喰らわずに距離を詰めたツリーフォークをステラが剣と盾の打撃とで足止めする。足止めされたものから優先的にジードが射倒していく。
(良い連携だ)
ケイズは内心、手放しで3人を褒める。
敵もステラとジードを大いに脅威と感じたのか。全てのツリーフォークがステラ達の方へと押し寄せていく。数が多く、たった3人を目掛けてなので、若干つかえて、絡まっているものすらいる。
その分、いまだケイズたちの近くにもまだツリーフォークが残ってしまう。
もう3呼吸ほど、ケイズは待った。
自分たちと御神木との間にツリーフォークがいなくなる。
「行こう」
リアに告げてケイズは御神木に向けて歩き始めた。
「うん」
するするっと小走りでリアがケイズの前に出る。足元には風の小虎がいた。
3人の方から数体のツリーフォークが流れてくる。
リアが両腕を目まぐるしく動かしてツリーフォークを切り裂いている。再生しようとしたところを竜巻で拘束した。
「リア!」
ケイズは鋭く叫んだ。
リアの後ろからもツリーフォークが枝を伸ばしていた。
一瞥すら、リアはしない。風の小虎が丸まって、小さな風玉となり後ろから来たツリーフォークを爆散させる。
(あぁ、そういう戦い方がしたかったのね)
ケイズは納得した。小さい風玉を撃てるようにし、連射したいのだろう。リアの足元にはまた新しい風の小虎が控えている。
「あまり良い思い出の場所じゃないんだが」
ポツリとぼやき、ケイズは地蜂を顕現させる。
リアのおかげで自分の方には一体もツリーフォークが近づいても来ない。
御神木とにらみ合う。相手に目はないが一対一で対峙していると、そういう気分になる。御神木もケイズに注意を向けているはずだ。
鞭のようにしなる枝が飛んできた。石弾で撃ち落としてやる。
一歩、また一歩とケイズは着実に歩を進めていく。
真下からの攻撃など許さない。
杖で地面をつついて魔力を通し、ガチガチに固めてやった。御神木は根を地表に出すことすら出来ない。
ツリーフォークを片付けたリアが枝を切り払う。更に楽になった。
とうとうケイズは幹に手のひらをつけられる位置にまで至る。生命力に満ちた御神木の幹を前にし、さすがにへし折るのは残酷すぎるかなと改めて思うのだった。




