S IDE⑤リア 自覚と訓練
リアはパチリと目を開けると、寝台の上に起き上がる。
隣にはもう1つの寝台がくっついており、寝具がない。ケイズの寝るはずだった場所だ。
(ケイズのお馬鹿)
今頃、廊下で寝入っているケイズを思い、リアはクスリと笑みを零す。
思えばずっと、ケイズは自分への好意を隠そうともしなかった。隙あらば触ろうとしたり、変なことを口走ったりしていたが、いつもリアには優しい。気持ちや人柄も尊重してくれて、当たり前のように一緒にいてくれる。
ダイドラに来てからずっと楽しかった。隣に無条件で自分を認めてくれるケイズがいてくれたからだ、と今では分かる。
(ずっと仲が良いんだって思ってた)
リアは完全に気配を消して、そっと部屋の窓を開ける。
(私、ヒエドラン王子に酷くされて、好きとか恋とか考えたくなくて)
周りから自分たち2人はどう見えていたのだろう、と今更ながら恥ずかしくなってきた。
今にして考えてみると、偽名とはいえ、家族名を揃えていたのもおかしい。ケイズはリアに好意を示してくれていて、遠回しに結婚しようと言っていたのではないか。
「結婚」
リアはかぁっと熱くなる頬を押さえた。
ブラック夫妻を見ていると、胸が温かく、幸せになることでもあるのだ、と思う。
ヒエドラン王子との婚約では、ただ怖いことだった。結婚したらずっと怒られ続けるのだと。大した実力がない人でも、酷い発言や悪意は心に突き刺さって傷になる。それが怖かった。
ケイズと一緒だったらどうだろう。考えると恥ずかしくてどうして良いか分からなくなる。
(お馬鹿、それどころじゃないよ)
リアは気を引き締める。呼吸を整えた。
わずかな気の乱れもケイズを起こしてしまう。
改めて完全に気配を消して、家の外に出る。町外れにある広場を目指した。
自分がケイズに好意を寄せているのだと、また、ケイズもきっと同じなのだと悟ったのは、ケイズが一人でジエンエント城を守って、バンリュウ軍と戦った時だ。
取り残されて、ケイズのことが心配で自分はいてもたってもいられなくなって、尾行したのだ。
(私の知らないところで、ナドランド王国と約束して、軍隊も指揮して、あのバンリュウ将軍を撃退しちゃった)
自分の知らないところでケイズは戦っていて、楽しく暮らせるようにお膳立てをしていたのだろう。ときおり見せるお馬鹿なのも、リアに気兼ねさせないためだ。
(全部、ケイズのは全部、私のためだった)
婚約破棄されてからダイドラに来ることすら、最初からリアのためだったのではないかと思う。
そんなケイズに少しでも報いたい。たとえ、祖国を敵に回すことになっても。それに自分は既に祖国から捨てられた身なのだ。
(寂しいし、辛いけど、今一緒にいてくれる、大好きなケイズを守りたい)
ちなみに武術訓練のとき、ステラがケイズに「愛してもいない」と言っていて、かえってもっと意識してしまった。自分は愛しているのではないかと。
「だから、私、もっと強くならなきゃ」
リアは呟き、目と髪を碧色に発光させる。全身の細胞一つ一つから、魔力を絞り出す。
ジエンエントでの合戦、ケイズが大活躍していた。それでもバンリュウ将軍には殺されかけていて、リアの介入がなければ死んでいた。助けたようでいて、リアも殺されかけてしまったので、どっちがどうとか分からなくなってしまったのだが。
「ケイズ、大事」
呟きつつ、なぜだかリアは、ブラックの娘のマーニーを思い浮かべてしまう。
小さくて壊れそうな赤子。大事に大事にされて、当然の存在。
リアは風を集め、小さな虎を1頭、顕現させた。
風の小虎。風虎に親も子もない。ただ、相棒というよりも我が子のような。
(私に出来るのは、せいぜい頑張って強くなって、ケイズを大事にすることだけ)
大事にしたい気持ちを込めて、そのままリアは風の小虎を丸くさせて魔力を凝縮させた。
小さな風玉が1つ出来上がる。今までのものが頭1つ分くらいなら、今回のは拳1つくらいの大きさだ。風小玉と名付けよう、とリアは思った。
額に汗を浮かべながら、リアは風小玉を1つ維持したまま、もう1頭、風の小虎を生み出す。
一発の大きな風玉が、バンリュウにはまるで効かなかった。
飛竜王を木っ端微塵にし、周りでは他の兵士も吹き飛んでいたのに、バンリュウだけが踏ん張るだけで耐えたのだ。もうわけがわからない。
(私、かわいい赤ちゃん見て、こんな技思いついて、おかしいのかな)
思いつつも、また1つ風小玉を作り出した。
(多分、当て方、当て所じゃないのかな)
リアは速射してみよう、と思いついたのだった。多少、威力を落としても死角から叩きつければ効くのではないか。だから数が要る。
目を瞑って、魔力を絞り出す自分の目と髪は眩いばかりに碧色の光を放っているだろう。
増爆眼の力も限界ギリギリまで使いこなせるようになりたい。
出力を上げつつ、効率も上げる。これで生み出せる数は格段に増えるだろう。
より少ない魔力でより破壊力のある風を生む。最終的には風小玉を自在に操りながら、短剣を振り回して動き回れるようになりたい。
訓練をすればするほど、まだ16歳と若い自分は魔力の保有量も伸ばせるおまけ付きだ。
三つ目に着手する。
皮肉なことに、自分とケイズがバンリュウ将軍に負けて悔しくなっても、冒険者としての活動は順調であり、念願のクランも発足した。主として動いていたのは、ジードとフィオナであり、リア自身は少しお手伝いをしていただけだが。
(クラン双角、ケイズのあだ名)
ポッとリアはまた頬を赤らめてしまう。気が乱れた。風小玉が暴れる。
あわてて集中し直す。
気を抜くと風小玉が爆発して、村中の人を起こすこととなる。マーニーも泣いてしまうだろう。
皆が集まると、またケイズがリアのせいで誰かと喧嘩してしまうかもしれない。
(ケイズ)
もう1つ心配なのは、ケイズが自分以外の女の子と全くうまくいかないことだ。
自分だけを見てくれている。こそばゆくて嬉しくもあるのだが、口汚くエリスやステラを罵っているのを聞くにつけて、リアも最近、悲しく辛くなってくるのだ。
皆と仲良くしてほしい、とリアは思う。ケイズが嫌な人だと誤解されるのはリアも悲しい。エリスとステラはリアにとってお友達でもあるのだから。何よりケイズにとっても同じクランの仲間なのだ。
3つ目の風小玉も出来上がった。
リアは目を見開き、自在に動かす。
「んっ」
顔を歪めて、リアは呻いた。大きいのを1つ生み出して発射するのよりも、随分身体への負担が大きい。
ただ、自在に動かせれば、バンリュウ将軍の死角や弱点を狙える可能性も上がる。
ふと、もう1つリアは腹の立つことを思い出してしまう。
「ケイズ、私が大事だよって思ってるの、全然気付いてくれない」
自分からはリアに対して気持ちを剥き出しにしてくるくせに、リアからケイズへの気持ちにはまるで気付かないのだ。ぴとりと身体をくっつけても、ただ嬉しいな、ぐらいにしか思っていないのだろう。
知らず風小玉の動きがおかしいことにも気付かない。
(挙げ句、私とブラックが不倫かも、なんて。バカッ、バカッ!)
昼間の怒りを再燃させる。
「あっ」
あわててリアは、3つの風小玉を上空へと飛ばす。
かろうじて間に合った。上空で爆発し、空の半分ほどを覆っていた雲を消し飛ばした。
「危なかった、もっと集中しなくちゃ」
反省しつつ、リアは晴れ渡る星空を見上げる。
初めての試みで3つは上出来だ。風小玉のような技が自分は得意なのかもしれない。
さらに魔力を増幅してくれる武器を持てば2倍は作って操れる。もっと強くなれることを素直に喜ぼう、とリアは思った。
(もっと、力を大事にして磨いて。ケイズと、ずっと楽しく暮らしたい。私はもう、ホクレンのリアラじゃなくて、ダイドラのリアなんだから)
ぐっと拳に力を込めようとして、あくびが出た。
短い時間だったが、身体に相当の負荷をかけたせいかひどく眠い。
(明日はツリーフォークをたくさんやっつけて。バンクタ村の人、助けなきゃ)
ケイズと一緒に、仕事は仕事で頑張りたい、とリアは思うのであった。




