19 緊急依頼〜ツリーフォーク迎撃②
ケイズは付近の地図を思い描いた。
ジエンエント城の南方に広がる森林地帯。街道が森林を南北に突っ切り、ちょうど真ん中辺りにバンクタ村は位置している。
バンリュウ軍撃退に向かうため、ケイズが以前通ったときには澄み切った空気の良い森であった。今もあまり変わらない。バンクタ村自体もホクレン軍の行軍路からも戦場からも外れていて、荒んだような空気もなかった。
「便利ですね。味方だと心強い」
薄く笑って、ステラが先頭を歩き出す。ジード、エリス、リアも続く。
(まさか、俺のせいじゃないよな)
最後尾について、ケイズは思った。
ジエンエント攻防戦のときに、かなり派手に地形を操った。
ツリーフォークなど木の魔獣は、地面や魔素の変化による影響を受けやすい。
「お」
ジードが声を上げる。担いでいた黄色い弓を手に持ち直している。さりげなく矢筒に火矢があるかも確認したようだ。
行く手に火柱が見えた。飛竜の時に見たレザンのもの程ではないが、かなり大きい。
「ブラックは炎属性の魔法が得意な魔術師だ。本来ならツリーフォークはもっとも得意な相手のはずなんだけどな」
ジードが訝しげに言い、首を傾げた。
緊急依頼と聞いたとき、「大量発生して手に負えない」とフィオナの言葉にあったことをケイズは思い出す。
(あれほどの火柱をあげられる魔術師が持て余すなんて余程の大量発生だな)
気を引き締めよう、とケイズは思った。必ずしも相性としては有利な相手ではないのだから。
「あ、ブラックって人、炭の人?」
ふっとリアが声を上げた。思い出した、という顔も仕草も可愛いのである。
「おっ、知ってるのか?」
ジードが意外そうな顔をする。
ケイズも知らない人物であり、リアに面識があるとは思えなかった。しかし、お肉を提供していた相手のタズムという前例もある。
「うん。タズムのおじいちゃんのところに、炭を売りに来てたよ。前に」
リアがケイズの横にぴとりと身を寄せて言う。まるで「ヤキモチ焼いたらダメだよ」と言わんばかりの仕草だ。最近、リアからの、ぴとりと密着、が以前よりも頻度が増えている気がする。有り難いことなので、ケイズは大歓迎なのだが。
(ついに、俺の気持ち、愛が伝わったのかな。嬉しいけど困ったな。プロポーズ、どうしよう。うん、気持ちが伝わってるからしなくていいってもんでもないし。あ、馬鹿、俺。今はリアが他の男の話をしている緊急事態だ、集中しろ)
ケイズは脳内の独り劇場をひとまず終わらせる。リアが隣で不思議そうな顔をしていた。
いつものことだからか、ジードがやれやれという表情を隠そうともしない。ステラとエリスは安定の無表情である。
「優しそうな人だったよ、良かったね」
何が良いと言うのか。嬉しそうにリアが言う。
他の男を褒められているケイズにとっては心臓に杭を打たれるような苦しみである。共感してほしかったのかもしれないが、どうしてもケイズは頷けなかった。
「2人とも気を張ってください。仕事中ですよ。どこから、どの木が襲ってくるかも分かりません」
なぜか一緒に話していたのにジードは抜きで、ケイズとリアだけがステラに叱られてしまう。
森の中である。相手が木の魔獣ということで、周りの木々が動いて襲ってくるぐらいのことをステラは危惧しているのかもしれない。
「大丈夫よ、ステラ」
エリスがジードに身を寄せて告げる。リアのマネをしたいのかもしれないが、到底リアの可愛さには敵わない。
「ツリーフォークとなれる木はその土地で1種類、御神木とされていて、魔素を溜め込んだ木と同じ種類のものだけよ」
エリスが説明し、ステラを納得させる。少し安心した顔でステラが頷く。きわめて適切な説明だが、エリスにされるとなぜか腹が立つ。
ケイズは歩きながらそっぽを向き、リアにクイクイとローブの端を引っ張られる。たしなめているつもりらしい。なぜだか今回の仕事中は、エリスやステラに、ケイズが無礼を働いたときの抗議がしおらしいのである。
「着きましたよ、やっぱり始まってる」
先頭を行くステラがバンクタ村の近くに至ると、抜剣して駆け出した。
バンクタ村は、コボルト迎撃のときのタソロ村に近い造りの村であり、四方を円形に木柵で囲われている。
木柵の外側、赤いローブの魔術師を中心に、たいまつを持った男たちがツリーフォークと戦っている。ツリーフォークの数は200体ほどか。火を恐れて木柵に近づけずにいるようだ。200体いるものの、どこか及び腰だ。炎がそれだけ恐ろしいのだろう。
魔術師の着ているローブの色は、得意な魔術の属性をあらわす。赤は炎属性を象徴する色だから、中心にいる男が、炎属性を得意とする魔術師のブラックだろう。
村に押し寄せるツリーフォークたちに対し、村を守るブラックたちと、村の外から来たケイズたちとで挟撃する形だが、ケイズとしてはひどく戦いづらい。
(塵旋風を使うと、村の人達も巻き添えだ)
ケイズは内心で舌打ちをして、巨大な地蜂を顕現させる。
地蜂が最寄りのツリーフォークを6本の脚で捕獲し、もがく相手を身体の中に取り込んだ。そして背中から、全ての水分を奪われて干からびたツリーフォークの残りカスを吐き出す。少し、地蜂がしっとりとした。
「うわっ」
エリスが呆れたように声を上げる。おぞましいものを見る目を地蜂に向けた。つくづく失礼な聖女である。
「それ、私たちに向けないでくださいよ」
ステラもツリーフォークの枝を剣で切り裂いて、釘を差してくる。ステラもステラで人の精霊を「それ」呼ばわりであり、随分な言い方だ。ステラは、なんとかツリーフォークの間を切り抜けてブラックに近づこうとしている。
ジードが火矢を放つ。鏃に火の魔石を仕込んだ矢だ。可燃物に当たると燃える。ただし、さほど火力は高くない。ツリーフォークには効果的だが、獣などには決定打とならない。
(あぁ、その手があったな)
ケイズは成程と思った。
事故を装って、小憎たらしいエリスとステラの水分を奪ってしわくちゃにしてやるのである。想像するとなかなか愉快だった。
悪くはないが、リアにはバレて嫌われそうだ。
当のリアが碧色の竜巻でツリーフォークを原型がなくなるまで千切れ千切れにしている。ある程度、細切れにすれば再生は出来ない。
ケイズの塵旋風よりも精密な操作ができる分、敵味方の入り交じる乱戦場でも効果的に立ち回っていた。
地蜂がツリーフォークを一体ずつ呑み込んでは湿っていく。どうしようもなく泥に近くなっため、ツリーフォークの一体を道連れにして生き埋めにしてやった。そして次の地蜂を生み出す。
時折、飛んでくる火炎球も強力で効果的だ。ブラックのものである。村人たちに囲まれてブツブツと詠唱しては術式を展開していた。悔しいが良い腕だ。
200体以上いたツリーフォークがあっという間にいなくなった。
特に達成感はなかった。どう考えても何回かある襲来の1つに過ぎないとケイズには分かったからだ。なぜツリーフォークがこの村に押し寄せるのか。これから大元の問題を解決せねばならない。
「無事か、ブラック?」
遮るもののいなくなったところで、ジードがブラックに歩み寄り、尋ねた。
「ジードさん、助かりました」
淡い赤色の髪をした若い男だ。二十代半ばぐらいではないかとケイズは思った。華奢で小柄な体格をしており、体からはかなりの魔力が溢れている。手には赤い魔鉱石のついた杖を持っていた。




