S IDE④レガート とんだ広告塔
最近、少しずつ客が増え始めた。
狭い店内の奥に腰掛けたまま、防具を選んでいる兵士を、レガートはぼんやりと眺めている。
飛竜襲来の直後から、ケイズとリアに憧れたという冒険者達がちらほらと来店するようになった。並んでいる武器を数点買っていってくれて、売上が少し伸びた。
今、多い客は軍人だ。ジエンエント城で戦があって7日が経過している。
「この店で、ケイズ殿が杖を買われたというのは本当ですか?」
ほら来たぞ、とレガートは思い、尋ねてきた兵士を睨みつける。まだ若い。線も細くて身体がまだ出来上がっていないようだ。武器や防具に頼るなど千年早い、とレガートは思った。
「あ?だったらどうした?」
一切の愛想を否定するつもりで、レガートは声を発した。
思えば、ケイズとリアにも最初は怒声をぶつけてやったのだ。子供の悪ふざけだと思った。しかし、尋常ではない魔力を溢れさせていて、聞けば精霊術師だという。一応、レガートも魔力を感じることは出来る。
そしてケイズとリアの二人は肝もすわっていて、怒鳴り声など気にもかけていなかった。
「あ、いえ、ジエンエントの戦で、その杖を使って、ケイズ殿は地形を変えるほどの攻撃をなさっていたので。その、素晴らしい技術であると」
あたふたとしながらも、若い兵士が素直にケイズとレガートへの尊敬を口にする。
若い冒険者などとは違い、軍人達は怒鳴られたくらいでは退かない。比べ物にならないしごきを日々くぐり抜けているからだ。
レガートは深くため息をついた。
「欲しい物がありゃ売ってやるよ。だが、もっと自分自身を鍛えてからのほうがいいんじゃねぇか?あと、記念に使えもしねぇのに杖が欲しいとか言うなよ?」
一応、レガートは釘を差しておく。意外に多いのである。ケイズに憧れて、飾っておくからこの店の杖が欲しいという軍人達が。そもそもここは冒険者御用達の武器屋だ、使いもしねえのに売るかっ、と言っても聞かない。そして仕方なさそうに辛うじて使いそうなものだけを購入していくのだ。
(地形を変えるほどねぇ。あいつ、地角杖を潰しちまったって嘆いていたなぁ)
意外にも、よく店に顔を出してくれるのはリアではなく、自分と似たように愛想も愛嬌も欠片もない、ケイズの方であった。
(飛竜のときに分解する奥の手、とか言ってたな。地角杖でそれをやりやがったんだな)
レガートにも察しがついた。しかし、いくら魔力のとおりが良い素材を使った、良質の杖とはいえ、分解するとは一体どれほどの魔力を流し込んだのか。レガートにも想像がつかない。
「は、ありがとうございます!」
喜色もあらわに直立して告げ、兵士がまた品物を選び始めた。まるで任務を仰せつかったかのようだ。
レガートはぼんやり眺めながら思いを馳せる。
北のジエンエント城で戦争が先日あったという。
今、軍人による来店か多いのは、ケイズがそこで大活躍をしたからだ。ただ戦闘力や精霊術だけではなく、毅然とした立派な指揮官ぶりまで発揮したのだとか。来店した兵士が尽くべた褒めするので、最近ではまるで自分もその場にいたかのような錯覚を覚える。
先日の飛竜襲来とも相まって、ゴブセンとジエンエントにいる軍人たちからは英雄視されており、絶大な支持を得たのだそうだ。
(あいつ、女受けは悪いのに、軍人や男からは人気あるのな)
レガートは思い、くっくっと笑みをこぼす。
ケイズ本人もリア以外はどうでもいいと思っているふしがある。結果あのフィオナにすら嫌われていて、リアと同棲させてもらえないのだと、愚痴っていた。実際、リア以外の女性のことは女性とも思っていないようなので自業自得だ。
結局、若い兵士が購入したのは、どうとでも何にでも使えそうな短剣一振りである。安いが品質自体はレガートとしても太鼓判の押せるもので、存外物を見る目はあったのかもしれない。
「まるで記念品だな」
思わずレガートはチクリと嫌味を言ってしまう。憧れの場所へ来て、とにかく何かを買わずにはいられなかった。そんな印象を受けたのだ。
「はっ、いえ、自分は魔術の素養もありませんし。まだ新兵で。仰る通り、ここの武器に見合う男になって、出直してまいります」
何か高らかに宣言して、若い兵士が帰っていく。
レガートはふと似たような調子の男を思い出した。
一度、ガイルドという黒髪の大男が馬に乗ってやってきたことがある。
丁度、ナドランド王国の王子が来たとかいう日で、ケイズの土壁がこの店の窓からも見えた。
店で一番良い、魔鉱石で造った高価な槍を言い値で購入し、恐ろしいぐらいにはしゃいでいたものだ。聞けば妻子持ちでダイドラへ会いに来ていたついでの来店だという。
「いやー、さすがケイズ殿が御用達にしている武具屋だ。モノが違う。しかし、もうカラっ欠です。次の給料日には鎧を買わせていただきますよ」
ガイルドも高らかに宣言していた。少しは家族のため生活費を確保してから買い物に来てほしいとレガートは思った。おまけにこのガイルドがジエンエントの指揮官だそうだ。世も末である。
実のところ、若干ふっかけてやったのだ。欲しい素材がある。
イワダコという上級魔獣の脚だ。ケイズが今、ひどく欲しがっている。新しい杖の素材にしたいようなのだが、滅多に見かけない魔獣であり、素材も市場に出回っていない。見かけたら代わりに買っておいてやろうと思ったのだ。
地角杖に代わる良い杖が欲しいのだろう。今ではその辺に落ちていた木の枝を背負っているのである。実力の割にあんまりだ、とレガートは思っているのだが、代わりの杖も要らないと言うのだ。
「あいつ、味しめやがったな」
レガートは独り笑ってしまう。地角杖を分解してしまった時の破壊力が忘れられないと言っていたものだ。
もっと良い杖でやってみたくなったのだろう。おまけにイワダコとなれば脚が8本もある。良質の杖を一体から大量に作ることができると考えているに違いない。
ケイズのような若者がいるとレガートも仕事が楽しくなる。ガイルドが来たのはつい3日か4日前のことだった。あれからもまだイワダコを探している。
先の若い兵士と入れ違いに小麦色の髪をした大男が1人、来店した。赤銅色の肌に筋骨隆々とした体つきをしている。身長は7メイル(2メートル)近い。くたびれた白い袖なしのシャツに、深緑色のズボンを穿いている。背中には短い槍を一本担いでいる。
「おう、来たな。例のもの、出来てるぞ」
レガートは卓の下から大きな布袋を取り出して告げる。畳んであるが広げれば幅2メイル(60センチメートル)、長さ5メイル(1,5メートル)に達した。
オオツメグマの毛皮から作ったものだ。底がほつれたので修繕してやった。『オルストン』と本人の名前が書いてある。
「ったく、うちは縫製屋じゃねーぞ」
レガートは苦笑いしながらオルストンに告げる。ついでに言うと代金もとっていないのだった。
「すいません、いつも無理を聞いてもらって」
オルストンが大きな体を曲げて頭を下げる。小さい声でおとなしい喋り方をする男だ。
ナドランド王国の出身ではない。赤銅色の肌に小麦色の髪。ナドランド王国の北方、軍事国家ホクレンの西方にあるデンガン公国人の特徴である。身体つきもしっかりした者が多い。粘り強く力強いのが国民性だ。
「まぁ、同郷のよしみだ」
レガートも元はデンガン公国の出身である。おまけに出身村も同じだ。年齢だけはレガートが44歳、オルストンが32歳と開いているのだが。
「景気は相変わらずか」
レガートの問いに、オルストンがすまなそうに頷く。
第7等級の冒険者であり、弱くはないがオルストンの職種は運び屋だ。主に依頼や狩猟に出た際の採集品を運ぶ職種であり、大量に魔獣を倒せる人間が近くにいないと仕事にならない。
「飛竜のときの貯金があるのでしはらくは暮らしていけますが。どれだけ持つか」
オルストンの戦闘力では、単独で依頼をこなしたり素材を集めたりするのでは収入はたかが知れている。運搬力を活用できる環境に身を置ければ、といつもレガートはもったいなく思うのだった。
ケイズとリアがランドーラ湿原を魔獣の墓場としてしまったときや、飛竜襲来のときにはかなりの実入りがあったらしい。真面目な男で浪費もしないため、運び屋として付き合う分にはかなり信頼のおける男なのだが。
運び屋としてやっていくなら、大口のクランかパーティに籍を置ければいいのだ。ダイドラでは冒険者業は盛んだが、小ぶりな冒険者が多かった。
「誰か、俺を仲間に入れてくれないかな」
ポツリとオルストンがこぼした。
本人の性格的な問題もある。大人しすぎる上、愚直で要領が悪いのだ。
「そういや、ケイズたちがクランを作るって言ってたな」
レガートの言葉にオルストンが反応した。
「ケイズって、あの、ケイズ・マッグ・ロール?ジードさんとよく一緒にいる?」
ダイドラにいる冒険者の中で孤高の存在だったジードと、問題児のケイズとリアが組んだ時、ダイドラの冒険者ギルドが大いに湧いたそうだ。
上級魔獣すら瞬殺する戦闘力を持ちながら、まるで常識のないケイズとリアの2人と、ダイドラにいる冒険者の良心とでも言うべきジードが組んだのだ。やっとケイズとリアをうまく御してくれる人間があらわれたと。
ちなみにオルストンもたまたまリアを見ただけなのに、地針で宙吊りの憂き目にあわされたのだという。その直後、ランドーラ湿原で大いに稼げたので全く恨んでないそうだが。
「本当ですか?」
あまり表情の動かない男だが、何か期待するような口ぶりだ。
「あ、あぁ、ケイズに会ったら、真面目で優秀な運び屋がいると伝えておく」
とっさにレガートは告げてしまった。なまじオルストンを知っているばかりにほだされた形だ。
「あ、ありがとうございます」
オルストンが、レガートの両手を取って上下にぶんぶんと揺らす。そしていつになく上機嫌で立ち去っていった。鼻歌なんぞを口ずさんでいる。
「うん、まぁ、話は出来るよな」
少し安請け合いしすぎただろうか。次にケイズがいつ来るかもレガートには分からないのだ。レガートは少々、反省した。




