17 冒険者クラン「双角」③
しばらくしてリアが戻ってきた。いつも戦闘時に着ている碧色の道着様の衣装ではない。紺色のシャツに同色の膝丈半ズボンである。いかにも動きやすそうな服装だ。
「いつもの服じゃないんですか?」
ステラが疑問を口にする。ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「うん。あくまで武術の訓練したいから。風の精霊術と魔眼もなし!」
リアが無邪気に頷いて宣言する。まるで遊びの決まりでも告げるかのようで、楽しそうだ。
(なるほど)
聞いていて、ようやくケイズにもリアの意図が分かった。
(バンリュウ対策か)
少しでも腕を上げて、前回と同じ轍を踏まないようにしたいのだろう。
だから武術だけの訓練に拘るのだ。武芸に長じているバンリュウとの接近戦も視野に入れているのだろう。
フィオナに訓練室の使用許可をもらってから、リアとステラが訓練室にて向かい合う。飛竜襲来のときにステラも活躍したので、嫌でも注目が集まる。見学希望の冒険者達がわらわらと集まってきた。壁際に並んでいる。
使うのはともに木製の武具である。真剣はリアの方から「危ないからダメッ」とのことであった。更には「私の方が怪我しちゃうから」と屈託なく笑って言う姿も印象的だった。
ケイズたちも近くにある見学用の長椅子に座って眺めていた。
特に始まりの合図もなく、リアが2本の短剣を手に斬りかかって、訓練が始まる。
リアの動きは風と魔眼が無くとも素早い。目まぐるしい動きで、短剣による斬撃を繰り出していく。
ただ、ステラの方も僅かな最小限の動きで、的確にリアの攻撃を弾き返していた。
「誰だあれ、リアちゃん相手にすげえな」
「聖騎士のステラさんだろ。飛竜のときも大活躍してたじゃねえか」
「いゃあ、かっこいい美人だよな、あの人」
野次馬たちが口々にステラを褒めそやしている。
(どう見てもリアの方が可愛いだろ、馬鹿共め)
もし、リアに色目を使えば攻撃するくせにそんなことをケイズは思う。
「リアのやつ、どこに目をつけてんだ?」
呆れたようにジードが言う。死角から振り下ろされた攻撃をリアが難なく回避したところだった。ステラも驚いたようだ。
他のときでもリアはちょくちょく見えないはずの攻撃を避けてしまうときがある。なんとなく、直感だけで察しているらしい。
しかし、回避したあとにリアが右手で斬撃を繰り出したところ、ステラの絡みつくように受けた長剣で武器を弾き飛ばされてしまう。
野次馬たちからどよめきが上がる。
「一回、参った」
にっこり笑ってリアが言う。トトトッ、と駆けて飛ばされた短剣を拾いに行く。
ケイズの目で見ても攻防の巧拙は分からないが、純粋な武術ではステラに軍配が上がるらしい。
「少し攻撃の軌道が読みやすいのと、誘いに乗せられがちなようです。一度引いて距離を取ってみては?」
ステラが生意気に講釈を垂れている。
本気を出されれば負けるのは自分の方だと分かっていないのだろうか、とケイズは思った。
「うん」
ケイズと違って素直で良い子のリアが頷いていた。
「ええ、恋と同じですよ」
ステラが急におかしなことを言い出す。
なぜかリアが真っ赤な顔をしてケイズを見る。直近でどんな粗相をしただろうか。大体リアが真っ赤になるのは粗相をして怒らせたときだ。
「馬鹿みたいに押して、密着するばかりが良いわけではないのです」
なぜかステラはステラで、ジードに身を寄せて座る銀髪紫眼のエリスを睨みつけていた。
恋愛観としても間違っている。ケイズはリアに密着されればとても嬉しい。もっと密着されたいくらいだ。
ジードが疲れた顔をケイズに向けた。
「ケイズ、ちょっといいか?」
また、打ち合いを始めたリアとステラを横目にジードが立ち上がる。ついてこようとするエリスを視線と手振りで制した。不承不承、エリスが腰を落ち着けてリアとステラを眺め出す。
ケイズとしては、リアの訓練から目を離したくない。というよりもずっとリアを見ていたいのである。が、ジードの顔が真剣なので仕方なく立ち上がった。
訓練室から離れ、喫茶スペース付近で立ち話となった。
「何?」
ケイズは短くジードに尋ねる。
「いや、クランの名前なんだが」
ジードが言いづらそうにする。
ケイズに決めろとでも言うのだろうか。ケイズも何か名前を決めるのは苦手だ。
「双角でいいか?」
ジードが口にしたのは、自分の古いあだ名である。2本の杖を背負っていることからつけられたものだ。
「調べたな、俺のこと。でも、よく分かったもんだ。まぁ、隠してもいないんだけど」
あまり大っぴらに知られているあだ名ではない。主に軍部などでは知られている。ジエンエント攻防に参戦したことで、ジードの気を引いたのだろう。
「まぁ、うん。お前のあだ名なんだろうけど。うちのクランは、お前とリアの二枚看板だからな。聞いたとき、ぴったりだと思った。エリスさんとステラさんも異論は無いってよ」
ジードに言われて、ケイズはしばし吟味する。悪くない気もするが、正直よくわからない。
「別に俺なんかに確認すること、ないのに。ただ、なんとなく良いとは思う」
ケイズは首を横に振った。つくづく名前を考えるなんてことは苦手だ。ジードに決めてもらえるなら有り難い。
(でも、リアとの、いずれ、あれだ。あれの名前を決めなきゃいけないときって、ほぼ確実に来るよな)
挙げ句、ケイズはとても先になるであろうことまで心配になり始めてしまう。2つほど人生の段階をすっ飛ばした心配である。
「お前の二つ名だからな。一応、先に確認は必要だろう。あとはクランの名前だけ、フィオナに言って終わりだ」
笑ってジードが告げる。
クランの名前1つとっても、随分と気にかけてくれるのだ。有り難い大人の仲間であり、そんなジードが決めてくれる名前ならば間違いないようにケイズには思えた。
「ジードさんっ」
鋭い声がギルド支部内に響き渡る。
フィオナが受付窓口から駆け寄ってきた。
珍しいことである。めったに受付からこちらへは出てこないのだ。まして走る姿などケイズは初めて見た。
「どうした?」
ジードが怯えた顔をする。何を恐れるべきことがあるのかケイズにはさっぱり分からない。
「バンクタ村のブラックさんから至急の救援要請です。行ってきてもらえますか?」
フィオナが息を切らせて言う。
冒険者ギルドからクランへの緊急要請であれば、ブラックというのが誰かも知らないが、第1等級ということもあって、ケイズたちに拒否権はない。
「ブラックが?何事だ?」
ジードが驚いた顔で言う。どうやら知り合いのようだ。
ケイズはバンクタ村の位置ぐらいしか分からない。ダイドラから北へ歩いて半日ほどの距離にある村だ。つまりゴブセンやジエンエントへ向かう途上にある。つい先日、リアと一緒にケイズは通ったばかりだった。
「ツリーフォークが大量発生して手に負えないと」
フィオナの言葉に、聞き耳を立てていた連中がざわついた。
ツリーフォークは魔素を大量に吸い込んだ樹木が地面から独り立ちし、動き回るようになった魔獣だ。頑丈でしぶといものの、極端に火に弱い。また、枝で打つかからみつくかぐらいのことしかしてこないので、割合に攻撃力も貧弱だ。
「分かった。急いでいく。ブラックにもそう伝えておいてくれ」
ジードが訓練場にいる女子3人を見やって言う。まだステラとリアは訓練に汗を流し、エリスはこちらを眺めていた。
「初仕事だな」
さすがのケイズも感慨深くなって告げた。
「クラン双角としての初仕事だ」




