S IDE③ジード 取り残されてなお②
ジードはフィオナに告げ、応接室の扉を開けた。
「そうですね、リアちゃんはお利口だから」
フィオナも相槌を打って続く。
外では何事かと気にしていた冒険者が集まっていた。少し距離がある。聞き耳を立てている者はいなかったようだ。日頃の行いのおかげだろうか。
「まったく、どいつもこいつも」
ジードは苦笑しつつ、フィオナとともに依頼受理の窓口へと向かう。
いつもどおりに卓を挟んで向き合い、緊急性が高く、自分一人でもこなせそうなものをいくつか受理した。
「久し振りの単独行動ですからお気をつけて」
温かい言葉でフィオナが送り出してくれた。
そのままの足で、ジードはランドーラ湿原へと歩いて向かう。
受けた依頼は、ジャイアントスパイダーの討伐だ。ダイドラの町にある治療院からの依頼で、切り傷の治療に使う薬草シンタンの群生地に、ジャイアントスパイダーが巣を張ってしまったらしい。
ジャイアントスパイダーは7〜10メイル(2〜3メートル)に達する中級魔獣であり、一般人や駆け出しの冒険者では手を出せない相手である。
短い剣を片手にジードは湿原へと足を踏み入れた。単独でランドーラ湿原を動く場合、弓矢では小型魔獣に対応しづらい。
用心しながらゆっくり進む。
ケイズの振動探知やリアの直感がない以上、自分で用心するしかない。
時折立ち止まり、ランドーラ湿原の詳細な地図と依頼書に添付されていた地図とを見比べる。ランドーラ湿原の詳細な地図は最新版で手に入れておいた。オオツメグマの個体ごとの縄張りまで網羅されているすぐれものだ。
(そろそろか)
依頼書に添付されていた地図通りであれば、薬草シンタンの群生地に近い。
大木がお誂え向きに生えている。ジードはまず煙を燻し、小型の虫魔獣や蛇型の魔獣が潜んでいないか探りを入れた。
煙を嫌がった緑色の蛇を下から射落とす。
かつてリアが跳躍して事もなげに斬り倒していたのを思い出す。
そもそもケイズとリアに出会ったのもランドーラ湿原だった。懐かしいものを感じつつ、ジードは木に登る。
「あれか」
湿原の中にある開けた草地。ジードは呟いた。ケイズとリアに会う前より独り言も多い気がする。自分の声を聞かないと何か落ち着かないのだ。
何を思ったのか、黒地に黃色の線が入ったジャイアントスパイダーの雄が、草地の真ん中に放射線状の白い糸の巣を作って鎮座している。
(普通、木の間とかに巣を作るんだが。縄張り争いにでも負けたか?)
思いつつ、ジードは退魔の矢を弓につがえる。
ジャイアントスパイダーには火矢が有効だが、火気を用いては薬草の群生地まで焼き払ってしまう恐れがあった。射程も長く、威力の強い、魔力を帯びた退魔の矢であれば、この距離からでも届く。
太い枝の上、足を踏ん張って、ひょうと矢を放つ。
白い魔力の線となって、矢は狙い過たず、ジャイアントスパイダーの頭胸部と腹部をつなぐ接合部を貫いた。
昆虫型の魔獣はしぶとい。しばらくジャイアントスパイダーの脚はモゾモゾ動いていたものの、やがて動きを止める。
(俺も中級魔獣くらいまでなら余裕で倒せるんだよ)
ジードは安全を確認しつつ、木から降りて、倒したジャイアントスパイダーへと近づいていく。
ケイズとリアに出会った薬草クロイナの群生地にも近い。
今にして思えば、あの出会いはフィオナに仕組まれていたのだろう。
ジャイアントスパイダーを解体しながら、ジードは思い返していた。
自分が上級魔獣であるオオツメグマに手こずっているちょうどその時に、強力な精霊術師が2人も現れるなど出来すぎだ。心配したフィオナが、薬草採りの依頼を口実に、ケイズとリアを差し向けたのだろう。
弓と矢筒を地べたに置いて、短剣を使っての解体作業に専念する。
ふと、顔をあげる。
戦闘の気配が近づいていた。
「うわっ」
藪の中からオオツメグマが1頭、飛び出してきた。まだ若い個体だろう。毛にあまり藻が付着していない。だが、成獣のようではあり、体高は8メイル(約2.5メートル)程はある。
あわてて、ジードは弓を掴んで矢筒を背負う。反省だ。魔獣の出る土地で得物を置くなどと。致命的な間違いではなかったが、3人での行動に慣れすぎたようだ。
「ジード!久し振りだな!」
続けて第3等級冒険者で赤毛の剣士マーシャルと仲間3人が現れた。
楽しげにジードに声をかけてくる。
どうやら4人の精鋭パーティーでオオツメグマの討伐にあたっていたらしい。
他に金髪の魔術師ノレド、巨漢の戦士ゴードン、回復術士メイの姿があった。いつもマーシャルと仕事をしている仲間たちだ。ジードともそれぞれ知らぬ仲ではない。
「手伝おうか?」
ジードは黄色い弓に火矢をつがえて尋ねた。鏃に火属性の魔石を用いている矢だ。燃え上がるほどの威力はないが、獣や木の魔獣には効果的である。オオツメグマも火が苦手だ。
人里に近すぎる。一般の採集者や駆け出しの若手冒険者に被害が出る前に倒すべきだ。ジードの立場からしても、ジャイアントスパイダーは駆除しましたが、オオツメグマを残してきました、では治療院の人に会わせる顔がない。
「助かる!」
マーシャルが嬉しそうに言う。悔しいが嫌味のない優男である。
また、ジャイアントスパイダーの死体を見てジードの仕事を察したのか。戦士ゴードンに目配せしてオオツメグマを薬草の群生地から引き離していく。
本来、上級魔獣ともなれば、数十人の討伐隊を組む案件だ。ただしマーシャルたちは精鋭であり、4人でもオオツメグマを倒す実力は持っている。
ジードがいれば、その分、楽にはなるが、必要不可欠ということもないだろう。特に最近、第3等級に昇格したばかりのノレドが、あらゆる属性の魔術をそつなくこなすので、死角が少ないのだ。
オオツメグマが右腕をふるう。ゴードンが盾で受け止めてよろけた。若い個体でも力は強いのだ。
「少しでも早く倒さないとな。駄賃はいらねーぞ」
ジードは言い、火矢をオオツメグマの顔面に放つ。顔の剛毛に弾かれ、刺さるまでには至らない。矢が効き始めるのはもう少し弱り、毛が減ってからだ。
「全員、一旦退がって。炎の渦」
ノレドが術式を展開、オオツメグマの周囲を炎が覆う。
かなり嫌がっているが倒せる程ではない。
ケイズとリアのようにはいかないのだ。
5人がかりで、オオツメグマを弱らせ、トドメを刺すまでに結局、小1時間以上もかかってしまう。
(それでも早い方だし、そもそも5人で勝てるとはな)
ジードは感心して、マーシャル達を眺める。
全員、達成感のある良い顔をしていた。先日、ノレドも第3等級に上がったということで、マーシャル達のパーティーは第3等級が2人、第4等級が2人という編成だ。
「変わらない。いや、むしろ腕を上げたな。さすがジードだ」
マーシャルが手放しで褒めてくる。
気難しいノレドも頷いているからお世辞ではないようだ。
「何だよ、今更。こっ恥ずかしい」
ジードは照れ隠しに、鼻の頭を掻きながら言う。
今も昔も変わらない。自分1人では上級魔獣を狩ることは出来ないのだから。
「いや、ケイズ君やリアちゃんと組んで立て続けに大口の依頼を達成しまくっただろ」
マーシャルが笑いながら言う。
クランを発足させるために3人での依頼達成数を稼ぐ必要があったのだ。リアとデート出来ないなどと、ケイズは不平タラタラだったが。
「やっかみも凄くてさ。ジードのこと馬鹿にしてる奴も少しいたんだよ。2人の寄生虫だ、みたいにさ」
マーシャルの言う状況はジードも知っていた。むしろ、力まかせ2人の手綱をよく握っていたほうだと思っていたので苦笑しか出なかった。
「今更、ジードさんの腕前、疑うなんてさ。モグリなんだよ、そいつら」
ノレドも吐き捨てるように言う。昔、ノレドが駆け出しの頃、何度か実地で助けたことがあるのだ。
「そうかい、ありがとよ」
ジードは2人からの言葉に熱いものを感じつつも、控えめな返事に留めた。
ケイズとリアと組むようになってからも、弓矢の鍛錬を欠かしたことはない。鏃や短剣、使える武器についても万全を尽くすようにはしている。
ただそれでも、ときには1人で動く機会も設けたほうが良いのかもしれない。少し勘が鈍っているように感じた部分もあった。
(あいつらが帰ってきたら、頑張ってたんだぜって言いたいからな)
ジードは一抹の寂しさを感じつつ、2人を待ち遠しく思うのだった。




