SIDE② マカント 見守る人
ナドランド王国王子ヒエドランが、冒険者ギルドのダイドラ支部を訪れている時、軍事国家ホクレン筆頭将軍親衛隊中隊長のラッシャ・マカントもまたダイドラにいた。
北東地区にある喫茶店にて、恋人でもあり部下でもあるエイナとお茶を楽しんでいる。エイナは武芸に優れる一方、小柄で可愛らしく、紺色の髪を短く切りそろえた女性だ。
筆頭将軍クロウにはいつも迷惑しているが、エイナとよく組んで仕事をさせてくれることには感謝していた。
(しかし、あのリア様が)
熱く濃いお茶を口に運びつつマカントは思った。
マカントも精霊術師である。人並み外れた魔力を持つものの、クロウはおろか、リアやケイズにも遠く及ばない。それでも精霊に喰われることはなかった。宿した精霊が水鼠という、小さくて魔力消費の少ない精霊だったからだ。
魔力攻撃の面で火力に劣るものの、重宝はしていて、小さく気配を消す能力に長けている。直感の鋭いリアですらまるで気付けないほどだ。故に精霊術師としては珍しく、マカントはいつも水鼠をそのままの姿で使役している。完全に気配を消して使役する、幾つかの制約の1つなのだ。
「ねぇ、マカント、どうなってるの?」
エイナがじれったそうに尋ねてくる。ケイズの土壁がここからでも見えた。
マカントは、水鼠をそのままの姿でヒエドラン王子の足元に忍ばせている。水鼠の見たこと、聞いたことはマカントにも伝わるようになっていた。
「リア様が気丈にもヒエドラン王子に食ってかかり、やり込めている」
マカントの返答にエイナが微笑んだ。花開くかのような笑顔であり、マカントはついつい見惚れてしまう。
「良かった。すぐにクロウ将軍に知らせなくて大正解だったわ。リア様が精神的にも強くなった証拠ね」
エイナが心底、リアの成長を喜んでいる様子で告げる。
実のところ、リアが出奔してすぐに、マカントとエイナはナドランド王国に戻り、リアの捜索に着手したのだ。帰還してからの行動については何の軍令も無かったからだ。
ケイズが連れ出し、2人がダイドラに着いた翌日には、マカントたちも、二人がダイドラにいることを掴んでいた。
ここで、マカントとエイナの間で激しい口論となったのだ。一応、命令を受けた以上クロウ将軍に伝えるべしというマカントと、書類上は休暇中で私事の頼みであるから報告の義務はないとするエイナ。そして、妹のリアのこととなるとあまりに間違いを重ねるクロウの人間性を鑑みて。
結局、楽しそうに冒険者としての生活を開始したリアの笑顔を見て、マカントが折れた。
それから今に至るまで2人を見守り続けてきたのだが。本当に危なかったのは、2人の初仕事でコボルトを迎撃していた時だ。いきなり前触れもなく地面の下から針が伸びてきて殺されかけた。マカントでなければ死んでいただろう。 あの一撃で、ケイズ・マッグ・ロールの異様な索敵能力を知ったのだ。少し調べただけでもナドランド王国の軍事ではかなりの戦果を上げている精霊術師と判明した。
(しっかし、ケイズ君といるようになって、本当にリア様は楽しそうにされて)
マカントは、ケイズとリアの楽しげな様子を思い起こして、つい顔をほころばせてしまう。
「もう、何よ。気持ち悪い顔をして」
エイナが本気で呆れてしまう。
気持ち悪いとは随分な言い方だ。
「いやぁ、今までのリア様とケイズ君を思い起こすとつい」
正直にマカントは打ち明ける。更に今日、精神的にも強くなったリアを思うと感慨もひとしおだ。
「ええ、そうね。確かにリア様はいつも愛らしくって」
エイナもエイナで顔がだらしなくほころんでいる。実際、ケイズと出会ってから日増しに可愛くなっていくのだから無理もない。マカントもうなずき返した。
「おおっ、リア様が啖呵切ったぞ。許してやるから、放っておけだと。ランドーラ地方も守ってやるってさ」
続報を、マカントはエイナに伝える。
かつて怒鳴られて落ち込んでばかりいた姿からは想像も出来なかった。
「そうね、素晴らしいけど」
エイナが悩ましげな顔をする。いつものキビキビした姿とは違う魅力が溢れてきて、マカントなどは不謹慎にも見惚れてしまう姿だ。
「でも、そのランドーラ地方を、私達の国ホクレンのバンリュウ将軍が攻撃しているのよねぇ。難しいわ、判断が」
よりにもよって、筆頭将軍のクロウがナドランド王国のランドーラ地方を標的にするとは読めなかった。ただ、リアの婚姻がなくなり同盟でなくなったこと、国境を複雑にしていることから、いざ始まってみると狙いとしては的確だと分かる。
「しかも、一度はケイズ君が鮮やかに撃退しているからなぁ」
ケイズがリアを置き去りにして、ジエンエント城に入ろうとしたときには本当に驚いた。
更に様々な地属性精霊術師ならではの戦術を駆使して、決して強くはないナドランド軍の兵士を率いて撃退したのだ。全てが予想の上をいった。
(うーん、本来ならリア様を利用してケイズ君をホクレンに引き込んじゃうのが、国益にはなるのかな)
マカント個人としては、ケイズ・マッグ・ロールという、一番危なかった時のリアを助け出し、一途に愛して一緒にいてやってくれている少年のことは高く買っているのだ。
エイナの方としてはリアの身体を見すぎている、他の女性への対応がありえなくて心配すぎる、と若干違う見方をしていたが。
「俺としては報告を遅らせて、もう少し伸び伸びと過ごさせてあげたいかな。本当に危なくなったら、二人の身柄だけを助ければいい」
本当に難しい判断だ。ただ、ケイズとリアの戦闘能力を度外視すれば正解だとマカントは思った。冒険者としてリアに楽しく暮らさせることは、クロウの意図には合っている。ただ、バンリュウ軍の戦を考えれば、敵側にいる強力な精霊術師を放置している格好だ。
(まぁ、突き詰めれば俺らは休暇中で、ホクレンの国益よりリア様を優先していい立場ではあるのかな)
ホクレン軍人としての立場より、クロウの友人として行動すべきかと、マカントは考えていた。
「クロウ将軍のことだから、二人だけをすぐに連れてきて、ホクレンで恋愛をさせるとか言い出しかねないからな」
それをすると、二人とも羽をむしられた鳥のようになるだろう。マカントは「政略結婚に失敗したから今度は恋愛結婚させる」というクロウの無茶すぎる言動を思い出す。
「阿呆なこと言って妹の恋愛に干渉してる暇あったら、自分の結婚相手を探せって言うのよね」
エイナが暴言を吐いた。
当然、先日のやり取りをエイナにも知らせている。聞いたときからしばしば怒りをぶり返しているのだ。女性をなんだと思っているのかと。
視界にあった土壁が消えた。
ヒエドラン王子らも立ち去っていく。
マカントは水鼠に帰ってきてもらわなばならない。小さな鼠の脚である。制約の1つが徒歩移動なのだ。しばらくは時間がかかるだろう。
「でも、バンリュウ将軍には知られたでしょう。いくら鈍いあの人でも、直接斬り結んでリア様だと気付かないわけがないわ」
エイナが心配そうに言う。
武芸自慢で戦うこと以外、頭にないバンリュウが危うくリアを一刀両断しかけた時にはマカントも冷やりとした。
自分とエイナがどう判断しようと、バンリュウからクロウに知られるなら意味はないのではないかと、エイナは懸念したようだ。
「いや、あの人のことだ。いちいちクロウ将軍に報告はしないと思う。まず一度やられたケイズ君と戦いたがって、もう一度攻撃するんじゃないかと思う。報告すれば戦を中断させられかねない。そっちをあの人は嫌がると思う」
バンリュウ軍4万は、未だ帝政シュバルト内にとどまっている。もう一度、体勢を整えて、ジエンエントかゴブセンを攻めるつもりだろう。
ケイズの精霊術に一本取られて、燃えに燃えていることは想像に難くない。
「バンリュウ将軍も厄介だが、あとはあの黒騎士ガラティアって女だ」
マカントは忌々しくなって告げる。
バンリュウに吹っ飛ばされ、戦場で意識を失ったリア。
気絶していたリアにとどめを刺そうとしたのが、帝政シュバルトの黒騎士ガラティアだった。同盟国の人間ではあるが、未だホクレンが保護しないのを良いことに、無防備になったリアを抹殺しようとしたのだ。
マカントとエイナが二人がかりで撃退し、リアを守り抜いたのだった。
「飛竜王を殺された逆恨み女ね」
エイナも軽蔑しきった口調で言う。
そもそも一般人の住む街を、魔獣に襲わせて落とそう、というのが姑息なのだ。ホクレン軍では考えられない手口だ。
「また、どこかで馬鹿げた企みをして、どんな邪魔をするかも分からない」
マカントの言葉にエイナも頷いた。
戦争は悲惨で残酷だ。
出来ることなら、誰とも戦わなくて良い場所にリアやケイズを置いてやりたい。
(でも、二人は戦ってでも、自分たちの幸せを守ろうという覚悟を決めてしまった)
特にケイズの方はかなり早い段階から、自分の人生をリアのために使う、と決めていた節がある。
「そういう男の子は俺、応援してやりたいんだよなぁ」
マカントはぼそりと呟いた。




