13 いわれなき糾弾〜ヒエドラン王子の来訪②
ケイズは、リアに城壁上で打ち明け話をした翌日も、冒険者ギルドのダイドラ支部を訪れていた。今回はジードにクラン結成の関係で用件がある。もっとも何も用件などなかったとしても、リアに会いに毎日顔を出しているのだが。
入口付近に見慣れぬ馬車が1台停まっている。辺境であるダイドラの街に不似合いな、華美な金糸の装飾が人目を引く。何より王家の紋章が側面に描かれている。
嫌な予感がした。
思いながらもケイズは冒険者ギルドダイドラ支部の中へと足を踏み入れる。
「ケイズ・マッグ・ロール!」
大袈裟な叫び声で出迎えてくれたのは、とても会いたくない相手、ナドランド王国王子のヒエドランである。
(あぁ、立太子したって噂もあるな。ヒエドラン皇太子さまか)
ケイズはぼんやりとギルド内で聞いた噂話を思い出す。
ヒエドラン王子の傍らには新しい婚約者だろうか、水色の髪の女性を侍らせている。一見して貴族の子女というドレス姿だ。
(暑くないのかな、ダイドラはすごく蒸すのに)
暑さに弱いケイズは思いつつ、隅の方にいるサナス伯爵を睨む。ひどく気まずそうである。今日は貴族らしい派手な正装だった。
他に10人ほどの護衛を連れている。中にはジェイレンもいた。
「先日の戦いは見事だった」
ヒエドランが両手を広げて言う。どういうつもりで満面の笑顔なのか。自分の周りには人払いをさせているあたりも気に入らない。ダイドラという街を、薄汚い冒険者の巣窟くらいにしか思っていないのが見え見えだ。
ケイズはヒエドラン王子のことを無視することとする。
ヒエドラン王子の前を素通りし、心配なのでケイズはリアを探す。受付近くにいつもならいるのだが。
「なんて無礼な。皇太子殿下を無視するなんて」
咎めるような声を出す水色の髪をした女性を、ヒエドラン王子が自ら手で制する。
「いいんだ、イレーネ。話せばケイズも分かってくれる」
何も分かりたくないものだ。
思いつつ、ケイズはリアを探すのを止めた。むしろ巻き込まないほうがいい。他の冒険者達の目も気になる。
「ここでは迷惑なので外へ」
ケイズは短く告げて、自ら冒険者ギルド支部の建物から外へ出た。
「ま、待ってくれ、ケイズ」
あわてた様子で、ヒエドラン王子と取り巻き共がぞろぞろついてくる。
少し離れた通りの真ん中で、ケイズはヒエドラン王子と向き合った。もちろん、とてもウンザリしながら。
「ケイズッ!」
リアが、ギルド支部の建物から飛び出してきた。これだけの騒ぎになっていて気付かないわけもない。たまたま奥で何かフィオナの作業をお手伝いしていたのだろう。
本当はそのまま、奥で隠れていてほしかった。
リアにとって、ヒエドラン王子は姿を見るのも不快な相手のはずだ。
(でも、仕方がないか。1人だけ除け者も辛いよな)
ケイズはため息をついた。そしてリアの接近を待ち、背中の杖を一本引き抜いて地面を突く。
分厚い土壁が、ケイズとリア、ヒエドラン王子らを囲んだ。ヒエドランが何を言い出すか分からない。他の冒険者やダイドラの一般人に知られたくないことも言いかねないのだ。分厚く分厚く作り上げ、防音の効果を持たせる。
「うわっ」
ヒエドラン王子と他数名が腰を抜かす。
情けない姿をケイズは軽蔑する。文官のサナスですら驚くことなく立っているのだ。
「ケイズ、これは」
何とか立ち上がり、気味悪そうに土壁を覗いながら、ヒエドラン王子が尋ねてくる。
一拍遅れてリアに気付いて目を瞠った。
「貴様、リアラ・クンリー!よくも私の前にノコノコと」
性懲りもなくヒエドランがリアを怒鳴りつける。忙しい男だ。
リアが大きく息を吸う音がした。ただ、真後ろにいてリアの表情は見えない。
「で、何の用ですか?」
増してケイズはヒエドランを睨み付けなくてはならない。
リアを傷つけるなら容赦しないと、殺気を込めた視線で自分のリアへの愛情を教えてやらなくてはならないのだ。
「あ、あぁ」
気圧されつつもヒエドラン王子が胸を張る。汗で額に、いつもなら美しい金髪が張り付いていた。ダイドラの蒸し暑さのせいばかりではないだろう。
「先日のホクレン軍との戦いは見事だった。ジエンエントを守り抜き、圧勝だったと聞いたぞ。ねぎらいに来たんだ」
こんなに嬉しくないねぎらいもない。
ケイズは白けきって、ヒエドラン王子たちを眺める。ナドランド王国側も犠牲が少なくないのだ。せっかくダイドラに来たなら、亡くなった兵士の遺族の元を弔問するのが筋ではないのか。
「はぁ、どうも」
まったく気のない返事をするにケイズは留めた。
また、ヒエドラン王子の隣りにいるイレーネとかいう女が睨みつけてくる。まったく可愛げのない女であり、わざわざ可愛らしいリアと婚約破棄までして、一緒になろうとしているヒエドラン王子の正気をケイズは疑った。
「ついては、また、ニーデルに戻ってほしい。ダン・ラダンと並ぶ大将軍として、国防の任に就いてもらいたい」
恥を知らないヒエドラン王子の言葉にさすがのケイズも驚き、サナスの方をつい見てしまう。
サナスがすまなそうに顔を背けるのを見て、ケイズは直感した。どうやら完全にヒエドラン王子の暴走らしい。
また、サナスがケイズの方を見る。す、ま、な、いと口が動いた。謝ってくれた上、もともと現実主義者同士で気の合うサナスは嫌いではない。心の内でサナスだけは許してやることとした。
(さて)
どう罵倒して、ケイズはヒエドラン王子の依頼を断ろうかと悩んだ。二度と来てほしくない。だから二度と来ようと思えないぐらい罵ってやりたいのだ。
ふと、リアがギュッとケイズのローブを掴み、放した。
(あぁ、リア、誤解だ。離れるわけ無いだろ)
ケイズは一連の動作に籠められたリアの気持ちを察して、切なくなってしまう。自分がリアの元を離れて、ヒエドラン王子からの厚遇を求めるだろうと。だから、握った手を放してしまったのだ。
引き止めてはいけないと、いまケイズが振り向けば、歯を食いしばってこらえるリアの顔が見られるのだろう。
ケイズは振り向いて、まずリアに説明しようと思った。別にヒエドラン王子など後回しで良いのだ。
しかし、予想に反して、リアが庇うようにケイズの前に立った。小さな背中は勇気を振り絞るようにピンと伸びている。
「貴様っ、リアラ・クンリー!まだこの国にいたのか!よくもノコノコと私の前に姿を現せたものだな!この化け物飼いめっ!お前の祖国が、我が国の領土を荒そうとしたのだぞ、どう責任を取るつもりだっ!本来ならこの場で処断するところだぞっ!」
いつものように、ヒエドラン王子がリアを一方的に罵倒する。よくもこれほど、いわれのない言葉を並べられるものだ。
(よし、もういいや、殺そう)
ケイズはとりあえずヒエドラン王子を殺すことを決意した。殺害してしまえばもうナドランド王国にはいられない。
だから、ケイズは今後のことを夢想する。
何食わぬ顔でリアの祖国である軍事国家ホクレンに戻り、義兄の筆頭将軍に結婚を申し込んでもいいし、ケイズは不仲だが、エリスとステラのいるイェレス聖教国に身を寄せるのもいいだろう。
わざわざ追ってきてまで、リアを罵倒するような王子のいる国よりは遥かに良い。
杖を抜いて、サナス以外の全員を始末すべく地針を放とうとケイズはする。
「置き去りにされた私が、ホクレンの軍隊を呼べるわけないっ!言いがかりはやめてよっ!」
予想に反して、聞こえてきたのは毅然としたリアの叫び声だった。
肩や全身が怒りで震えているようだ。それとも恐怖を抑え込むように全身に力を入れているのか。
ケイズにとっても予想外のことだった。
ナドランド王国に来てから初めて、リアが自分に向けられたヒエドラン王子の理不尽に立ち向かおうとしている。
初めてリアに言い返されて、ヒエドラン王子自身も大いにたじろいでいるようだ。少し仰け反って口をパクパクさせている。




