12 いわれなき糾弾〜ヒエドラン王子の来訪①
結局、ジエンエント攻防戦でナドランド王国軍は死者1000、ホクレン軍は死者10,000の犠牲を出したという。通常の戦であれば、数字としては圧勝という形だが、ケイズはウィリアムソンからの報せをダイドラにて受けとり、呆気に取られてしまった。
(あれだけ優勢で、1000も討たれたのか)
そもそも敵の犠牲が10,000ということは、殲滅するつもりでいた2万5000の歩兵にも、半分以上逃げられたということだ。
ケイズはいま、冒険者ギルドのダイドラ支部にいる。リアに会いに来たのだ。
戦を終えて2日が経った。戦の事後処理に1日、ジエンエントからダイドラへ移動してくるのに1日を費やしたのだ。
冒険者ギルドやダイドラの変わらぬ喧騒を見るにつけ、バンリュウ軍を撃退できたことにはホッとしてもいる。ガイルドやウィリアムソンの見立てではもうホクレン軍は来ないだろうというのだが。
(見通しが甘い。相手の犠牲が少なすぎる。十分に立て直しの利く数字だ)
10,000の犠牲、命は決して軽くはない。が、残った4万というのも大軍だ。諦めるには早い気もする。
ケイズが目下、困っているのはリアの密着である。小さな身体をピタリと寄せて逃さないようにしているのだ。冒険者ギルドで合流してからずっとこの調子である。
(あぁ、いつまでもこうしていたい)
本当はすぐにでも移動するつもりだったのだが。幸せすぎてケイズは動けない。
ただ、リア本人はいたって真剣である。よほどケイズが一人で戦場に行ったことが痛恨だったようだ。ジエンエントから帰ってくるときも密着である。ケイズとしては、当然嬉しい。
今も人目につく喫茶スペースの円卓にわざわざ対面ではなく、椅子を動かして身体をくっつけてくるのだ。
「あれ、どうしたんだ」
「ついにケイズも成長したのか」
「リアちゃんが幸せならいいか」
「粗相あったら袋叩きだがな」
はたから見ていると単純に距離が縮まったようにしか見えないらしく、生暖かい視線をずっと向けられている。
(リアにはちゃんと説明しなきゃな)
ジエンエントからの帰りの道中にもずっと思っていたことだ。
ケイズは周囲の視線を気にすまいとする。
「ケイズ」
リアが話しかけてきた。
ケイズは顔を向ける。
「大丈夫?」
気遣って尋ねてくれるリアにはぐっとくる。もう4度目なのだが。他にも訊きたいことがいくつもあるだろうに、してくれるのは心配なのだ。
ケイズが、戦で敵とはいえ、自分の能力で多くの人を死なせたことを言っている。
「あぁ、大丈夫だよ」
ケイズは頷き、立ち上がった。いつまでもリアからの癒やしに甘えてばかりもいられない。
「リア、少し付き合ってほしい」
ケイズの言葉に周囲がどよめく。
「フィオナちゃん、呼んでこい」
「やっとコクるぞ、もろばれめ」
「いいぞ、ケイズ」
馬鹿なことを言っている面々を、ケイズは無言で片端から地針で宙釣りにした。
(まだプロポーズは先だ。フィオナも呼ぶな。ていうか場所、変える!)
憮然としつつも、ケイズは周囲にいる冒険者どもを睨みつけてやった。
リアがケイズに逃げられないよう、ローブの裾をヒシと握っている。
「うん」
リアもなにか察したのか頷いて立ち上がる。
2人で冒険者ギルドのダイドラ支部を後にした。尾行しようという詮索好きがいたら、コテンパンにするつもりたったが、長い地針教育のせいか誰一人としてついてはこない。
既にケイズは行き先を決めてあった。あまり盗み聞きされず、2人で落ち着いて話せる場所。
ただし自宅は違う。自宅は近い将来、一緒に暮らして家庭を作る場所なのだ。
市場を通った際、飴玉を売っている露店があったので、リアに袋1杯買い与えた。
リアは能力で体力を消耗しやすいのか甘いものを好む。真面目な張り詰めた表情をしていたのに、飴玉を前にするとつい表情がほころんでしまうのも可愛らしい。一貫して片手はケイズのローブを掴んだままだが。
ダイドラの南東区画にある城壁上がケイズの選んだ場所である。沈む夕陽が街越しに見えて美しい場所だ。また、開けていて見晴らしもよく、盗み聞きされる心配もない。
「リア」
真正面から向き合うと、まだリアが口をモゴモゴさせている。上がる前に頬張った飴玉がまだ口に残っているようだ。
ケイズは飴の溶けるのを待った。
「リア」
もう一度呼びかける。
リアがごっくん、と小さくなった飴玉を飲み込んだ。
「うん」
頷いて、リアが先を促す。
「俺の師匠は、地属性の魔術師で老師キバって人だ」
何から話すのが分かりやすいのか。歩きながらケイズなりに考えてきた。
「俺がさ、この人に教えられながら、魔獣を倒す方法とか地面の使い方とかを身に着けてきたんだっていうのは、何となくリアも分かってたと思うけど」
今までにも何度か、戦いの訓練を受けた、とリアに口走ったことをケイズはしっかり覚えている。
「うん」
真面目な顔のまま、リアがこくんと頷いてくれる。
「他にも実は、合戦場にもついていって。地属性の術を使う者としての立ち回りを実地で学んだんだ。だから俺は元々従軍経験があって、人を死なせたのも今回が初めてじゃない」
ケイズは言葉を切って、リアの顔色を覗う。夕日を背にしているリアの顔色はどことなく暗い。それでもどこかゾッとするほど美しかった。
「リアを連れて、ニーデルを出てしばらくしてから、ヒエドラン王子の使いが来た。精霊術師として働いてほしいようなことを言ってたな」
ヒエドランの名を聞いて、リアの顔が苦しげに歪む。
「あの密偵のとき?」
ささやくようにリアが尋ねてくる。
ケイズは頷いた。
「あのとき、俺はランドーラ地方を守ってやるから、好きにさせてくれって啖呵を切ってやったんだ」
あのときは、精霊術師の自分たちが誰からも干渉されず、幸せに楽しく生きていくために、ある程度の妥協が必要だと思った。
「かくしてた、の?」
リアの声が暗く、弱々しい。
また、返答を間違えるとリアが自分を責めかねない、とケイズは危惧した。
「それが一番、リアのためになるって思ってた。血なまぐさいことに巻き込みたくない。俺1人で全部やって。リアには、楽しいことだけ楽しんでもらいたいって本気で思ってた」
ケイズは何一つ隠さず、考えていたこと、抱いていた思いを告げる。対するリアが、ハッとしたように目を瞠った。
「間違ってた、と今はわかる。好意とか善意とかだって、人に押し付けていいもんじゃない。押し付けられるリアの気持ちをまったく考えてなかった」
頭を下げて、ケイズは謝罪する。
グスッとリアの泣き出す声が漏れ出す。
結局、失敗だ、しくじった、とケイズは思った。どの言葉がどう作用したかもわからないが。何か引き金となって、リアに自分自身を責めさせたのだ。どんな形であれケイズのせいにするようなリアではない。
リアが、はっきり声を上げて大泣きに泣き始めた。ついにはケイズに正面からすがりついて痛いぐらいに小さな身体を押し付けてくる。
ひとしきり泣いて、リアが落ち着いた。ケイズから身を離して拳で涙を拭う。
「ケイズ、私、だめ?」
また言っている。
ケイズは暗澹たる思いを抱く。
「ダメじゃない」
即答してやる。今度はどう慰めよう、元気づけようかとケイズは考え出していた。
「じゃあ、もう気にしない」
意外な言葉が返ってきた。
ニカッとリアが夕日を背に笑顔を見せる。
「私、だめじゃないよ。ケイズももっと頼っていいんだよ」
リアがぎゅっと抱きついてくる。
「だから、もう、1人で戦争に行かないでね。ランドーラ地方、守らなきゃなら、私、一緒だからね」
リアが少しだけ顔を離して、ケイズを見上げて言う。
「あぁ、うん」
ケイズは気圧されるような気持ちで頷く。
いつもどおり可愛くて良い子のリア。戦えば滅法強くて、安心して背中を任せられる。
でも真面目で時々ひどく悩んで自分をダメ、と言って責め始める娘だ。
(でも、それはついさっきまでのことで)
いま、話をしていてリアが割り切ってくれたのなら、ケイズも嬉しい。喜ぶべきだ。
自分のことをダメだと言ってばかりいても何にもならないのだと悟ったのだろう。
「じゃあ、もう、私たち、大丈夫だから。帰ろ」
リアが身体を離してクルクルと回る。
本日はフィオナの門限に従わざるを得ないだろう。2人でダイドラの冒険者ギルドへと戻る。
ヒエドラン王子がダイドラに着いたのはこの翌日だった。




