11 ジエンエント攻防戦⑥
「リアとは、先ほど、ケイズ殿を守ろうとしてくれた少女ですか?助けたい気持ちも、大事なことも分かりますが。ケイズ殿をこの状態で独りに出来るわけがない。私もご一緒しますよ」
ウィリアムソンに肩を貸された。他の兵士をさりげなく追い払ってもくれていて、最大限にケイズの意向を尊重してくれようとする。
それでも困るのだ。
「だめだ、お前は追撃の」
弱々しく言うケイズを、リアのふっ飛ばされた方向へと、ウィリアムソンが連れて行こうとする。リアのいる方角は木々が折れているので一目瞭然だ。自分だけが追えるという状況ではない。
追撃など方便だ。
本当は万が一にも、リアがホクレンゆかりの令嬢だと知られるわけには行かない。敵国の人間、ということでどんな目に合うかも分からないのだから。
末端の兵士はともかく、1城の指揮官ともなればリアの顔も素性も知っているだろう。
(今の俺じゃ、リアを守りきれない)
ただ、逆らう力も残っていなくて、ケイズはウィリアムソンに引きずられてしまう。
「大丈夫、あなたは我々の恩人だ。バンリュウの強軍を相手に、たったの半日で圧倒的な勝利をおさめたのは全てケイズ殿のおかげだ。どんな事情があっても、この軍はあなたの味方ですよ」
ケイズの事情を知ってか知らずにか、ウィリアムソンが労るように声をかけてくれる。
敵兵の気配もしない。先程、ウィリアムソンの散らしてくれた兵士たちが、ホクレンの残兵を寄せ付けないようにしているのだ。
「そんなあなたの大切な女性であるなら、決して悪いようにはしません。一切、心配しないでください」
ウィリアムソンの言葉にケイズは心の内側で、ただただ深く感謝した。返すべき言葉が見つからない。
やがて二人は、木の根元に転がって、気絶しているリアを見つけた。
「リアッ」
ケイズはよろける足でリアに駆け寄る。最後の数歩は足がもつれるようにして、倒れ込んでしまったのだが。しゃがみ込むように上から覗き込んで、倒れるリアの体を確認する。外傷は少ないように見えた。擦り傷ばかりだ。
「ケイズ殿、頭を打っているかもしれない。頭は動かさないようにしてください」
ウィリアムソンが助言をしてくれる。
見ると、微妙な表情を浮かべていた。リアの正体にも気付いてしまったようだ。
「リア」
もう一度、ケイズはリアの方へ向き直り、そっと肩に触れて優しく声をかけた。
「ん?ケイズ?」
ゆっくりとリアが目を開き、ケイズの顔に視線を向ける。
「大丈夫か?頭、打ってないか?」
まだぼんやりしているリアにケイズは質問を浴びせかけた。
「う、ん。頭は飛ばされながら風で守れたみたい。平気だと思うの。でも、バンリュウ将軍の気合みたいな、技みたいなの。まともに受けちゃった。それで、意識も飛んじゃって」
リアが目をこすりながら告げる。
大剣を振るう動作1つ取っても、達人の動きは常人とはまるで違うのだろう。今、思い返してみてもバンリュウの力は常軌を逸していた。命を確実に奪うほどの一撃を受けても、ただ飛ばされるだけに留めてしまうのだから。
不意にリアの目から涙がこぼれ落ちた。
「私、なんの役にも立てなかった。ケイズが嘘ついて、危ないことするつもりだって、せっかく気付いたのに、止められなくて。危ないんだって思って、助けようとしたのに。なんの助けにもなれなくて、挙げ句、心配させて、ケイズ、そんなにボロボロで」
ポロポロと流れ落ちる涙とともに、リアが辛かった気持ちを吐露してくれる。
ケイズはそっと手の甲でリアの涙を拭う。
「そんなことない。あそこで飛び出してくれなかったら、俺は確実に死んでたよ。バンリュウに真っ二つにされてさ。本当にありがとう」
もっと恩着せがましくしてくれたって良いぐらいだ。
自分もリアも油断していたのではない。
バンリュウが強すぎた。二人とも無事だが、勝って無事なわけではない。勝てないから殺されずになんとか凌いだという格好だ。
リアが首を横に振った。また、無力感に苛まれているようだ。休ませて体力を回復させて、それから心も回復させるしかない。
(そうだ、安全なところに連れてってやらないと)
ケイズは立ち上がり、リアを抱き上げようとした。
「無理はされないほうが」
ニコニコしながら自分とリアのやり取りを眺めていたウィリアムソンが、あわてて声をかける。自分とリアの会話に笑う要素などなかったはずだ。笑顔がケイズの気に障った。
「うるさい。俺以外の人間にリアを触らせるか。なんとしてでも俺が抱き上げて、一歩ずつでも遅くても、自力で本営に戻る」
ケイズはウィリアムソンをにらみつけて宣言した。その間にも力を振り絞って、リアを抱き上げた。視界がふらつく。よろけるようにして2歩だけ進んだ。
「はぁ、これは回復術士に来てもらったほうが早いな。連れてきますよ」
ため息をついてウィリアムソンが立ち去っていく。
リアがケイズの腕に抱かれたまま、申し訳無さそうに身じろぐ。もぞもぞと何やら弱々しく抵抗してくる。
「どうしよう、ケイズも辛いのに。私、まだなんの役にも立ててないよ。私、ダメだ。ダメダメだ」
泣きそうな声でリアが言う。
聞きたくない。ケイズは思った。
「リア」
ケイズは、発する声に力を込めた。
怒られると思ったのかリアの身体が強張る。
「そういうの、やめよう。リアは駄目じゃない。何にも駄目じゃない。ちょっと失敗したぐらいで、弱音を吐かないでくれ。こっちが辛い」
ケイズの言葉にリアが、この世の終わりだとでもいうような表情を浮かべる。本格的に怖がらせたのかもしれないと思うと、胸が痛んだ。ただ、自分にもちょっと余裕がない。
「今回は相手が本当に強かった。こっちが弱いからじゃない。自分のこと、ダメだ、ばかりじゃ正確なこと何にも分からなくなるぞ」
言葉を絞り出す。もっと、優しいことを言ってやりたい。助かったのだから細かいことなどどうでも良いのに。
ケイズの言葉を受けて、リアがローブの布地をぎゅっと握りしめる。
「俺の嘘を見抜いて、バレないで尾行して。戦の最中も戦場のこんな近くにいて無事で。ここぞって場面で俺を助けてくれた。これのどこがダメなんだ?」
ケイズは思ったことをそのまま告げる。
リアが嗚咽を漏らした。
辛い。泣かせたいわけではない。
ケイズはリアを抱き上げたまま立ちすくむ。
魔力を使い果たして自分は苛立っているのだろうか。それで感情をぶつけてしまっているのか。
ただ、リアには自分で自分をダメだと言ってほしくないし、思ってほしくもない。
「ケイズ」
リアがようやく声を発する。顔をケイズの胸に押し付けたままだ。
「ケイズは、なんで、いつも私に優しいの?」
ぐす、ぐす、と泣きながらリアが尋ねてくる。
なんて答えようか。迷っている間にも人の気配が近づいてきた。ウィリアムソンが回復術士を連れてきたのだ。
「リアがいつも偉いから。頑張ってるから。ニーデルを出るときにも言っただろ」
ケイズの胸には色んな思いが去来していて、全部を表せる言葉などないのだ。
リアが何かを問いたげに、ケイズを見つめてくる。
「うん、いつも、ありがとうね、優しいケイズ」
ささやくように言いながら、安心した顔でリアから寝息か漏れてくる。ずっと寝ないでケイズを尾行していたのだろう。
その後、ケイズとリアは回復術士に体力をその場で回復してもらった。
そして、労いたがるガイルドとウィリアムソンを振り切って、ダイドラの街へと戻るのだった。




