7 置き去り⑤
二人が今いるのはナドランド王国の王都ニーデルだ。四方を高い城壁に囲まれた堅牢な都であり、治安が良いため人口も多い。ナドランド国内の物資が集まることから、栄えていて仕事にも就きやすい街ではある。
(落ち着いて暮らせる町の方がいいなぁ)
ケイズは心の内で零す。
リアと一緒に暮らそう、となると、いささか不都合が予想される。人の出入りが激しい分、他国の密偵も多く、またナドランド上層部の方針が変わった場合に影響や干渉を受けやすい。
(放っておいてもらえれば有り難いんだけど)
ケイズは思うも思考の反対側では冷静にそんなことはありえないと理解していた。
今は2人で王都ニーデルに4つある城門のうち東門を目指している。ニーデル内は王城を中心に据え、四方にある城門に向けて大通りが通っている。貴族の邸宅を中心とする地区、商家の多い地区などそれぞれ特徴があった。
観光で来る分には魅力的な都市ではある。見ごたえのある昔ながらの歴史ある町並みや建造物も多い。
(当初の予定では普通に口説いて、自分の精霊術師としての能力を見せつけて、からの求婚ってつもりだったからなぁ)
他国王家との政略結婚に失敗した以上、今度はリアの相手に武力に優れた人間を考えるのではないかと踏んでいた。精霊術師の自分はホクレンにとっては魅力があるのでは、と思っている。
すぐすぐに王都を出る羽目になった、というのも予定外ではあった。まさかホクレンがリア個人を残して引き上げ、という結果を予想できるわけもない。いざとなれば師匠キバのコネも使って自身を売り込む気でいたのに台無しだ。
「まぁ、思ったより早く二人きりになれたのは良かったけど。てかこれは婚前旅行ってやつじゃないのか?いや、さすがに早いか」
ブツブツ言いながらもケイズは、辺りに注意を払いながら歩く。
今の所、誰もリアには気付かない。もともとリアは、戦闘訓練に明け暮れていて人前にあまり出ていなかった。民衆に顔と存在を知られていないのである。ホクレンの衣装も、他にも魔導立国エスバルやデンガン公国など他国の人間が、多く出入りしているのでそこまで目立たない。
「どこに行くの?」
リアが後ろから尋ねてくる。
ケイズとしては並んで歩きたいのに決して前には出ようとしない。時折、ケイズが立ち止まると律儀にリアも立ち止まるのだ。
「ダイドラって、ナドランド王国東部の街。辺境っちゃ辺境だけど、知ってる?」
ケイズの質問にリアが首を横に振った。
ナドランド王国は大陸中央部にある国家だが、東部地域は国土から半島のように飛び出ている。ナドランド王国にとっては、三方を他国に囲まれた国防上の重要地区だ。王都から距離が離れているのでリアに気付かれても干渉されづらい。
「どんなとこ?」
リアがまた尋ねてくる。無邪気な好奇心にあふれた尋ね方であり、つい答えたくなってしまう。
(王子は作法とかマナーとか礼儀とか、これで尋ねられてよく骨抜きにならなかったな)
なぜか今は関係のないヒエドラン王子に感心してしまう。ケイズは既にメロメロだ。顔がだらしなく綻んでいないか不安でしょうがない。
黙っていれば見た目は悪くない、と言われてきた。茶色い髪と茶色い瞳は他人に落ち着いた印象を与えるそうだ。いつもくたびれたローブ姿でいることが帳消しにしているそうだが。
「周りが魔獣の出やすい地勢で冒険者業が盛ん。政情も複雑だから俺らみたいなのが潜り込むには丁度いい」
ケイズはあえて前を向いたまま答えた。
まもなく城門だが尾行もない。まだ人の多い時間のうちに辿り着けた。商人から旅行者まで雑多な人間が集まっている。一応、所持禁制品などを持ち出す者がいないかの検閲があった。個人の面貌までは確認しない。交易で栄えているため、そこまで厳しい締め付けが出来ないのである。
「今日、会ったばかりでそういうのすぐ思いつくの?ケイズはすごいね」
リアが無邪気に褒めてくれる。
本当はリアがホクレンに戻りたがらなかった場合に備えて、いろいろ準備していた候補地の一つであり、すぐ思いついたわけではない。まさかリアが置き去りにされて、行くことになるとは思わなかったが。
「こういうとき、とれる手なんて限られてるからな」
ケイズはこう答えるに留めておいた。ただ手放しで褒められると正直に打ち明けづらい。
「私、出してもらえるかな」
出る人間の順番待ち、最後尾につくとリアが不安そうに呟いた。
「この街は入る時はそれなりに厳しいけど。出る時は緩い。もともと交易とか人流をそのまま国力に結びつけてきたような国だからな」
そわそわしているリアも可愛い、と言う代わりにケイズは真面目に回答した。
(その気になればこんな城門、中からなら簡単に武力行使で出られるだろうに。不安がるとか素直で可愛いなぁ)
長年、遠目から恋い焦がれていただけなので、直接話していると朴訥としていて、また新しい魅力を発見出来る。
本当は城壁を破壊する、夜闇に乗じて壁を越えるなどいくらでも手はあるのだが、却って目立ちそうなので穏当に出ることにした。
リアと並んで順番を待つ。
確認の回転は案の定早かった。30人からくらいが並んでいたのにあっという間に自分たちの番になる。
ケイズの言葉通り、守衛たちはケイズの身分証しか確認しなかった。リアのことはただの付添いで済まされてしまう。身体検索も流しであった。リアに触れた兵士に下心が見受けられたら、騒ぎも厭わず殺すつもりだったが。持っていた布袋の中身を確認しただけだった。
「良かった、出れた」
リアが喜んでいる。
振り返ると満面の笑顔を浮かべていて楽しそうだ。王都に名残を感じている様子もなくて、改めてケイズは安心した。
(あとはダイドラで落ち着いたら、改めてリアを口説いて、正規に付き合って、それからは二人でいろいろ)
ケイズは先のことを考えて一人、ついつい笑みをこぼしてしまうのだった。




