8 ジエンエント攻防戦③
「とりあえずシュッドの軍は兵站もありませんし、このまま南下することなく退くでしょう。東から来るバンリュウ軍にだけ集中すれば良いかと思います」
冷静さを取り戻したウィリアムソンの言葉にケイズは頷いた。
城を出た状態で東からの攻勢、不意打ちをまともに喰らえば、ケイズがいても、半日と持たず殲滅されていただろう。
「想定通りに守城戦で迎え撃つ。城壁周りをきっちり固めておけばいい。ゴブセンに入っている連中にも、敵の襲来を伝えろ」
ケイズの指示を受けて、ウィリアムソンが伝令を走らせる。逆をついてゴブセンを攻めてくる可能性も考えねばならないが、軍を分けるにせよ、ゴブセンを包囲するにせよ、その場合はバンリュウ軍は背後を攻められてしまう。
(そんな愚は犯さないだろうし。それならいくらでもやりようがあるから、有り難いんだが)
ガイルド始めウィリアムソンも、その部下たちもケイズの思ったとおりに動いてくれている。改めて、怖いぐらいに異常な事態だと思えてしまう。
(ここで首尾よくバンリュウを撃退したら、ますます慕われるんじゃないか?そうしたら俺はどうなるんだ?)
ふと頭をもたげた思念、懸念をケイズは頭を振ることで打ち消した。
城門を固く閉じて、城壁の上に兵士を配置する。
いま、出来得る限り万全の態勢でバンリュウの軍を待ち受けた。
「来たぞおっ」
ガイルドが城壁の上から叫ぶ。
森の中からジエンエント城周囲の荒れ地に、ぞくぞくとホクレン軍兵士が姿をあらわす。白地に黒豹を描いた旗印がいくつも並び立つ。既報のとおり、半数ほどが一見して騎馬である。
ケイズも城壁の上にいた。既に自分なりの準備は終えてある。
まだ夜が明けたばかり。2万5千の歩兵と2万5千の騎兵がぐるりとジエンエント城を囲っていた。ゴブセンに繋がる街道には、援軍を防ぐためか騎兵を1万ほど配して塞いでいる。
ケイズはじっと敵の配置を眺め、魔術師兵団の位置を見定めようとしていた。従軍する魔術師が使用する大規模な術式は城壁自体を破壊する。比較的に少ない数で城攻めを行おうとするバンリュウの軍であるからには、配備していないわけがない。術式を放たれる前に真っ先に潰さなくてはならない存在だ。
騎馬が一騎、包囲している中から抜け出してきた。
黒馬にまたがり、同色の鎧兜に身を包んでいる。見るからに強い武人の持つ気配を発していて、見ているだけでもケイズの首筋がゾクリとした。
(あれがバンリュウか)
柄の長い大剣を背負っており、あれで斬られればケイズの体などひとたまりもない。
「こちらは、軍事国家ホクレンのバンリュウである。直ちに城門を開けて降伏せよ」
空気の割れるような大音声である。言葉の内容よりも声の圧力に人を屈服させる力があった。周囲にいる兵士の何人かが腰を抜かしそうになっている。
「こちらは5万。城攻めの準備も万全だ。繰り返す、命のあるうちに降伏せよ」
城壁を閉じたままなのが不満なのか。更にバンリュウが声を張り上げる。
「うるさい奴だ。矢を射かけてやれ」
冷淡なケイズの物言いが兵士に平静を取り戻させた。
城壁の上にいる兵士が一斉に矢を射かける。
あくまで返事の代わりだ。まだ、バンリュウはおろか敵兵全てが矢の届かない位置にいる。
「そちらの意図は分かった!後悔するのだなっ」
矢に一切動じることなく、バンリュウが言い放ち敵陣の奥へと戻っていく。
「手強いな」
先陣切って突撃してくれば、そこを無視してケイズらは他で大きく戦果を挙げる。バンリュウも体は1つしかない。どこを狙ってくるかわからないのが一番厄介だ。
日が完全に登りきった。
それを合図に敵兵が城壁の下に押し寄せて丘を駆け上がってくる。
軍の押し寄せる様はいつ見ても壮観だ、とケイズは思った。
矢が、パラパラと降ってくる。味方の兵士の何人かに当たり倒れるものも散見された。
ケイズはガイルドの近くに悠然と歩み寄る。
「2列目の兵士は怯まずに射返してやれ。1列目は十分に引き付けてから、どんどんと岩を落としてやれ」
ケイズの指示をガイルドが復唱するかのように叫ぶ。
本来、荒れ地に立てたジエンエント城に、落とすための岩の備えなどない。敵も同じように考えているからどんどんと上ってくる。
「岩、落とせ!」
ガイルドの号令とともに、登ってくる敵兵の頭上から、こちらの兵士が岩を落としていく。
敵の兵士が巻き込まれて、面白いように転がり落ちる。
「いいぞ、足りなくなったらドンドン作ってやる」
ケイズは、魔力を練り上げて近場に岩を出現させる。
味方の兵士が歓声を挙げる。
敵は、騎兵も馬からおろして、歩兵を中心に攻め寄せる算段だ。着実にゆっくりと進軍してくる。岩に落とされた味方がいても動揺は見られない。精強な軍隊の証だ。
矢の雨も止まない。
「ケイズ殿、念の為、後方へ」
ガイルドが気遣って言う。
返事代わりにケイズは石弾を速射して、近場に飛んできた矢を片端から全て撃ち落としてやった。
歩兵の強いホクレン軍は弓手も強力である。距離があり、高所低所の有利不利もあるのに、ナドランド軍よりも矢に力がある。
それでも自分を狙い撃ちに出来るほどではない。
「俺に構うな。お前は全体に目を配って、敵を登らせるな。上に拠点を作らせると手強いぞ」
ケイズの言葉を受けて、ガイルドが駆け回る。
代わりに裏の指揮を取っていたウィリアムソンが戻ってきた。
戦況をケイズは眺めていた。
全体にはこちらが優勢だ。傾斜のある丘と城壁の2段で守ることのできるジエンエント城。敵は丘を登ったあとも、さらに、はしごなどで城壁を攻略する必要がある。
落石のせいでまず、はしごをかけられない、という戦況であった。
「はしごを持ったやつに気付いたら、まずそこを狙うよう小隊長格に伝達しておけ」
ケイズの指示を今度はウィリアムソンが伝達していく。
冷静なウィリアムソンと果敢なガイルド、という組み合わせがよく活きている。ガイルドのほうは指示を聞く前に突っ込んでいてしまうことがあるのだ。
(やはりあそこか)
敵陣の中で、あまり動きのない歩兵の一団がいる。
最初に目星をつけていた魔術師兵団だ。500人ほどだろうか。5万という中ではかなり多い。多少、実力はなくとも集団戦の調練を受け、集団で運用する魔術に特化している。
ナドランド王国軍の優勢を崩しうるのが、この魔術師兵団だ。巨大な火炎球などで城壁を消し飛ばされれば、城の守りが丘だけになってしまう。500人という大人数であれば、それぐらいはやってくる。
ただし、攻城戦で用いるような大規模魔法を放つのには、長い詠唱と膨大な魔力の錬成が必要だ。人数が多ければ多いほど息を合わせるのにかかる時間も長い。つまり、発射までには時間がかかる。
既に、周辺一帯の地面には、ケイズの魔力が張り巡らされていた。敵の魔術師兵団がいる位置も同様だ。さらに敵が詠唱と魔力の錬成を始めたころから、ケイズもその辺りに自らの魔力を集中させていた。
ケイズは杖で城壁を突く。
「な、なんだ!」
目端のきく兵士の数人が敵陣の異常に気付いて声を上げた。
魔術師兵団のいる地面が陥没し、大きな口を開けて、500人の魔術師を一息に呑み込んだ。生き埋めである。大半の者はこの一撃で命を落とし、生き延びた者も魔術を放つどころではないだろう。
「す、すげえな、相変わらず」
いつの間にか近くにいたガイルドがつぶやく。ウィリアムソンも呆然としている。
ケイズは二人を睨みつけた。
「まだ、始まったばかりだ。お前らは兵士に気合を入れ直せ。あとはお前達の実力次第だ」




