6 ジエンエント攻防戦①
ゴブセンとジエンエントの2城は対ホクレン、対シュバルトの2国に対する防衛を一任された要衝である。ともに荒れ地の小高い丘に建てられた砦であり、元々はそれぞれ2万ずつの兵力を有していた。
(今は1万4千ずつか。バカ王子め)
ケイズは切り立ったジエンエント城の城壁を見上げて毒づいた。
2城であわせて4万の兵がいたところ、現在は2万8千しかいないのだ。ケイズがいるからと、少しずつ兵力を減らして今に至る。侵攻の一因となっているのは明白だ。
小高い丘の上に建てられ、斜面の上を石壁で一周している。ジエンエント城は堅牢な山城だが、バンリュウの軍に対してはどうか。
城門にて、見張りの兵士に誰何された。
ケイズが名乗ると何人かの兵士が慌てて中へと駆けていき、しばらく待っていると大男を2人連れて戻ってくる。ともに銀色のプレートメイルで全身を覆っており、物々しい雰囲気を放つ。1人は精悍で日焼けした粗野な風貌の黒髪の男で、もう1人は幾分穏やかな顔立ちの金髪である。
ゴブセンとジエンエントの指揮官、ウィリアムソンとガイルドだろう、とケイズは思った。ただし、どっちがどちらかまでは分からない。
「双角ケイズ・マッグ・ロール殿、未来の国防の要に参戦して頂けて大変に心強い。ガイルドとウィリアムソンです」
黒髪の男が破顔して言う。
言われてもまだ、どっちがどっちだかケイズには分からない。双角などとは随分と古いあだ名を引っ張り出してきたものだと思う。
「私がウィリアムソンで、こちらがガイルドです。申し遅れました」
戸惑っているケイズに気付き、金髪のウィリアムソンが自己紹介してくれた。2人とも紺色のマントを羽織っている。ナドランド王国の軍制では将軍ということだ。
「軍属でもない俺なんかに敬語で。役に立ったら幸運だ、ぐらいに思ってもらえれば」
さしものケイズも将軍2人にぞんざいな口調は利きづらい。
最終的な、それぞれの城に対する指揮権を持っているのはウィリアムソンとガイルドだ。2人に拒否されれば自分は1人で戦うしかなくなってしまう。
「何をおっしゃるやら。私もガイルドも、対エスバルとの戦いで、ケイズ殿とはご一緒したことがあるのですよ」
金髪のウィリアムソンが微笑んで言う。隣りにいるガイルドも力強く頷いた。
エスバルとはナドランド王国の西隣にある、魔導研究の盛んな大国だ。2年ほど前にナドランド王国西部を攻めてきたので、ケイズも老師キバとともに参戦したことがある。
「確か、あのときは塵旋風で敵の魔術師を一掃して援護した覚えがある」
ケイズは思い出して呟いた。
「ええ、白兵戦に弱いエスバルを、それで鮮やかに一掃したものでしたな」
黒髪のガイルドが、ハハハと笑い声を上げて言う。
近くにいる兵士たちが畏敬の念をケイズに向けてきた。正直、少し、こそばゆい。
「とりあえず、ここで立ち話もなんですから。本営へ参りましょう」
ウィリアムソンに言われるまま、ケイズは本営へと向かう。
常に国境を守ってきた2城の軍営である。くたびれた白壁の平屋建てだ。余計なもののない、簡素な作りである。
「で、敵の動きは?」
ケイズは歩きながら尋ねる。ガイルドとウィリアムソンが答えるより先に目的地に着いてしまう。
中央に据えられた大きな卓を囲んで、城内の有力な指揮官と思しき男たちが並んでいた。宅の上にはランドーラ地方の地図が広げられている。興味深げな視線がケイズに注がれてきた。
「それが、北にいるホクレン軍には数の変化がないのです」
ガイルドが困り顔で告げた。
「通常いるシュッドの軍勢だけで、どこの軍とも合流していないようなのです」
ガイルドの言うシュッド、というのは軍事国家ホクレンの南西方面を統べる将軍だ。ナドランド王国としてはもっとも直接戦うことの多い相手でもある。先日、戻ってきた3万、というのもこの将軍の直下だった。ジエンエント城から見ると北にいる敵である。
「最初にサナス伯爵から聞いたときには、シュッドとあわせて合計10万の大軍で押し寄せるのだとばかり思っていましたが」
ウィリアムソンも首をひねっている。妥当な見方だ、とケイズも感じた。
「バンリュウ軍のみで攻めるつもりかな。バンリュウ軍っていのはどういう軍編成なんだ?」
ケイズはどの程度、ナドランド王国が情報を掴んでいるかも知りたくて尋ねてみた。
「我が国との戦闘の実績はほぼなく、詳細までは分かりませんが。ただ、騎馬と歩兵が半数ずつと。国内の魔獣掃討や盗賊の殲滅では、鮮やかな戦果を挙げていたそうです」
ウィリアムソンが説明した。国外戦の実績がない相手にも思いの外、情報を持っているようだ。
「騎馬が半数か。ホクレンにしては珍しい編成だな」
ケイズは呟いた。
ホクレン軍は伝統的に歩兵が精強だ。逆に騎兵は少ない。
ガイルドとウィリアムソン以外の軍人たちは遠慮があるのか口を開こうとはしなかった。
「何か考えはありますか?」
ガイルドが言うと、他の面々も興味深そうな視線をケイズに向けてくる。
相当に、ガイルドやウィリアムソンがケイズのことを自分の部下に行って聞かせたようだ。知らない一般人が何食わぬ顔で軍議に同席しているのに文句が出ないどころか、話を聞こうとしてくれている。
「俺は地面に魔力を通して、広域を索敵出来る」
ケイズは背中の杖を一本抜いた。
「遠くに集中していれば、この砦に近づいてくる敵軍も識別できる。味方の援軍と本来なら混同しそうだからあまりやらないけど。今回はどうせヒエドラン王子もここに増援を送ってこないだろうから」
コボルト迎撃のときにも使っていた技だ。どこから敵が来るかわからないときには有効であり、これでホクレン軍の意図も分かる。
「本当にそんなことが?」
思わず、という風に20代ぐらいの若い将校が尋ねてくる。ケイズを除いてはこの場でおそらく一番若い。
「厳密には振動が分かる。大勢の歩く振動が、俺には分かって。そこからどっちの城に向かっているかとかを教えられる。まぁ、空を飛ばれでもしたら気付けないから万能でもないんだが」
空をホクレン軍が飛ぶことはないだろう。
また、軍を2つに分けて両方の城を同時に攻めるということはしてこない。城攻めは守る方が有利であり、守る側の3倍は兵が必要とされている。2城同時に包囲するには5万では足りない。
「では、シュバルトの飛竜兵には気付けない、と」
興味深そうにガイルドが尋ねてくる。
「悔しいが分からない」
ケイズは頷いた。出来ないことは出来ないと言った方が良い。後々で過度の期待をされても困る。
「はぁ、将軍たちから聞いてはいましたが、精霊術師というのは凄いのですね」
口を挟んできた若い将校が感嘆して言う。
「で、敵の襲来を感知したとして。次はどうしますか?」
ウィリアムソンが話を進め、当たり前のように尋ねてくる。
自分がいなくとも、守り切るくらいの策をガイルドとウィリアムソンも考えてあるはずだ。特定の個人をあてにしすぎない。本来、軍とはそういうもので、それなのにケイズからばかり話を聞こうとする。
「ホクレン軍はこちらより精強だろうけど。こちらの方が有利だ。ここはナドランド王国の領土で、相手は勝たなければ負けだが、こっちは負けなければ勝ちなんだから」
大陸の大半の国は、同数の兵力ではホクレン軍に勝てはしない。まともに戦えば、近年最強の軍である。
「では?」
ガイルドもケイズの考えを聞こうとしてくる。
ケイズはため息をついた。
「殲滅は難しいし、バンリュウ個人の首も俺たちじゃとれない」
なんで、自分が作戦を考えているのか、よく分からなくなってきた。相手は皆、歳上なのだ。
「だから、奇襲で一気に敵の兵力を削る」




