1 イェレス聖教国来訪①
ダイドラの飛竜襲来から2ヶ月が過ぎた。
特例で第1等級の冒険者とされてしまったケイズとリアは休みなく、毎日何かしらかの仕事をこなしている。時には上級魔獣が人里近くに現れたので駆除、また別の時には貴族や要人の護衛など。竜を捕まえてほしいなどの依頼もあった。
特に緊急依頼となれば第1等級の冒険者は拒否権を持たない。下の第2等級であれば、辞退できるのでやはりフィオナに謀られたのだとケイズは思っている。
今回はダイドラからイェレス聖教国の首都ラウェルナへ向かう商人を護衛して、ちょうど到着して終えたところだ。つまり二人は今、外国にいるのであった。
イェレス聖教国は北にナドランド王国領ランドーラ地方、東に帝政シュバルト、南と西をガオス自治連邦に囲まれた小国である。小国の割に手強いことと宗教的権威のため長く続いている国だ。首都ラウェルナも切り立った山を切り開いて城と教会とを建てて造った堅牢な都である。
守りに強い、などという印象をケイズはイェレス聖教国には抱いていた。
「ここだよな」
ケイズは眼前にそびえるミレイリ教の教会を見上げてリアに確認する。尖った青い屋根に陽光を弾き返す純白の外壁。気軽に入るのがためらわれる荘厳さだ。
「ここだよね」
リアもケイズと教会とを見比べて言う。
手には白い焼き菓子の入った紙袋を抱えている。卵と小麦、砂糖などを混ぜた生地を焼いたものだという。
ジードが依頼主から依頼終了報告書の署名をもらっている間にケイズがリアに買ってやったものだ。ついでに少し観光名所も回った。教会に聖堂といった美しく珍しい造りの建造物が多く、大いに目を楽しませてくれる街だ。
(ふふっ、ついに念願の、リアとの外国デートッ)
ケイズは大事そうにちびちびと焼き菓子をかじるリアを見て頬がつい緩んでしまう。二人の少し後ろでは緊張したジードがソワソワしている。
依頼を受けてダイドラを出立する直前に、イェレス聖教国に住んでいるエリスが、会いたいとジードに連絡してきたのだという。手段は知らないがイェレス聖教国に行く依頼を受けたことを感知したらしい。
(そもそも何でリアじゃなくてジードに連絡したんだ?)
ケイズは未だに疑問に思っている。飛竜襲来の際にエリスとその護衛である聖騎士ステラと知り合ったのだが、リアも含めた3人はかなり気が合うようだった。
今、ケイズたち3人のいる教会がエリスに指定された住所地である。立派な庭園が正門と建物の間に横たわり、土地の狭いラウェルナでは贅沢な作りだ。余所者のケイズにも分かる。
「ジード様っ!」
教会の威容に圧倒されていると、教会の中からエリスが現れた。以前と同じ純白の修道服姿だ。そして、こちらに向けて手を振りながら駆け寄ってくる。
参拝に来た一般人も勤行中の修道士たちも一様に驚いている。イェレス聖教国では、聖女や修道女ははしたなく駆けることはしないからだ。
「あ、エリスだ。走ってる、遅い」
リアが嬉しそうに言い、憮然とした顔をする。由々しき事態、と言わんばかりだ。待たされて遅い、ではなく走るのが遅い、と言いたいのだろう。ケイズの目から見てもエリスの走りは遅い。見た目は頑張って走っているのだが。
「あと、リアさんもよく来てくれました!」
エリスが両手でリアの両手を取ってニギニギしている。
ジードの名を呼んでから、駆け寄ってくるまでに随分な時間が経っていた。ちなみに、ケイズのことはいつだって安定の無視である。
「エリス、走るの遅いよ。私達、同じぐらいなのに」
リアが真面目な顔で注意する。何が同じぐらいなのかはケイズにもはっきりとは分からない。
「いいんです。リアさんが速すぎるの。それに私は速度強化をかければ人並みの速さで走れます」
不服そうにエリスが言う。あれだけ強力な速度強化を使えるのに人並み、ということは余程遅いのである。
「あー、イェレスの聖女様、お久しぶりです。すいません、押しかけちまって。この二人がどうしてもって言うから」
ジードが頭を掻きながらすまなそうに言う。完全に引率の保護者ぶっている。押しかけたのも、さりげなくケイズとリアのせいにされた。
「まぁっ!ジード様、やめてください!一緒に飛竜を撃退した、私達は仲間です。聖女様だなんて。エ・リ・スとお呼びください」
真っ赤になってエリスがまくし立てる。
ぷくく、とリアが笑みをこぼす。
「どうした?」
ケイズはリアの可愛い笑顔を微笑ましく思いながら尋ねる。
「うふふ、ケイズには分かんないだなぁ、鈍いなぁ」
リアがクルクルと回り始めた。
ケイズは意識して憮然とした顔をする。由々しき事態だからだ。
飛竜がダイドラを襲撃する直前からの知り合いだが、リアとエリスは気が合うようで、既に友人となってしまったようだ。
きっとそのうち、ケイズのことなどそっちのけで、女の子同士で美味しいものを食べに行くようになるに違いない。他にも観劇をしたり、服を選びに行ったり、とケイズが一緒にしたかったことを全てエリスに奪われるのだ。
「ケイズ、大丈夫?」
リアが心配そうに自分を見上げていた。
「この世の終わり、みたいな顔してたよ」
自分がどんな顔をしていたにせよ、リアに心配をかけるのは本意ではない。
(いや、待てよ。心配してくれて、また、膝枕をしてもらえるかもしれない)
邪悪な下心がケイズの胸のうちに起こる。
「うん、もう、絶望的なんだ。また、あの時みたいにほら、膝、ぐぇぇっ」
ケイズは太腿にリアの膝蹴りを膝枕の代わりに食らい、悶絶してしゃがみこんでしまう。更に流れるような動きで、リアが両手でケイズの口を塞ぐ。
「ん、2人ともどうした?」
ジードが、リアと膝立ちで口をふさがれたケイズとを見比べて尋ねてきた。エリスも不思議そうに見つめてくる。
「んーん、何でもない。ケイズが私に膝蹴りされたの」
リアが何食わぬ顔で言う。膝立ち状態のケイズの口を塞いだままである。
なぜ、膝蹴りをしたのか、など肝心なところも伏せたままだ。
「そうか。まぁ、ケイズがまた何か粗相をしたんだな」
ジードが納得して頷いた。
エリスに至ってはもう視線を合わせようともしない。
「そんなケイズさんのことは、どうでもよくって。リアさん、教皇のクレメン様に謁見してほしいの」
のっけからケイズの存在を無視した上で、エリスがリアに頼み始めた。
教皇といえば、イェレス聖教国の国家元首でもあり、ミレイリ聖教の最高位でもある。面倒事の予感しかしない。
「偉い人?」
リアが訊き返す。首を傾げている。
「えぇ。教会で1番偉い人です。多分、私とステラが冒険者として、ダイドラに赴任することになるから、そのお話だと思うの」
エリスがにこやかに言う。
つまり、友情という口実でリアをエリスに縛り付けようという国ぐるみの陰謀だ、とケイズは察した。
「俺もリアもミレイリ聖教の信者じゃないんだ。言うことを聞いてやる義理はない」
ケイズは口から手を外し、リアに向かって言う。
「別に会うぐらいはいいじゃないですか。そもそも私はリアさんに言ったの。ケイズさんには言ってません」
エリスがケイズを睨みつけてくる。
「俺も会うってことなら、俺にも言ったってことだ」
負けずにケイズも睨み返してやった。一角竜のところで争った経緯からしてエリスやステラとは馬が合わないのだ。
「エリスは、ケイズのこと、嫌い?」
リアが困ったような顔をして、真っ向からエリスに尋ねる。
気まずいのかエリスが横を向く。
「はい、だって、殺されかけてるし」
エリスが口を尖らせる。
「あの時は、私も危なくしたよ?」
リアが首を傾げる。同じことをしたのに、自分への態度とケイズへの態度がなぜこうも違うのか。リアとしては得心がいかないらしい。
「リアさんはいいの!リアさんは勘違いで、ケイズさんは確信犯だもん。それにやり口だって、ケイズさんは陰湿で確実に殺そうとしてて、ジード様がいなかったら、わたし、死んでた」
余程、怖かったのか、エリスが身体をブルっと震わせる。
咎めるような視線でジードもケイズを睨んできた。
「ケイズ、ちゃんと謝った?」
リアが軽く注意するように尋ねる。
「あの時のことはリアも謝ってないんじゃないか?」
リアではなく、エリスのことが気に入らなくてケイズは指摘してしまう。
「あ、そうかも。エリス、あのとき、ごめんね」
リアが素直に頭を下げる。
失言だった、とケイズは思った。リアにまで頭を下げさせるつもりはなかった。そもそも既にリアのほうはエリスへの謝罪はあの場でしていたのだから。
「ケイズも」
頭を戻したリアに言われる。
「すまなかった」
ケイズは不承不承、エリスに向かって頭を下げた。
「大丈夫です。リアさんはすぐに、謝ってたでしょ?ケイズさん、酷すぎる!絶対に許しません」
小憎たらしい顔でエリスがそっぽを向く。しかもしっかりそういうことは覚えているのだ。
(こいつ)
ケイズは杖でエリスを殴ろうか本気で悩んだ。
「うん、謝っても許す許さないはエリス次第だもん。ケイズ、クレメンって人に会いに行こう?」
リアが何か満足したように言う。とりあえず許しては貰えなくても、二人して謝ったことでけじめがついた。だからもうケイズも会うべき、となるようだ。
腑に落ちない点もあるが、ケイズももう教皇クレメンに会うしかない、と諦めた。結局、リアには逆らえないのである。




