6 置き去り④
「うるさいな、とっととここを出よう。また変な奴らが来たら面倒くさい」
だいぶ恥ずかしいことを言った気がする。照れ臭くなって、ケイズは地蜂を引っ込めた。
立ち上がり、リアに手を差し伸べる。
「私、あなたの名前も知らない」
座ったまま、リアがケイズを見上げて言う。
「ケイズ・マッグ・ロールだよ、宜しく」
そういえば名乗ってもいなかった。緊張しすぎたのか話すことに夢中になりすぎたのか。ただリアに見惚れすぎていたのか。自分でも分からない。
「私はリアラ・クンリー」
リアも名乗り、ケイズの手を取って立ち上がった。服についた埃を払っている。
ホクレンの衣装だろうか。道着のように前で合わせて帯で結ぶ上着に、太腿まで露わな丈の短いズボンだ。上も下も碧色を基調に、袖口には白い縁取りがなされている。
ナドランドでは見かけない服装だが、いかにも動きやすそうだ。
(腰、細いなぁー)
ケイズは思いつつも口には出さない。こんなに近くでリアに接するのは初めてなので、ついついマジマジと眺めてしまう。
「まぁ、俺はリアの名前、知ってて来たんだけどな」
代わりに発した言葉も自分で言ってて気持ち悪い。なぜ知っていたのかを追及されると困ってしまう。
ただリア本人はにこにこしている。リアとしては気兼ねなく誰かと話せるだけで楽しいのかもしれない。
一緒に住んでいた兵士や侍女もあくまでホクレンの兵士であって、リア個人に仕えていたわけではない。友人も家族もいない異国という環境にいたのだから、常に緊張を強いられていたのだろう、とケイズは推察した。
「大変だったんだなぁ、リアも」
ケイズは思わず口に出していた。
「ん?」
リアが首を傾げている。本人は平然としているのだが。存外、逞しいようだ。
「こっちの話。荷物だけ、大事な物をまとめてから出よう」
見るからに部屋には何もない。別室にでも私物は纏められているのだろうか。置物や棚すら廊下には無かった。
「ん、これだけ」
リアが布袋を一つ掲げて示す。衣類が数着畳んで入る程度の大きさしかない。
「少ないな」
ケイズは信じられない思いで布袋を凝視する。多いと多いで困るのだが。まず間違いなく生活必需品の類いすら全く入っていないだろう。
「出てく時に、私物だけ纏めてくれた。あとは全部国費の備品だからって、国に持って帰ってくれたの」
リアの口ぶりでは、業務でもないのに、私物を纏めてもらえたことに感謝すらしているようだ。
(国費とかそういう問題か?)
多分必要なものが、まるで足りないであろうリアの荷物を見て、改めてケイズはため息をついた。一国の王子に嫁ごうとしていたとは思えないような私物の少なさだ。ナドランドでの肩身の狭さを示しているようでもある。
「必要なものとか、あったら遠慮なく言ってくれ。買うから」
ケイズはリアに告げて部屋を出ようとする。
「私、お金持ってないよ、やっぱりここに残る。多分迷惑」
リアがしょげた顔で言い出した。
「いいよ、金稼げたらで。リアの実力なら簡単に稼げるから。それとも早速、俺が嫌いになった?」
我ながら勇気のある質問をしてしまった。多分、嫌いと言われたら死んでしまうだろう。それぐらい自分はリアに惚れ込んでいる。
「ううん、たぶん、仲良くなれる」
リアが首を横に振って、真っ赤な顔で俯いた。
(仲良くなれる。きっとそこから好かれる。好かれたらその先は)
思考がどんどんと先へ進んでしまう。もうケイズの心は遠い未来にまで到達していた。
当然、ケイズとしては現段階でも、本音で言えば『仲良くなれる』よりも、もっと踏み込んだ表現をしたい。
「俺もそう思う。だから遠慮しなくていい。それに俺もそっちに気を使わせたくないから、いずれ回収する気だからさ」
ケイズは自分でも想定していた以上に優しく微笑めていると感じた。
「ありがとう。あと、これから宜しくね」
リアが顔を上げて笑う。自分の隣に立った。同い年のはずだが本当に小柄で、並の身長しかない自分より更に頭一つ分くらい小さい。
ケイズはリアと連れ立って屋敷を後にした。したかったことのまず1つ目をやっと出来た、ということだった。




