50 飛竜襲来⑤
北東の空を見上げて、ケイズは自らの目を疑う。
「わ、大きい」
リアも声を上げた。
「な、なんだ、ありゃ」
ジードも声を上げる。こちらは恐怖で声が震えていた。
山かと見間違えるような大きさの飛竜が、城壁の向こうにそびえ立っている。
緑色の鱗に、細い顔、首、体の割に大きな翼。特徴としては、大きさ以外が全て飛竜と一致する。
「ステラが最初に言ってた飛竜王ってやつじゃないか」
ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部でのやり取りを思い出して、二人に告げた。黒騎士とやらが契約しているだ、なんだと言っていたはずだ。
蒼白な顔でジードが頷く。
ケイズ自身も図鑑で見たことがあった。すべての飛竜を統べる飛竜の王。上級魔獣に分類され、竜種の中でも上位にあたる強敵だ。
黒騎士ガラティアとやらは、これと密接な関係なのでこれだけの数の飛竜を操ることが出来たのだろう。もともと飛竜との関係が深い帝政シュバルトだからこそ存在する逸材なのだ、とケイズは思った。
「お、おしまいだ」
タイリークが絶望に満ちた顔で言う。
ケイズは横目でタイリークを睨み、地面を杖でつついて魔力を通す。念の為の措置だ。あれだけ重量のある的であれば狙いを間違いよう筈もない、のだが有利な状況を作るに越したことはない。
(大袈裟な)
ケイズはタイリークを睨みつけて思った。恐怖を感じる必要など今となってはないからだ。
多数の飛竜に煩わされている時ならともかく、既に戦いの大勢が決まってから苦し紛れのように出てきても、効果は薄いのである。
(場所も悪い、おおかた、全く前触れがない現れ方したんだから、空間を裂いて移動する能力も持っているんだろうに)
ケイズは冷静な眼差しを飛竜王に向けたまま、思考を巡らせていた。
「あんな城壁の外じゃなくて、町の上に出てきたら大変だったのにね」
リアにまで指摘されている。
はっきり言って敵の失敗だ、とケイズは思う。敵もまた、すべてを完璧、理詰めに進められるものではない。自分やリアにしても細かい失敗をいくつもした上でいま、ここにいるのだから。今回は敵側にたまたま失敗が出ただけだ。
「エリスとステラもいるし、レザンも強いから、もう大丈夫そう」
リアがケイズを見上げて告げる。
先の火柱をケイズも思い出した。あれだけの火力を出せる魔術師がいるなら、自分たち抜きでも勝てるはずだ。
「そうだな、多少、家とか壊されたけど、それぐらいだし、上出来だよな」
ケイズもリアに言い、近くにあった木製のベンチに腰掛けた。どこかの民家脇にあったものが飛ばされてきたようだ。
「おっと」
ケイズは地面を杖で突いた。
飛竜王がのけぞっていたからだ。口には溢れんばかりの炎が見える。
巨大な土壁を作り上げて、放たれた火柱を防ぎきってやった。すでに魔力を通して元々の大地と混ぜ合わせているのでこれぐらいは造作もない。
「あれ、一匹だけなら、とっても大っきな、ただのトカゲだもんね」
リアが飛竜王から目を離して近づいてきた。立ったままもう一度、顔を顰めて飛竜王を眺めている。
「まぁ、ただの火を吹くトカゲだよな」
ケイズも相槌を打った。
元々は、竜種もトカゲが深い洞窟で魔素を浴び続けて、進化し生まれたものだと聞く。あれだけの大きさと火力を持つならば数千年単位の寿命ではなかろうか。勿体ない命の使い方をするものである。
「かわいそう」
リアもしみじみと告げる。更に加えて言う。
「上手に戦えばもっと強かったのにね」
全くもってリアの言葉通りではあった。ただ、今にして思えば多数の飛竜と飛竜王とを、黒騎士ガラティアは同時には操れないのかもしれない。
「まぁ、黒騎士を生け捕りにでもしない限り、何考えてたかは分からないな」
ケイズも相槌を打つ。
話している間にも、時折、地面が揺れていた。火柱が駄目だったので、歩いて飛竜王がダイドラの町に近づこうとしているようだ。せっかく飛竜なのだから飛べばいいのに、とケイズは思う。巨体を空から落とすだけでも破壊力があるのだから。
「ケイズ、飛竜から採れる素材って高いの?」
リアもケイズの隣にちょこんと腰掛ける。
相手の粗が目立つので、リアも休んで良いと判断したようだ。そのまま体を傾けて、ケイズに体重を預けてくる。
(ウオォォ)
ケイズはリアからの素敵な接触に大喜びである。
ただ、目を閉じているのでケイズに比べると魔眼を使っている分、疲れているのかもしれない。ケイズも休ませてあげたい、と心から思っている。
「そ、そうだな。しかも風の属性を帯びてるから、リアの短剣を作るのに丁度良いんだ」
ケイズは並んで座っている自分たちの姿を想像し、そのまま隣を向いてリアを、ぎゅっと抱きしめたくなる衝動を抑えこんだ。
「そっか、じゃあ、レガートに良い武器作ってもらえるね」
リアが体を起こして嬉しそうに告げる。今度は満面の笑顔を見せてきた。これまた破壊力抜群だ。
(あぁ、なんでリアは急にこんな俺の理性を試すようなことを)
リアの中では戦いの途中に休憩する場合は、全力で魅力を振りまかなくてはならない、という規程でもあるのだろうか。
和やかな雰囲気の自分たちとは違い、周囲はとても騒がしい。隠れていた領主の兵士たちが走り回っているからだ。
「他の場所も避難所は全部、無事だったって」
聞き耳を立てていたリアが兵士たちのやり取りを教えてくれた。
「良かった。じゃあ、レガートも無事だな」
ケイズもレガートの無事は素直に嬉しかった。なんとなく馬の合う人物だったように感じられたからだ。
「フィオナもね」
リアが補足してくる。
おそらくフィオナが詰めていたのは冒険者ギルドのダイドラ支部の方だからまた別だろう、とケイズは思った。
他の戦局が落ち着いて、冒険者たちが集まってくれば、飛竜王を城壁に着く前に倒すことも出来るだろう。
(2人で軽く500は倒してるんだから、一休みしていても良いだろ)
500といえば、1000くらい飛竜が来たということだから半分である。
ケイズとしては、最初のやる気はどこへやら既にリアとの休憩の一時に頭が一杯なのであった。
「あ、あんなの、どうやって止めりゃいいんだ」
「もう城壁に着いちまうぞ」
兵士たちが飛竜王を見上げて口々に叫んでいる。
周りに人が増えてきた。エリスが回ったことでやはり有利に転じているのだろう。飛竜の返り血を浴びた冒険者の姿も目立つ。
「だいぶ、飛竜王、近づいてきたけど。エリスとステラとかレザンとか、誰も来ないね」
リアが周りを見回して告げる。確かに強力な面子が一向に来ない。あまり名前と顔の一致しない冒険者ばかりが集まっている。ただ、兵士と一緒になって飛竜王を見上げているばかりであった。あまり役に立たないのである。
「そうだなぁ。でも、そのうち来るだろ。周りに飛竜がいなくなれば、ましてやエリスなんか一角竜に乗ってるんだから文字通り飛んでくると思う」
ケイズはただボケっと飛竜王を見上げていた。鱗1つとっても大きい。自分1人の体と同じぐらいはありそうだ。
「そうだねぇ。鱗の硬さとかもすごいのかなぁ」
リアものんびりとした口調で応じる。
まるで中身のない会話を2人でぼんやり広げているだけなのだが、ケイズにとっては満ち足りた素敵な時間なのであった。




