49 飛竜襲来④
ケイズとリアは城壁に登らず、町中で敵を迎え撃つことにした。いざ戦闘になれば城壁から出て駆け回ることになるのが目に見えていたからだ。
兵士たちが飛竜の襲来するギリギリまで逃げ遅れた人がいないか、確認して駆け回っていた。
ケイズは北東の空を見やる。いつ来てもおかしくないぐらい、北東の空には飛竜たちが飛び交っていた。不思議と先走ってくる個体がいないことに人間の意図を感じる。
やがて、城壁上の空に見えていた飛竜たちの姿が消えた。森の中で集合でもしているのだろうか。嵐の前の静けさ、とでも言うような状況だ。
「兵士と冒険者もどっかに隠れていたほうがいい」
ケイズは近くにいたタイリークに向けて告げる。
肌のひりつくような感覚。薄く笑みを浮かべてしまった。リアも拍を刻むように体を揺らしている。なんとなく楽しそうな表情だ。どんな経緯があったにせよ、自分もリアも戦うことは好きなのだろう。
「そろそろ来ると思う。巻き添えを食うぞ」
低い声でケイズは告げた。
タイリークがケイズの言葉を受けて、あわてた様子で部下たちに指示を飛ばす。
「来たぞおーっ」
城壁の上にいた兵士が叫び声を上げる。ガンガン、と鐘を鳴らす音が響く。遅れて他の方角からも聞こえてくる。
一斉に、飛竜たちがが空へと舞い上がっていた。なかなか壮観だ。
城壁の此方側に数頭の飛竜が入ってきた。緑色の鱗に覆われ、竜種にしては細身の体、大きな翼が特徴的である。一頭一頭は概ね10メイル(約3メートル)と竜種にしては小柄だがとにかく群れるのが厄介だ。
頭上を次々に飛びすぎていくのをケイズとリアは見送った。上空を飛んでいるものは攻撃しづらい。
長丁場になる。無駄な魔力を消耗するわけにはいかないのだ。
「煩わしいね」
数頭が吐いた火球を、リアが竜巻で消し飛ばす。
一頭、近くに着陸した。
すかさず放ったケイズの地針に首を貫かれて息絶える。
その一頭を皮切りに、射程内に入ったものから順に飛竜を次々に地針で貫いていく。一匹を一撃で。
倒しても倒しても絶え間なく飛竜が現れる。50くらいまではケイズも数えていた。
一頭の飛竜に接近を許してしまう。
リアが短剣を抜き放って斬りかかる。一撃目の斬撃を鱗に弾かれ、二撃目の風を纏った斬撃で首を切り払って仕留めていた。
髪と眼が淡い碧色の光を放っている。まだ魔力を抑えて戦おうということらしい。
「普通の斬撃じゃ駄目みたい」
背中を合わせたリアが報告する。鱗の硬さと急所である首の太さを勘案して言っているようだ。
(あ、この力を合わせてる感じ、良いな。そしてもう少し、下に意識を集中すれば)
ケイズの方は下らないことをこんなときでも考えている。
他の地区がどうなっているかは分からない。
いま、二人のいる北東地区では、兵士たちは飛竜と戦わずに済んでいる。ただ、ケイズとリアだけが忙しい。
一気に十頭ほどの飛竜が建物の上に降り立った。
「グギャ」
建物ごと、ケイズは十頭を同時に地針で貫いて始末する。
まとまって降下してくるようになった。ここからが本番だ。
リアがいない。
探して辺りを見回すと、数十頭の群れが南から来ていた。碧色の風を纏ったリアが屋根の上を跳んで突撃していく。
建物と飛竜たち自体を足場にして空中戦を展開している。踊るように飛竜を斬り刻んでいく。いつ見ても綺麗な戦い方をする。が、数が多い上にケイズから離れているのが気に入らない。
「ちっ」
ケイズも南へ向かって加勢しようとした。
「ケイズさん、西からも百頭ほどっ」
タイリークが叫んでいる。逃げもせずに近くにいて、戦況をケイズやリアに伝えようと思っていたらしい。戦力にはならないが勇敢な男ではあるようだ。
「百頭?他所の戦線は何をしてるっ?」
ケイズは毒づいた。思えば今、リアが戦っているのも南の戦線から流れてきた集団だろう。
ダイドラの北東地区だけを守っても、他の区画を廃墟にされては負け戦である。
「おそらく避難所周りにしか手が回っていないのでは?」
タイリークが毒にも薬にもならないことを言う。
とりあえず目の前の百を倒さないことにはリアの方に回れない。
「あんたはどっかに引っ込んでろ」
ケイズは魔力を錬成すると、虚空に無数の岩を生んだ。
百頭もいれば、一斉に火球を吐かれると苦しい。先手を打つ必要があった。
百頭の群れを十分に引き付けてから、岩の砲弾を続けざまに叩き込んだ。
半分ほどは叩き落としただろうか。残りとケイズは乱戦となる。
死角となる後方に土壁を作って備えた。
視界に入った飛竜から順次、地針で貫いていく。
火炎球を離れたところにいる個体が放つ。
「くそっ」
ケイズは舌打ちして土壁を新しく作って防ぐ。
前方にかまけている間に、後ろの土壁を崩された。
後方からの攻撃はもう仕方がない。覚悟を決めて、ケイズは前方の飛竜に地針を打ち込んだ。背後から来るのは牙か爪かはたまた火球か。多少の負傷なら痛いだけで済む。
が、いくら待っても攻撃は来なかった。
「ケイズ!」
視界にリアが突っ込んできた。無事なようだ。赤いのは全て飛竜からの返り血である。
背後にいた数頭を片付けてくれていた。見ると、首と胴体の離れた飛竜の死体が幾つか転がっている。
「きりがないね」
北東方向から飛竜がまだ無数に飛んでくるのを見て、リアが言う。2人で数百頭を仕留めているが、まだまだ終わりが見えない。1000匹よりもだいぶ多かったようだ。
「他の戦線も辛いようだから、塵旋風が使えない」
ケイズはぼやく。塵旋風を使えば自分の周りは有利になるが、砂を厭って周りの戦場に飛竜の流れる恐れがあった。
「よそ、助けに行く?」
リアが飛竜たちに視線を向けたまま尋ねてくる。
ケイズは首を横に振った。
自分とリアが抜けると、北東地区が無防備になる。少数の伝令の兵士くらいしかいないのだから。
「まだあれだけ来るんだ。他所に行く余裕はない、な」
ただ、他の戦場にも踏ん張ってもらわないと、自分とリア以外は何も残らない、なんて結果になりかねない。
「うん、また、南からも来るもんね」
リアが首を南に向けて告げる。
本当は知りたくなかった。ケイズの顔には苦笑が浮かぶ。
自分もリアもまだまだ余力は残している。単純に身体が1つしかなくて忙しい。他が心配で落ち着かず気疲れもしていた。
「ここで出来るだけ敵を削り続けるしかない」
ケイズは言い、気合を入れ直す。できるだけ多くの敵を引き付けて削り続けることが、結果的には他の戦線を助けることにもなるだろう。
「あ」
リアが声を上げる。東の空をじっと見つめている。
釣られてケイズもそちらを見やる。白い点が1つ見えて、ぐんぐんと近づいて大きくなった。
数頭の飛竜がそちらに向かっていき、射落とされる。随分と力のある弓手だ。
更に白い点は近付いてきて竜の姿を判別できた。上に二人の人間が跨っている。
「リアさん、ケイズさん!」
一角竜と、それに跨っているエリスとジードだ。エリスが呼びかけてくる。ジードも二人に手を挙げて挨拶してきた。
「私とジードさんも加わります。どこに行くべきでしょう」
エリスが頬を上気させて尋ねてくる。ジードの顔が強張っていた。竜にまたがって空中戦などと慣れない行為を強いられて緊張しているのだろう。
「知るか、そんなの、把握してる余裕があるか、馬鹿め」
ケイズはここまでの苛立ちをボソッと呟いてエリスに叩きつける。
「ケイズ、めっ」
リアにたしなめられてしまう。
「ここにもいっぱい飛竜が来て、全滅はさせてるけど、他のところまでは分かんない」
ケイズの代わりにリアが答えた。大人しくケイズは黙っていることにする。
「北東だけじゃなくて、南や西からもいっぱい飛竜がくるから心配」
リアが竜巻を起こして、エリスの背後にいた飛竜を撃ち落とす。
「でも、エリスが竜に乗って援護してくれればだいぶ楽になるね」
にっこりと笑ってリアが言う。
「はい、遅れた分は、私達も頑張ります」
エリスが握り拳を作っている。
嫌な雰囲気だ。この戦いが終わる頃にはリアとエリスが戦友になってしまうかもしれない。ケイズとしてはリアを独り占めしたいのである。
「よく、その臆病者、連れてきたね」
リアの言葉。臆病者とは一角竜のことだ。徒歩で移動していたならエリスもジードも間に合わなかっただろう。
「目は怯えているけどな」
ケイズは一角竜の金色の瞳を見据えて告げる。
「うるさいです。ケイズさんは黙って飛竜の串刺しでも作っていてください」
エリスが侮蔑に満ちた眼差しをケイズに向ける。エリスとステラにはすっかり嫌われているのだった。
二人と一匹が南へ飛び去っていく。
「エリスが南とか他のところに行ってくれれば、戦いの流れが変わるね」
リアが嬉しそうに言う。
「どうだか」
先程のやり取りもあって、ケイズは素直にエリスを認められないのであった。
当てつけのつもりで、しばらくケイズは石弾で飛竜を撃ち抜いて倒す。
「体力回復に能力強化も出来るし、エリスなら大勢に。一人一人が強くなれば全然違うよ?」
ケイズも分かっているはずなのに、と言わんばかりにリアが首を傾げて説明する。
リアの言うとおり、全体で強くなれば総合的には段違いの強化となるだろう。それを簡単に為すだけの魔力がエリスにはある。
北東方向からも飛竜が相変わらず飛んでくるものの、少しずつ、他の方角からは来なくなってきた。リアの言葉通りの展開が各戦線で起こっているのだろう。
「はぁ」
ケイズはため息をついた。結局面倒くさくなって、飛竜をまた地針で串刺しにしていく。
リアも屋上から樹上と目まぐるしく飛び回り、飛竜の首を斬り裂いていく。
ダイドラ北東部だけでも500以上の飛竜の死体が転がっている。飛竜の墓場とでも形容すべき状態だ。
「ケイズ」
リアが弾んだ声を上げる。西の方を見つめていた。
ケイズも見ると、巨大な火柱が上がっていた。
「誰かの大規模魔法だな」
ケイズは呟いた。レザンあたりだろうか。
飛竜はせいぜい火炎球を吐くぐらいが関の山だ。火柱を上げることはできない。
他の戦線も攻勢に転じた狼煙のようなものだ。
「だいぶ減ったね」
リアの言うとおり、視界を絶え間なく動き回っていた飛竜の姿がまばらになっていた。
ケイズの心にも余裕も出てくる。
(もう何もしなくても勝っただろ、これ)
肩の力を抜いていると視界が翳った。飛竜である。
魔法光を纏った矢が、ケイズを襲おうとした飛竜の首を貫いた。
「全く、気を抜きすぎだ」
ジードが近付いてきて声をかける。
「もう、勝っただろ」
ケイズは表情1つ変えずに断言する。
その頬をむにっといつの間にか密着していたリアがつねってきた。
「ケイズの馬鹿!油断しちゃダメッ!」
また、怒られてしまった。リアも心配して駆けつけてくれたようだ。一方でケイズを気にする余裕がリアにも出てきた、ということでもある。
結局、少なくとも北東地区では死者はおろか負傷者すら出していない。
(俺だけ負傷しても確かに馬鹿みたい、だな)
思ったその時、地面がドシン、と大きく揺れた。




