48 飛竜襲来③
声がしたのはギルドの奥の方からだった。
見ると、白い顎髭の老人が悠然と歩いてくる。髭とは対照的に身に纏うローブは黒い。魔術師だろうか、手には節くれだった木の杖を持っている。顔中が深い皺に覆われていて年齢を感じさせた。
「誰?」
リアも初対面らしく首を傾げている。ケイズも同様だ。
「レザン・ヒューマー、ダイドラ支部の支部長で、元々は第2等級の冒険者よ」
フィオナがそっとリアの疑問に答えている。
「じゃぁ、ステラと同じぐらい強いんだね」
感心したようにリアが言う。
一見して魔術師のようだが、人を率いるものが持つ貫禄のようなものを全身からにじませている。
「もう引退した身で、君やケイズ君はおろか、ステラ君にも遠く及ばん。帰らないでくれると助かるな」
穏やかに微笑んでレザンがリアとケイズに言う。
「私、帰らないよ。だから、多分、ケイズもいてくれるよ」
リアがケイズを見て微笑む。
ケイズはため息をついた。
無条件に信頼されている。そう感じるともう、ウダウダとは文句を言いづらい。諦めて、ケイズは素直に力を尽くすことにした。
レザンも自分にほほえみかけてくる。馴れ馴れしい、といつもなら思うところだが、不思議と腹が立たない。
「ケイズ君、例えば空から飛んでくる相手を町中で殲滅するとして、君はどれぐらいの範囲を守れるかな」
レザンに尋ねられてケイズは考える。
コボルトのときと同じく、相手が地走性の魔獣ならば全方位を薄く広く守る。ただ、ダイドラの町中、しかも数多くの味方が動き回るという複雑な地勢では、地面に魔力を流しても効果が薄い。飛んでくる飛竜を視認してから地針で刺し殺すこととなる。
「せいぜい町の4分の1くらい?」
ケイズは首を傾げて答える。目で見える範囲と飛竜の鱗の強度を想定した回答だ。
ステラとフィオナが目を瞠る。マーシャルも同様だ。
「あくまでリアに脇や懐を固めてもらえれば、だけど」
完全に一人で、というわけにはいかない。広域を対象とすれば、おのずと近くへの注意が散漫になる。安心して遠くにいる敵も駆除していくには、信頼のできるリアに守ってもらいたい。
(それにこうなっちゃうと)
ケイズは心の中で加える。
リアも自分の右腕をぎゅっと抱き締めてきた。
(お互い、離れて戦うなんて考えられない)
自分のいないところでリアが飛竜に囲まれているかもしれないなど、想像もしたくなかった。
「じゃあ、ケイズ君とリアちゃんには北東の区画をお願いしようか」
レザンが笑顔のまま告げた。たった2人の子供に町の四分の一を担わせるということだ。
「支部長、それは」
フィオナが反論しようとして立ち上がる。
食わせものだ、とケイズも思う。おまけに、さりげなく飛竜が襲来してくる方角、つまり一番大変なところを押し付けられてしまった。
「領主様の私兵や我々冒険者ではダイドラの町を全て守ることは出来ない。私もちょうど4分の3ぐらいと思っていたから。ケイズ君とリアちゃんの二人だけで4分の1を受け持ってくれれば丁度いいんだ」
レザンが淡々と説明を連ねる。
要するにダイドラを4つの区画に分けて守ろうということらしい。
「丁度いいから、私と領主様で立てた作戦を伝えるよ」
最初に不在だったのは領主と折衝していたからのようだ。全員が話を聞く姿勢になった。リアに蹴られて気絶していたノレドもいつの間にか復活し、黙って話を聞いている。
「北東と南東、南西と北西、4つの区画に分けて、主要な戦力を配置する。建物まで全部は守れないから、それぞれの区画に避難場所を設けて、住民を収容する。人命が第一だからそこを最後まで死守する」
レザンと領主の立てた作戦は単純なものだった。
いつも個人行動している冒険者や領主の兵士たちが連携を出来るとは思えないので、これぐらい単純なほうが丁度良いのかもしれない。
ケイズは納得していた。他の面々も頷いている。
「配置は、南東にはステラさんと領主の家臣などの騎士、南西はマーシャル君らのベテランの冒険者たち、残りは能力で劣る者たちを私が率いるよ。冒険者の配分はフィオナやギルドの職員総出ですぐやろう」
にこやかに告げるレザンだが、負担があまり公平ではなかった。戦闘面では自分とリアに、事務的にはフィオナらに負担が大きくのしかかる。急場では完全に公平というわけにはいかないのだろう。
多少の漏れは仕方ないという考えがレザンからは感じられる。どこかの時期で悩むよりも覚悟を決めて踏み出すしかないのだ。
「既に領主様の兵士たちが住人の避難誘導に当たっているから。飛竜も町の北東に今、ぞくぞくと集まっているそうだ。できるだけ急いで配置についてほしい」
まだ、ケイズ自身は集まっている飛竜を目の当たりにしていない。話をしていてもどこか現実味が薄く、本当に来るのか、という気持ちもある。
「じゃ、ケイズ、私達、いこっ」
リアがローブの裾を引っ張ってくる。
「君たちが一番大変だと思う。宜しく頼むよ」
レザンが頭を下げてきた。フィオナが心配そうな顔でリアを見ている。
「大丈夫だよ、私達、強いから。ただ倒すだけなら役に立てるよ」
リアがみんなに素敵な笑顔を向ける。
(あ、それ、リア、駄目だ。俺に独占させてくれないと)
ケイズはリアに引っ張られながら思った。
2人で冒険者ギルドのダイドラ支部を後にし、北東方向へ向かう。
空には無数の飛竜が飛び交っている。
視線を落とすと、最低限の荷物を手に避難所へ急ぐ人々の姿がひしめいていた。顔つきは皆、怯えている。一般の人々からすれば自分より大きな竜種が1000匹も襲ってくるのだ。怖くないわけがない。
慌ただしく、怯えている人たちを見るにつけ、一角竜の角を折られた発端が自分たちにあることを思う。知らんぷりなどしていて良いはずがなかった。
「ケイズ、大丈夫?」
顔に出ていたのだろうか。
心配そうにリアがケイズの顔を覗き込んでくる。
どう、答えたものか。とっさには言葉が出てこない。
「自分を責めても、良くないよ。本当に悪いのは飛竜とそれをけしかける人だから。全部、やっつけちゃおうね」
優しく言い聞かせるような口調で、とても乱暴なことをリアが言う。
結局、してしまったことは覆らない。出来ることをその都度、一生懸命にやるしかないということだろうか。リアなりの励ましなのだった。
「そうだな。犠牲を一人も出さずにやろう。俺とリアなら出来るだろ」
ケイズはリアに向かって微笑んで告げる。リアと幸せになって、心置きなく楽しんで笑って暮らしたい。そのために邪魔なものは全て排除する。
「わ、ケイズ、おかしい」
リアが照れたような顔で横を向く。あまり見せない表情でありとても可愛い。
「でも、元気なら良い。私もあのとき一緒だった。今もまた一緒。頑張ろうね」
また自分の方へ向き直って笑顔をみせてくれるのだった。
やがて、任されていた北東区画へと足を踏み入れる。避難所とされているのは、商業地区にある巨大な倉庫だ。何個もある倉庫に数万人が逃げ込んだという。
敷地の入口に兵士が集まっている。2人はそちらへ向かう。一人が気づいて駆け寄ってきた。
「ケイズ・マッグ・ロールさんとリアラ・マッグ・ロールさんですね。私はランドーラ伯様の兵士でタイリークと言います」
年重の男性で全身に鎧を着込んでいる。子供二人、と侮る様子もない。
「外をうろつかれると守りきれない。一般人は全員、この中に間違いなく入れたのか?」
挨拶も抜きでケイズは尋ねた。軍人との会話には慣れている。連中は無駄なことを嫌う。基本、用件をきちんと伝えてさえいればいいのだ。
ケイズが言いたいのは、ここにきちんと入っているなら守り抜く覚悟だ、ということ。そしてそのための協力をしてほしいということである。
「100人の兵士で手分けして回りました。1軒1軒です。名簿でも肉眼でも漏れはありませんよ」
タイリークがはきはきと断言した。
「説明も容易でした。何せ現に飛竜が町の近くを飛んでいるのですから」
確かに説得力はあるのだろう。今も北東方向の空は飛竜の姿で黒く見えるほどだ。
「ぎりぎりまで、逃げ遅れた人がいないように。避難所の人は守り抜くって約束する」
淡々とケイズは告げる。軍人と真面目に話しているケイズの姿に驚いているようで、リアは口を挟んでこない。
タイリーク含め、100人の兵士が民家の確認に向かった。
「ケイズ、真面目だと凄いんだね」
二人になるとリアが褒めてくれた。
飛竜の襲来を前に最高の激励だ、とケイズは感じだ。




