47 飛竜襲来②
ギルド支部内に入ると、いつもより照明を落とした喫茶スペースに何人かの職員と冒険者が集まっていた。20人からくらいはいるだろうか。
ケイズには、フィオナとステラぐらいしか見知った顔がいない。ジードとエリスはまだドーン・レフツ神殿から戻っていないようだ。
「ほら、やっぱりリアちゃんじゃなきゃ駄目でしょう?」
フィオナがリアを見て嬉しそうに言う。一応、ギルド職員の中では古参であり重鎮でもあるらしい。奥の方の重要そうな位置に座っていた。
リアが当然のようにフィオナの隣に腰掛ける。リアの隣も空いていて、嬉しそうにリアがポンポンと椅子を叩いていた。
「なんで、たかが9等級の俺まで」
すぐには座る気になれず、ケイズはぼやいていた。
冒険者ギルドのダイドラ支部において、重要とされている人間だけが集められた会合であることは想像に難くない。
「そうだよ、こんな奴いなくても」
魔術師だろうか。ローブを羽織り、杖を持った金髪の若い男が言う。
渡りに船、というやつである。事の発端となった挙げ句、拗ねて使者を追い返しているので、ひどく気不味いのだ。
「じゃあ帰る」
ケイズは一同を見回して告げる。
リアが困ったような顔をし、他の面々も顔を顰めていた。望ましくない反応である。この魔術師以外はいたほうが良いと思っているようだ。
「いやノレド、ケイズ君は一大戦力だから。ぜひ残ってもらわないと」
昇級試験にいた赤髪の剣士が口を開いてたしなめるように言う。確か3等級だったはずだ。名前は覚えていない。
「マーシャルさん、いくら実力があっても」
ノレドと呼ばれた男が不満げに言い募る。言葉の一貫していない男で、ケイズが強いということは受け入れているようだ。
「我々イェレス聖教国が把握しているだけでも、ダイドラ近辺に集まっていた飛竜の数は1000匹を超えます。ケイズさん抜きでは町を守れませんよ。本当に癪ですが。ええ、加えて不愉快ですが」
ステラが冷静な口調で付け加える。露骨に嫌な顔をしていた。冷静なのは口調だけだ。
ケイズもケイズで嫌な顔を返した。
さらりと言っているが飛竜1000匹というのは聞いていない。尋常ではない数だ。
(そんな数の飛竜が仲良く1箇所を目指す?俺には信じられないけど、誰も疑ってないのか)
さりげなくステラが自分への嫌悪感をむき出しにしていることはさておいて、ケイズは耳を疑う思いである。
「でもたかが9等級の分際で、しかもこんなやる気のない奴、頼りにならないだろ」
更にノレドが侮蔑に満ちた視線を向けてくる。
足の引っ張り合いをするためにケイズも来たわけではない。リアからの愛に満ちた説得を受け入れただけだ。うんざりしてリアに目をやる。一緒に帰ろう、ということだ。別にこんな連中と連携しなくても戦えるのだから。
リアが無言で立ち上がると、つかつかとノレドの元へ歩み寄り、右脚でノレドを蹴り飛ばした。
「ぐえっ」
ノレドが壁に叩きつけられて潰されたような声を上げる。そのまま床に大の字で倒れてしまう。本気の蹴りではないようだ。
「下らないこと言って、ただでさえ無いケイズのやる気をなくさせると、次は斬る」
リアがノレドを見下して冷たく告げる。
さり気なくケイズも謗られているような気がした。
「気絶してる相手に殺気を向けても意味ないと思う」
別に溜飲を下げることもなく、むしろリアにやられた、と思いつつケイズは指摘した。
「ケイズもケイズ、今更、帰るとか言って、みんなを困らせるのはダメだよ。だからエリスとステラに嫌われるの」
リアから厳しい口調でたしなめられてしまう。
そうだそうだ、と言わんばかりに眉根を上げるステラが憎たらしい。
「リアから嫌われてないんなら良い」
いつもどおり真顔でケイズは言う。残念なのは話の向き次第で蹴られたのはノレドではなく、自分だったはずということ。羨ましい限りである。
「ほ、他に私とケイズ、要らないよって人、いる?」
リアが悪寒を感じ一瞬震えてから、残りの全員に尋ねる。完全な恫喝だがリアぐらい可愛いと誰も指摘しない。
華奢な体で、大勢の男どもを睨みつけて黙らせていた。王都ニーデルにいた頃には考えられない振る舞いだ。環境が変わるとこうも変わるのか、とケイズには感慨深い状況だ。
「いや、ノレドが特別馬鹿なだけだから。上級魔獣をあっさり倒す二人組みを外すなんて自殺行為だ。考えられないよ」
マーシャルが苦笑を浮かべ、首を横に振りながら言う。他のごつい体格の冒険者たちも一様に似たような反応だ。
「ジードさんが、オオツメグマを2人で倒したことを吹聴して回ってたから。馬鹿なこと言うの、ノレドさんぐらいよ」
フィオナもリアに微笑んで言う。
「いや、2人の強さは俺も。ね、フィオナさん?」
なぜかマーシャルが縋るようにフィオナに言う。
「分かったよ。でも何で飛竜が千匹も纏まれるんだ?一角竜の結界がなくなったにせよ、飛竜の性質はまた別だろ」
魔獣はあくまで野生の獣である。理由もなく群れるものでもない。結界がなくなったから千匹以上の集団で人間の町を襲う、というのでは因果関係が成り立たない。
「ケイズさんは、帝政シュバルトと飛竜の関係はご存知ですか?」
ステラが訊き返してきた。
「竜騎士のことか?」
ケイズは記憶をたどる。
帝政シュバルトには飛竜を使役し、乗りこなす竜騎士の兵団がいる。空からくる厄介な軍隊であり、奇襲で特に力を発揮する。
「えぇ、その中で特に竜を操ることに特化し、飛竜王すら使役するものがいます」
ステラの言葉を、ケイズはにわかには信じられなかった。
飛竜王というのは、中級魔獣である飛竜を統べる存在であり、最上級の魔獣の1つだ。歴史と地勢上、帝政シュバルトと飛竜たちとのつながりは極めて強く、他国の人間では伺い知れるものではない。
「言いたいことは分かった。つまり、そいつは飛竜と飛竜王の力でダイドラを落とそうと目論んだが、一角竜の角が邪魔だった。だから、リアと俺を利用して一角竜を殺させようとした、と。だが、誰がそこまでやれる?相当な実力者だろ」
ただ、シュバルト人ではない人間の一人であるケイズにとっても飛竜に対してそこまで出来る人間がいるというのは、信じ難い。
「えぇ、信じられないでしょうね。魔獣とそこまで繋がれるだなんて。でも、実際にいますし、ケイズさんも会ったことのある人物です」
ステラが淡々と言う。
ケイズは心当たりの人物を想像し、思い至った。
「そうか、エリスだな」
自信と確信を持ってケイズは告げた。誇らしげにリアを見やる。リアも感心した眼差しを返してくれた。エリスがやはり敵だったというなら、ケイズにとっては願ってもない展開だ。
「ええ、黒騎士。シュバルトの黒騎士ガラティアです」
返ってきた回答は予想だにしないものだった。
リアがケイズに対して、がっかりした顔をする。
「ケイズ、帝政シュバルトの人間だから、エリスのわけないよ」
確かにリアの言うとおりであった。分かっていたなら誤解を招くような眼差しを送らないでほしい。
「そうすると、今回のはシュバルトの陰謀で間違いないんだな?」
話を逸らそうとケイズは更に尋ねる。
ステラが疲れた顔で頷いた。
「そうすると飛竜にまぎれて竜騎士が攻めてくる可能性は?」
シュバルトの竜騎士団と野生の飛竜では迎撃の仕方も随分変わる。
「ナドランド王国と帝政シュバルトの不可侵条約はまだ有効ですから。表立っての攻勢はかけられません。シュバルトの兵士は一人たりとて来ないでしょう」
逆に言うと、正規軍で攻勢をかけられないから回りくどい手を取っているのだろう。
「ナドランド軍はそもそもどうしたんだ?いくら魔獣が相手でも一千もいるなら、ほぼほぼ戦争だ。ゴブセンとジエンエントから応援の軍を寄越してもらえばいい。あの2城の兵士を回してもらえれば十分だろ」
ケイズは更に指摘する。
「一応、こちらから情報を伝えて、領主様から要請はしてもらったのだけど、期待薄、よ」
今度はフィオナが口を開いた。美しい眉根を曇らせる。
「砦の兵力を先般、削減したらしいの。それにホクレン軍が南下の構えを見せていて動けないんですって」
ケイズがランドーラ地方にいるということで、ヒエドラン王子が兵力を削ったのだろう。兵力を削ったことでホクレン軍も攻める構えを見せたのだ。悪循環を産んでいる。
ケイズは舌打ちをした。
「つまり、ダイドラの命運はここに住む我々自身の手にかかっている、ということだ」
また、新しい声が割り込んできた。




