5 置き去り③
「そのつもりはないよ。悪いようにもしない。ただ、うん、一緒にいたい」
他にも、本当は結婚したい、その前にプロボーズしたい、などと煩悩まみれの台詞が怒涛のように浮かんでくるのだが、どれもさすがに今はまだ言えるわけもない。恋には段階があるのだ。
「何で?私のこと、何も知らない人なのに」
至って真っ当な疑問が返ってきた。
リアが首を傾げている。そんな仕草1つ取っても小動物のように愛らしい。
「俺も同じ精霊術師だから」
ケイズは答え、魔力を錬成して砂と成し、地蜂を顕現させた。分かりやすく大きな一匹だけのものだ。実際にはケイズの魔力は、砂・土・泥・岩など練度によって自在に変化させる事ができる。ただ、一番得意なのは砂だ。多分、地蜂自体の性質なのだろうと思っていた。
「あ、昨日、少し離れたところにいた人だ」
リアが地蜂と自分とを見比べて言った。
覚えていてくれたのだ。感動にケイズは涙ぐみそうになる。何ならあらゆる段階を飛び越えて、いろいろしてもいいのではないかと思った。
が、すぐにリアの表情が翳る。
「でも、同じじゃないよ。私、家族にも国にも見捨てられちゃった。私がダメだから、せっかく婚約先見つけてもらったのに、ダメにして」
一回の言葉の中に『ダメ』が二回も出てきた。
リアがここ数年、ヒエドラン王子と婚約し破棄されるまでの間に受けた心の傷は相当なものだ、とケイズにも分かった。
それだけではなく、挙句の果てには祖国の人たちに置き去りにされている。
(ダメ押しだよな。嫁ぐはずだった国からも生まれた国からも否定されたみたいで、きついよな)
祖国に帰れたとしてもリアの未来は暗い。伝統的にホクレン筆頭将軍家の、次女より下の女児は不遇なのだ。幸せに人生を送った者は皆無だと言われるほどに。どういう扱いを受けるのか。下手すればその場で筆頭将軍である実兄に処断される可能性すらあった。
「ダメじゃない。めったにいない、自分以外の精霊術師だから、俺はずっと見てた」
ケイズは端的にリアの言葉を否定する。
確かにリアのナドランドでの暮らしは、ここまでのところ幸せなものではなかった。婚約者には最初から毛嫌いされていた。だから、どれだけ戦闘訓練を頑張っても、当然、式典などの公式行事では活かせるわけもないので、王子に罵倒される。
(まぁ、いずれ王妃になるって考え方なら大問題ではあったんだろうけどさ)
ケイズも師匠の付添いで稀に見かけることがあった。挨拶の作法すらリアは分からなくておどおどしていた。陰では笑われていた上、ヒエドランの怒りは増すばかり。王妃になれば国政にも悪影響はあったかもしれない。
ただ、個人の能力まで全否定されることではないと、ケイズは思っている。現にリアの魔力は集中していれば、常人が倒れるくらい研ぎ澄まされているものとなった。
ナドランドとホクレンがしっかりやりとりをしなかったのが問題であって、リア本人には何の責任もない。
「ずっと見てたよ。訓練してるのも、式典で怒られてたのも。でも、あれだけ戦闘の訓練してれば、礼儀も作法も詰め込めるわけないし仕方ないだろ。時間は有限なんだから」
ケイズには、いま、自分で言っていて不安になる部分がある。自分の方は自分の方で、リアを力づけるだけでなく、好意も持たれたいという、下心ゆえの難しさを抱えているのだから。
(ずっと見てたって気持ち悪くないか?大丈夫か?)
自分もリアと同じくらい、隣に立てるくらい強くなろうと訓練していたので他のことに割ける時間をだいぶ失った。こういうときの上手な言い方を誰かに教えておいてもらいたかった。
(おかげでいま、どう口説いていけばいいのか手探りだ)
ケイズは内心、汗まみれなのである。
「でも」
リアの瞳からポロリと一滴、涙がこぼれた。
「でも、じゃない。自分でも俺と同じくらいの実力があるの、分かってるだろ。俺までだめだって言うのか?」
ケイズは即座にリアの反論を封じる。こういう否定的な言葉を口にしていると自己暗示でますます自分を駄目にする。挙げ句、本当に駄目になることもあるのだ。
「ううん、そんなことない、と思う」
リアが首を横に振った。
「まぁ、こういうのは実際、同じぐらいの実力でないと伝わらないから。だからわざわざ来たんだよ。ほぼ見ず知らずなのに、さ。お節介全開で」
自分の実力はリアにも伝わっている。
同程度だと。そんなケイズが、自分で自分を駄目だとは思っていない。そういう自信がリアにも伝わって少しでも前向きになれればいい。
「俺も同じ精霊術師だから。何があっても俺は味方する。二人でいれば、いずれ自分が駄目じゃないって絶対分かる」
自分の言葉が適切なのか正解なのか。いま、どんな顔でリアと話しているかも分からない。
(もう、リアが嫌だと言うまで、いや、言っても褒め続ける!)
要は手詰まりなだけなのだが。
ケイズはリアを見つめる。大きな黒い瞳が見開かれ、中には自分の姿が映り込んでいた。
「お節介」
クスリとリアが笑みをこぼした。
「本当にお節介、変な人だ」
もう一度言って、リアがにっこりと笑う。
(そこかよ)
ケイズは思ったが口には出さない。むしろリアが微笑んでくれたならそれでいい。