45 聖なる竜③
「竜に良いも悪いもない。こっちはその竜を倒さないと依頼失敗になるんだよ」
ケイズはリアの方を見ないようにしながら言い、エリスを睨みつけた。
「先日の図書館で見た資料にありませんでしたか?一角竜様はこの地の守り神です」
エリスの方が1枚上手だった。実際にはまだケイズもリアもそこまでは調べられていないのだが。リアを信じさせるのには十分な根拠と自信だ。
気まずくなって見ると、すべてを理解したリアが呆れた顔をケイズにむけている。
依頼失敗という汚名を着せたくなかったケイズの気持ちまで含めて、全て悟られただろう。
「ケイズの馬鹿」
リアが小さく呟いた。明らかに怒っている。
後でお仕置きされてしまうかもしれない。
(それはそれでアリなんじゃないか)
ふとケイズは思い直す。リアのお仕置きは自分にとってご褒美なのだから。ただ、本当に嫌われると辛い。
「守り神にしては弱すぎると思う」
一応、という感じでリアが指摘する。まだ隅っこで怯えている一角竜をジッと見つめていた。ただ、何か悪寒を感じたのか、ブルっと肩を震わせている。
「あなたたちが強すぎるんです」
エリスが口を尖らせる。ジードに加えてリアも話しをしようという態度を見せ始めたので安心したようだ。
今なら隙をついて、一角竜を殺すことが可能ではないか。エリスもステラもリアに注意が向いている。自分が汚れ役になるだけで、依頼を達成出来るわけだ。リアのためである。
「ケイズ、駄目だよ」
杖に手を伸ばそうとして、リアに声をかけられた。黒目がちの大きな瞳が真っ直ぐに自分を見つめている。
「手、汚すとか。そういうの、私、やだよ」
全て、ケイズの考えなどリアにはお見通しなのだった。
ケイズはため息をつく。
「ここで、奴らの言い分を認めて手を引いたら、依頼失敗の汚名を負うことになる」
まだ始めたばかりの冒険者生活で、ずっと小さな失敗を繰り返している。しかも今回は自分たちの実力とは関係ないところで。最悪の場合、依頼主からいわれなき抗議を受けることもありえる。そんな目にリアを合わせたくないのだ。
「そういうの、どうでもいい。正論なら、ちゃんと聞き入れてあげなきゃ」
リアがエリスとステラの方へと向き直る。
「あの、今のは一体?」
エリスが戸惑っている。ステラも訝しげな顔だ。
二人してジードに何事かと表情で尋ねている。
「依頼を強行しようとしたケイズをリアが止めたんだよ。命拾いしたな」
苦笑しながらジードが答える。
「この2人とうまくやりたいなら、意外とリアの方がしっかりしてるからな。リアに話を通したほうがいいんだよ」
ジードにまで好き放題言われている。
「とりあえず大丈夫だよ。ケイズもちゃんと言えば分かるから」
リアが安心させようと、3人に笑顔を向けて告げる。
エリスとステラが自分を睨みつけてきた。ケイズも冷たく睨み返す。
「本当に大丈夫ですか?一角竜様に隙あらば攻撃してやる。そんな目つきですよ?」
ステラが、よりによってリアに告げ口をする。早くも、何をすればケイズが嫌がるのかを分かっているようだ。
リアが困った顔をした。おかしい。ケイズとしてはリアのために2人を殺してでも、受けた依頼を達成しようとしただけなのに、かえってリアを困らせ、敵の二人に対して気を使わせている。
「大丈夫、させないし。ケイズもしないから」
リアの言葉を受けて、エリスとステラが安心した様子で歩み寄ってくる。一角竜は隅っこでまだ丸くなって震えていた。
(本当に苛々させてくれるな、あのトカゲモドキめ)
ケイズは心の内で八つ当たりすることしかできなかった。
「はぁ、まぁ、リアさんが言うのなら」
いつの間にかエリス、ステラとリアとが意気投合している。対話する形になっていた。
なぜかステラとエリスがジードを挟み、ジードの対面にリアがいるという構図だ。ケイズ自身は少し離れてリアの後ろに立っている。
「私達は先程言った通り、一角竜様護衛の依頼を受けた冒険者、という格好で、一角竜様を守っていたのです。依頼主は我々の母国であるイェレス聖教国です」
ステラが説明を始めた。
イェレス聖教国はナドランド王国南方の国であり、ミレイリ様という女神を信仰する一神教の国である。
「一角竜様はその角の魔力で特殊な結界を張り、他種の竜族を結界内に寄せ付けないのです。当代はまだご幼体ですが結界の力は同じです」
ダイドラ近郊に飛竜の寄ってこない理由が明らかになった。竜族は人間よりも歴史が長い。古来からの竜種同士の決まり事なのだろう、とケイズは思った。
「なんでナドランドのことにイェレス聖教国が首を突っ込むんだ?」
ケイズは低い声で指摘する。冒険者、という格好を取っているのもあからさまに他国に介入できないからだろう。
エリスとステラが二人がかりでにらみつけてきた。ひどく嫌われたものである。
「ナドランドのランドーラ地方が帝政シュバルトの手に落ちるとイェレス聖教国の国防も危ないからです」
渋々といった顔でエリスが答えた。
「ちなみに違法でも何でもありませんよ。私はイェレス聖教国の神官で、ステラは護衛の聖騎士です。他国で仕事をするため、冒険者の資格も持ってますから」
聞かれてもいないことまでエリスが言う。更には二人とも冒険者証まで見せてきた。エリスが第1等級、ステラが第2等級だ。
「通りで強いと思った。凄いね。私とケイズはまだ第9等級だよ」
リアが素直に感心している。
「第1等級が束になっても倒せないはずの、聖炎のゴーレムを破壊した上で、私とステラを殺しかけたリアさんに言われたくありません」
硬い表情でエリスが言う。どこか拗ねたような口調だ。
「でも、いっぱい依頼をして、人助けしたんだから偉いと思うよ」
手放しでリアが褒め、にっこりと殺人的に可愛らしい笑顔をエリスに向けた。
当然、ケイズの心は嫉妬の炎が燃え上がる。今度こそ地針をエリスに放とうと決めた。が、リアに睨まれて頓挫する。
「ステラ、駄目、リアさん、可愛すぎる。私、変なのかしら。さっき殺されかけたばかりなのよ?」
エリスが完全に骨抜きにされている。
本当についさっき、殺されかけたのをもう忘れたのだろうか。
ステラがため息をつく。
「とりあえず、話としては、過日、要警戒人物がランドーラ地方で暗躍していたため、私とエリス様が裏口からこの神殿に入って、一角竜様を警護していたのです」
ステラが説明を引き継いで言う。
(裏口なんてあるのかよ)
ケイズは内心で毒づく。ひどく無駄なことをさせられた気がして腹立たしい。
「自力では我々の守りを突破出来ないから、お二人を騙し、真逆の依頼を受理させて、一角竜様を害そうとしたのでしょう」
ステラの説明を聞いて、今回の依頼がフィオナから受けたものではなかったことをケイズは思い出した。あの段階から自分とリアは嵌められていたのだ。
「誰だ、その要警戒人物って」
ケイズはふつふつと湧き上がる怒りを感じながら尋ねる。
「帝政シュバルトの密偵でガラティアという女です。全身に黒い鎧を纏っているので黒騎士などと呼ばれています」
ステラが憎々しげに言う。
黒騎士。
リアがあっと声を上げた。
「ダイドラに来る途中で戦って逃げられた人だ」
リアの言葉でケイズも思い出す。盗賊のことを現地戦力などと言っていた女だ。
「リア、ダイドラに戻ろう」
ケイズはリアの方を向いた。あまり、リアをエリス達と長く一緒に居させたくないという下心もある。
「たぶん、あの受付からしてグルだ。とっちめて黒騎士とやらの居場所を吐かせよう」
グズグズしていると、黒騎士にも受付にも逃げられてしまう。帝政シュバルトがランドーラ地方を狙っているのならサナス外相との約定もある。ケイズとしても放置はできない。
「うん、身近にそんな人いるなら、フィオナも心配」
リアが心の底から心配そうに頷いた。
出張ということからして陰謀かもしれない。更に調べようとしたフィオナが相手を刺激して危険に陥っている可能性もある。
「そうだな、いずれにせよ。陰謀があるなら、冒険者ギルドにも領主にも伝えないとだな」
ジードも頷いたので、三人は取り急ぎダイドラへと戻る運びとなった。
遺跡から出るのにはステラの言っていた裏口を使う。
「あの、ジード様、危ないところを救っていただいてありがとうございました」
エリスがペコリと頭を下げる。危険そのものであったケイズとリアとしては気まずい限りである。
「いや、俺、何も」
年端も行かない少女に頭を下げられて、いい大人のジードが分かりやすく照れている。
「あ、フィオナに言いつけなきゃ」
なぜか小声でリアが呟いていた。
更に続けて言う。
「私とケイズは謝らなくちゃいけないことだよ。勘違いで殺すとこだった」
リアがペコリとエリスに頭を下げている。
エリスとステラがケイズを睨む。分かりやすくケイズからの謝罪も待っているようだ。
(絶対に頭なんぞ下げない)
ケイズは睨み返してやった。
「いいんです。リアさんのことは、ええ、リアさんのことはいま、許しました。最後まで悩んで、少し止まってくれたの気づいてましたよ」
エリスが満面の笑顔をリアに向けて告げる。ステラもリアには微笑んでいた。
「うん、ありがとう」
リアがニッコリと笑う。手を振って別れを告げる。
3人はこうしてドーン・レフツの神殿を後にした。ダイドラへと急ぐ。
帰りは急ぎ、更には夜を徹して進んだので、翌日の午前中にはダイドラに到着した。3人とも黙々と進み、口数も少なかった。
冒険者ギルドのダイドラ支部に至ると、受付に無事なフィオナの姿があった。
「あら、どうしたの?ただ事ではない顔をして」
フィオナが疲れた顔の三人を見て驚きの声を上げる。
気まずい思いとともに事情を説明した。
『だから言ったでしょ!』雷を落とされた上で、既に代理で手続きをした受付女性が姿を消したこと、依頼からして偽のものであり、一角竜を駆除できていたなら、むしろ大問題だったことが知らされた。
特に怒られたのは、なぜかジードであり、『ジードさんがついていながら、どういうことですか!』とフィオナに詰め寄られていた。
「あぁ、2人とも、これから俺とフィオナでダイドラ支部の支部長に説明してくる。疲れただろ?2人とも少し休め」
フィオナとジードが連れ立って冒険者ギルドの奥へと向かった。
(気に入らない)
むすっとして、今、ケイズは自分の家にいる。
何1つ思い通りにならなくて、挙句の果てには子供扱いで家に帰されたのだ。
リアですら別れ際、疲れた顔をしていた。
ずっと、冒険者になってから失敗続きだ。
鬱屈した気持ちのまま、昼間から寝ることにした。
しかし、数時間後、ケイズはギルドからの使者に叩き起こされて、エリスとステラの守っていた一角竜が角を折られたことを知らされた。
(俺らのせいだ)
思い至ってしまう。
エリスもステラも、自分たちとの戦闘で体力をかなり消耗していた。特にエリスに至っては魔力切れを起こしていたのだろう。
そこを狙って、すぐに黒騎士が攻撃を加えてきたのだ。その可能性を考えもしなかった。
(いや)
本当はその危険性は頭にあったのだ。少なくともケイズは。ただ、依頼を達成出来なかった腹いせ、リアと仲良くさせたくない意図で言いくるめて引き離した。
「でも、そもそも」
自分とリアは関係ない、とも思った。
ただ普通に受けた依頼を、普通にこなそうとしただけだ。なんの責任もない。
「ジードさんが状況の確認に向かってます」
扉の向こうで使者を務めた若い男が言う。
家の中にすら入れてやらなかった。ついでに顕現させた地蜂をけしかけて、追い払ってやった。
(それが一大事だとして、第9等級の俺にどうしろと?)
今、来ている使者からして自分よりも等級が上の冒険者だろう。
「分かったけど、俺には関係ない」
言い切って、家の奥に引きこもった。
ケイズはしばらく誰にも合わないことにする。自分のせいじゃないと自分に言い聞かせるのに忙しくなるからだ。




