43 聖なる竜①
扉を開けると、細い廊下が伸びて、廊下の奥にもまた扉がある。
ケイズとリアは無言で廊下を進み、奥の扉を開けた。
先程のものより幾分狭い部屋。天井の高さは変わらない。部屋には先のゴーレムのときと同様、魔力による灯りが据えられており、奥の方までよく見えた。
部屋の中央奥に、白い1匹の竜と人間が2人いる。
「白い身体、頭に1本角。あれが一角竜か」
ケイズは呟いた。実際に一角竜の姿を見てみると、嫌な気がした。口には出せない。自分の今、感じていることは決してリアには気づかれてはならないことなのだと分かる。
2人いる人間についてはわからないが、とりあえず後は一角竜を仕留めれば依頼は終了なのだ。
(ジードのおかげもあってか、初めて何も間違えずにやれたってことだ)
思いつつ、ケイズは杖を抜いた。
2人の人間はともに女性、1人は銀髪紫眼の修道服、もう1人は金髪碧眼であり全身を白銀の鎧で覆う。遠目にも顔立ちからして若いように思えた。聖職者と聖騎士という出で立ちである。
(いよいよ嫌な感じだ)
ケイズは思いつつもやはり口には出さない。
「あ、エリスとステラだ」
リアが声を上げる。ケイズはドキッとした。王都ニーデルにいたころの知り合いだろうか。リアにケイズも知らない知り合いがいるとなれば、それくらいしか心当たりはない。
「知り合い?」
ケイズは尋ね、リアからじとりとした視線を向けられた。
なぜだか呆れているようだ。
「忘れたの?図書館で会った2人」
言われてケイズも思い出した。
調べ物をしている間に、リアに絡んできた悪い虫の2人組みだ。特に聖騎士のステラという方は、今も油断なく自分たち2人を睨みつけてくる。
「あぁ、あの、リアに取り入ろうとしてしくじった2人組だな。よく覚えてる」
言われてみれば、2人とも出会ったときと似たような格好のままだ。あれきりダイドラでは見かけなかったので失念していた。
「それはよく分かんないけど。この間、会ったばっかりなのに」
リアに咎められてしまう。言葉通りなら確かにまだ数日しか経っていない。
「リア以外の女性は全部同じに見える」
恋をしている以上、仕方のないことだ。隠してもどうにもならないので、ケイズは正直に白状する。
「ケイズの馬鹿」
きまり悪そうにリアが横を向く。
「あのっ、リアさんとケイズさんっ!」
確かエリスという方が呼びかけてきた。今日は魔鉱石の先端についた杖を持っている。魔鉱石は魔力を増幅させる鉱石であり、魔術師などがよく遣う。
ステラという聖騎士は片手に盾、片手に剣を持ったまま、まだ自分たちの動静に注意を払っていた。
「来てくれたのがあなたたち二人で良かったです。頼みの、聖炎のゴーレムもやられたみたいで。一角竜様をお守りするのが私達だけでは心もとないと思っていたところで」
あのゴーレムは、聖炎のゴーレムといい、一角竜を守るためにこの二人が設置したものだったらしい。
(あの、忌々しい、リアを焼き殺しかけた石人形は、こいつらの仕業か)
沸々と沸き立った血が頭に上っていく。一角竜云々とは別に腹が立ってきた。
「リア、あのゴーレムはあいつらの仕業で、つまりは敵だ、と」
ケイズは小声でリアに囁いた。
「悪い人には見えないけど。でも、今、エリスが確かにそれっぽいこと言ったよね」
リアが首を傾げている。こちらも相手に聞こえないよう小声で話していた。
「エリス様、どの道、たった4人では本当に有事の際には対応できません。聖炎のゴーレムなき今、かなり危険ではないかと。ゴーレム以上の存在が、この神殿をうろついているのですから」
ステラも決定的なことを言う。2人とも迂闊なのだ。
(ゴーレムを倒したのが俺らとは思わないのか。どうやってここに来た、と思ってるんだ?)
ケイズはステラとエリスを睨みつける。
「間違いないね。理由は分かんないけど、2人とも一角竜を守ろうとしてるみたい。悪い竜なのに」
リアの纏う空気がわかりやすく変わった。自分も同様だろう。
危険を感知したのか、一角竜が唸り声を上げた。ただ、怯えているのかじりじりと後ろへ下がっている。誇り高い竜種とは思えない腰の引けた姿だ。
「一角竜様?どうされました?」
エリスが気遣って話しかけている。
一角竜の大きさはオオヅメグマと同じぐらいだろうか。魔獣としては大型だが、竜種としては決して大きい方ではない。長い首には薄黄色のたてがみ、鱗は白銀に光沢を放つ。眼は抜けるように蒼い水晶のよう。美しい竜である。
(正直、拍子抜け。さっきのゴーレムの方が強い)
ケイズは杖で床をつついた。
一角竜の足元から地針が飛び出す。柔らかい腹を狙った一撃だが、見えない壁に止められてしまう。
「あの、小さい方の女か」
ケイズは盛大に舌打ちをする。
エリスという少女が魔法防御の障壁を発生させていたようだ。反応の速さといい、障壁の硬さといい、尋常な技ではない。
「ケイズさん、何を」
攻撃を上手に止めておきながら、驚いた顔でエリスが尋ねてくる。
イェレス聖教国の聖女。魔法防御に体力回復、戦士の強化など支援魔術に特化した術の使い手だ。一応、魔術師同様、大規模な術には詠唱を用いるらしいが簡素なものは祈るだけで駆使できるという。
「あの、ゴーレムとかいう石人形を俺らにけしかけておいてよく言う。熱線でリアが怪我しかけた。許さない」
ケイズは言い返してやった。
攻撃に乗じてリアも距離を詰めていた。
「エリスもステラも邪魔しちゃ駄目だよ。今から、その悪い竜、やっつけるから」
リアの眼と髪が碧色の光を放っている。
一角竜へと斬りかかろうとしたリアの攻撃を、ステラが長剣で受け止めた。
「邪魔、するの?」
斬撃を止められたリアが尋ねた。離れているケイズですらゾッとするほどの殺気を体から発している。
答えられないでいるステラに対し、リアが目まぐるしく両手の短剣で斬撃を繰り出していく。
「っう」
ステラが顔を歪めながらも、ことごとくリアの斬撃を長剣一本で弾き返す。目を凝らすと、盾と鎧を魔力が包み込んでいる。当然、ステラの魔力ではない。
杖を構えているエリスが、強化魔法をステラにかけている。今も何事かを呟いて術式を展開しているようだ。
「リア、下がれ」
ケイズは杖で地面をつつく。魔力を練り上げた地針を放つ。先程よりも強い一撃だ。
リアが大きく飛び退いた。
巨大な針がステラを足元から襲う。
「すげえな、くそめっ」
盾だけで、地針を受け止めてしまったステラを見てケイズは毒づいた。ステラの盾とエリスの魔法障壁があわさったせいで、地針でも盾に傷一つ負わせられなかったのだ。
(案の定、エリスとかいう女が厄介だ。あれがいなければステラっていう聖騎士もただの的なんだが)
ケイズは思考を巡らせる。
情けないのは一角竜自身だ。自分とリアの殺気に当てられて、部屋の隅で丸くうずくまっている。よく見るとブルブルと体が震えていることすら分かった。
「全くどうなってんだ」
思わずケイズはボヤいてしまった。
先のゴーレムといい、目の前の二人組といい、厄介なのはいずれも竜以外の者達だ。
「これ、一角竜討伐の依頼じゃなかったか」
関係のない戦闘に時間と労力を取られてばかりであった。
リアがステラと激しく斬り結んでいる。ステラの剣技もかなりのものであり、防御一辺倒ではなく、時には反撃して切りかかっていた。対するリアが全身に目がついているのかと思うような反応で攻撃を避ける。
時折、リアに竜巻や衝撃波で揺さぶりをかけられても、ステラとエリスは、魔法障壁と盾で防いで体勢を崩さないようにしている。
(戦闘能力ではこっちが勝ってるのになぜ勝てない?)
ケイズは首を傾げる。幸い、こちらの攻勢にエリスとステラは有効な反撃が出来ないでいた。
何が良くないのか。探るためにケイズは、ステラに向けて石弾を雨あられと浴びせかける。リアも同時に竜巻を放った。
「くぅっ」
エリスが呻く。
魔力によって生んだ障壁が石弾を全て防ぎきってしまう。
リアの竜巻もまた、ステラの盾にぶつかって消えた。
「今ので、だいたい分かった」
ケイズはじっとエリスを睨みつけて呟いた。
杖で地面をついた。魔力を泥に変換し、人型を15体作った。全てをエリスとステラに向けさせる。
「リア」
呼びかけると意図を察して、リアがケイズの位置まで戻ってくる。
一度、話し合ってから仕切り直しだ、とケイズは考えていた。




