42 ドーン・レフツ神殿③
大型の竜が待っていると思った場所には、特大のゴーレムが鎮座していた。60メイル(約20メートル)はあろうかという巨体である。白い身体に太い脚と手とが生やされていた。全体的に角張った印象である。
遺跡に住み着いていたのは竜ではなかったのだ。竜種という依頼で釣って、間の抜けた冒険者をゴーレムに倒させるつもりだったのだろう。
「ハメられた。腹が立つ」
ケイズはボソリと零す。
ふつふつと怒りがこみあげてくる。
戸惑っている様子のリアが視線を向けてきた。
何かを答える前に、ゴーレムの頭部が赤い光を発する。侵入者を察知して動き出す作りだったようだ。ゴーレムは総じて、魔力を生み出す核を内包して動力としている。あれだけの巨体のものはケイズも初めて見る。
「こんなのがいるなんて、聞いたことねぇぞ」
ジードが震える声で言う。
きしむ音ともにゴーレムが立ち上がる。
五本の右手の指をリアとケイズに向けてきた。指先に空いた穴が不穏な気配を発する。
「おっと」
ケイズは土壁を生じさせて、ゴーレムの指から噴き出される炎を防いだ。
すぐに続く左腕の打撃によって、土壁を壊されてしまう。
ケイズは眉をしかめる。作ったものを壊されるのはいつだって腹立たしい。
「ジードは下がってて」
リアが冷静に告げる。髪と眼を碧色の光が包む。かなりの濃さであり、力を引き出しているのが分かる。
「いや、俺だって援護くらいは」
ジードが見るからに高価そうな青白い鏃の矢を弓につがえた。狙いを素早く定めてひょう、と放つ。魔力を帯びた矢が閃光となって、ゴーレムの頭部にぶつかり、こつんと音を立てて弾かれた。
傷一つついていない。
「じゃ」
慌ててジードが1つ前の部屋に逃げていく。
「うん
」
リアが気を取り直して、軽々とゴーレムの体を足場に斬りかかる。
「ケイズ、硬い!」
リアが分かりきったことを叫ぶ。短剣による斬撃はまるで効いていない。
右腕の振り下ろしがリアを襲う。虚空を蹴ってリアが逃れる。風の足場を生んで逃げたのだ。まともに打撃を喰らえば、華奢なリアでは一溜まりもないが。風の精霊術も駆使して、リアは空中でも自在に動く。
「ケイズ、相手の体が石なら、崩せないの?」
リアがゴーレムから大きく距離を取り、ケイズの位置まで戻ってきた。
距離を取ると今度は炎が飛んでくる。
リアが言っているのは相手が土や石ならその組成にケイズが介入できるのではないか、ということだった。
ケイズは土壁で防いだ。
「もうやってる。でも内側から変な魔力が出てて無理だ」
ケイズは、ゴーレムによる右腕の薙ぎ払いを、特大の石弾をぶつけて弾き返してやった。ゴーレムがたたらを踏んで、バランスを崩しかける。
リアがふむっ、と考え込んだ。
「ずる、するのはダメなんだね」
他人の技術をズル扱いである。
なかなか言ってくれるではないか、とケイズは思った。
硬くて強い。炎の噴射という変化球も持っている。
生物ではない分、疲労という概念もないので、下手な竜種よりも厄介だ。
「上級魔獣の更に上の強さだなぁ」
ケイズはただの木杖を背中に戻した。代わりに地角杖を取り出した。
「本気、出す?」
リアが楽しそうに笑う。碧色の光を増し、渦巻く風も勢いを増す。
「少しずつ、な」
ケイズは答えて地針を放つ。
ゴーレムが真下からの一撃を受けて尻餅をついた。
(良い感じ。しかし、やはり貫けない、か)
舌打ちしつつも、ケイズは地角杖の出来栄えには満足する。魔力の通りが良い。
「塵旋風」
砂嵐を展開する。
相棒がリアでなければ巻き添えにされてしまうだろう。生身の人間が無防備に食らうと砂で体力が削られる。リアには薄い風の防御が守りとなっているので、塵旋風で体力を削られることもない。
リアの短剣2本が風を纏う。
先程よりも鋭い斬撃が、ゴーレムの石の体を削り切っていく。
古からのゴーレムを破壊するには核を砕くしかない。ただし狙い撃ちしようにも、上等なものは体内で核を移動させる機能を持っている。身体を構成する部位を破壊して、逃げる面積を減らす作業も有効なのだ。
素早いリアに対し、ゴーレムが右腕を振り下ろす攻撃を加えようとする。
塵旋風の一部を固めて、勢いづく前の腕に叩きつけた。
「邪魔っ!」
リアが叫ぶ。
右手に持った短剣を一閃させる。風を纏った斬撃により、元より削っていた右腕の接合部を切断した。
切り落とされたゴーレムの右腕が床に轟音とともに落下する。核と分離した腕が機能を停止した。
(ただの石だな。魔力の保護もない)
落下した腕が砂塵にのまれて風化した。
リアが残されたゴーレムの左手に切りかかっている。
ゴーレムの頭部に怪しい赤い光が集束される。火の魔力を感じた。
矢のような閃光がリアを貫く。
「っう」
リアが呻いた。そのまま床に小さな体が落下する。
「リアっ!」
ケイズは絶叫した。頭の中で切れてはいけない何かが切れた。
「この、石人形がっ!」
地針を乱射した。元々、リアに痛めつけられて脆くなったゴーレムの体だ。穴だらけになって核が覗く。
とどめ。思ったものの、リアに先を越された。
風の刃が横薙ぎの斬撃となって、ゴーレムの身体と核を上下真っ二つに切り裂いた。
「怒った!」
ぷんすか怒りつつ、リアが立ち上がっている。
貫いたように見えたのは、うまくリアが力を逸したところ、塵旋風のせいで視界の悪いケイズが早とちりしただけだった。
直撃はしていない。怪我もしていなさそうだが、頭には来たようだ。
砂塵にのまれて、ゴーレムの身体が風化していく。
ゴーレムの身体など最早どうでもいい。
ケイズはリアの元へと急ぐ。塵旋風もおさめておく。
「えへへ、びっくりしちゃった」
ケイズを見て、決まり悪そうにリアが言う。リアには以前、油断したからお仕置き、と言われた。今回は立場が逆だ。直撃をもらわない自信がリアにはあったのだろうが、見ていたケイズは心配になってしまう。
リアの足先から、脚、腹、脇、腕に至るまで傷一つないかをケイズは細かに確認する。見るだけでなく、時折、触診もする。
「ケ、ケイズ、大袈裟だし、くすぐったい」
頬を赤らめてリアが恥ずかしそうに言う。もじもじしている。いつもなら恥じらう姿も可愛らしいなどとはしゃぐところだが。不謹慎なことはしていられない。
「お前ら、何してるんだ?」
ジードが戻ってきた。呆れた声で言う。
「あの石人形、生意気に熱線を撃ってきた。リアが怪我していないかの確認だったが無事みたいだ」
端的に報告し、ケイズは立ち上がって一歩下がる。離れてみても無事な様子である。
リアがほっとした顔をした。
「あのデカいの、跡形もなく消したのか。あれ、下手な上級魔獣より強いだろ。うん、まぁ、お疲れ様」
何かいろいろ言いたそうだが、ジードが労ってくれた。
「ジードもお疲れ様」
リアがケイズより先に労いの言葉を返した。
「へ?」
ジードが間の抜けた声を上げた。
気づいていないとでも思っていたのだろうか。
もしただ逃げていたのなら、自分とリアの第一声は『何をノコノコ今更出てきて』なのだ。
「お部屋の外に集まってた弱いの、いっぱい壊してくれた」
直感の鋭いリアに、地の振動を感知出来る自分が、わらわらと集まる鎧人形たちに気付かないわけがない。
「いや、まぁ、弓矢が効く奴だけ、な」
ジードが照れ臭そうに頭を掻いた。
たとえ下級魔獣相当にしても、20から30はいたはずだ。
「おかげで俺とリアがゴーレムに専念できた」
ケイズも頭を下げた。
「お、俺たちは仲間だからな、いいんだよ、いちいち」
ジードが、慌てたように言う。
言われてみればそのとおりであり、3人で組んで動く以上、礼を言う方が水臭いことかもしれない。
「うん、そうだね。もうお礼言わない。あと、どうしよ。この部屋、扉が2つあるよ」
困った顔でリアが言う。
ゴーレムを消し飛ばしたことで、部屋の奥に隠れていた左右奥への扉が顕になった。どちらも同じ造形で色は黒色である。
「どっちかしか行けないっていうこともないが」
ケイズも扉の前で立ち止まる。
「お前たちならどっちがどうとか、開ける前から分かるんじゃないか?」
ジードが罠の有無を確かめてから言う。
「危ないのは右」
リアが即答する。
ケイズも頷いた。
「左からは何も感じない」
ケイズは端的に告げる。扉があるということはゴーレムが最後ではないということだ。
多分、倒すべき敵がまだ奥にいて、依頼の対象である一角竜ではないかとケイズもリアも思っている。
「じゃ、左だな」
ジードがわけのわからないことを言う。確かにジードには左の扉へ言ってほしいのだが。ここまでの文脈ならば右というべきではなかろうか。
(それとも全部分かった上で言ってる?)
ケイズはリアと顔を見合わせてから首を傾げる。
「うん、私とケイズは右に行くから。ジードは左へお願いします」
リアが素直に頼み込む。自分もリアも身体は1つずつしかない。ケイズとしてはリアと離れたくないのでジードがいてくれて良かった、と思う。
「いや、なんでわざわざヤバい方に行くんだよ」
疲れた口調でジードが尋ねてくる。
やはり全く分かっていなかったようだ。左へ一人で行ってもらうのが不安になってくる。
「だって、一角竜いるのはきっとヤバい方だよ。やっつけなきゃ」
リアが当たり前のことを言う。
騙されてゴーレムを差し向けられたと思ったが、遺跡にまだ奥があるのなら、決めつけるにはまだ早い。
「なら、3人で右に行けば良いだろ」
ジードがまだ言い募る。余程の強敵でなければ一人で倒せる第3等級の冒険者が、何を言っているのか。
「俺もリアも完璧じゃない。竜がわざと気配を消してるだけかもしれない。俺だって地面の振動を何かで誤魔化されてるかもしれない」
何なら先程もゴーレムを竜だとばかり思っていたのだから、とケイズは思う。
3人で右へ行って、まんまと左にいた一角竜に逃げられると想像すると腹が立つ。
「分かったよ。じゃあ、俺が左へ行くから。2人は右へ行ってくれ。一角竜がこっちにいたら、なんとか逃げて知らせてやるよ」
諦めたようにジードが言い、左への扉を開ける。
「多分、危ないのは右だと思うけど。ジードも気を付けて」
ケイズはジードに告げて、リアと二人、遺跡の右奥を目指すのだった。




