41 ドーン・レフツ神殿②
ここまでお付き合い頂き恐縮です。
「湿原で寝なくていいっていうのは、本当に助かる」
ジード指導の元、夜営の準備と携帯食の夕飯を終えるとケイズは呟いた。ランドーラ湿原を離れているので若干、森の中は乾いていて過ごしやすい。
「ケイズ、蒸し暑いの苦手だもんね」
リアが身を寄せてくる。そのまま猫みたいに丸くなってスヤスヤと眠ってしまった。ケイズのローブの裾を掴み、ジード持参の寝袋に起用に収まっている。
「なつかれてんなあ」
冷やかすようにジードが言う。
ケイズは言い返すことはしなかった。ジードに感心していたからである。
道にも詳しく準備も万端だ。ニーデルからダイドラへの旅とはまるで快適さが違う。あのときはただ地面に寝ているだけだった。火を起こす道具から、寝袋までジードの準備は完璧である。
「何かあれば、リアはパッと気配を察して起きてくれるから。まぁ、くっつかれて幸せなのは否定しない」
ケイズはリアの温もりと感触に緊張しつつ、ジードに告げた。
「なら、俺も少し寝る。明日が本番だからな」
ジードも二人から少し離れた所で横になった。
(ずっとくっついてたいなぁ。柔らかいなあ)
ケイズは煩悩に焼かれてなかなか寝付けなかった。
翌朝、夜が明けて日が昇ると、今度は3人で森の中を進む。森の中は空気が澄んでいて、魔獣も湿原に比べると格段に少ない。
時折、鹿型の魔獣やウルフと出くわす程度である。用心深いのか攻撃しようともせず、ケイズとリアを見ると逃げてしまう。
湿原の北側をかすめた前日よりも行程を順調に消化し、昼前にはドーン・レフツ神殿の前に到着した。
「わ、森の中なのにすごいね」
リアが無邪気に声を上げ、ケイズのローブをひっぱって言う。
森の中にぽっかりと空いた空間に、白い石造りの神殿が唐突に姿を現したのである。敷地を囲う壁などはなく神殿の正面に無数の柱が整然と並ぶ。最初は白い樹木が並んでいるかと思ったほどだ。
神殿自体も大きく、高い。高さは300メイル(約30メートル)近いようだ。奥の方に神殿自体への出入り口が、開いた口のように入る者を待ち構えている。
「おっきくてキレイ」
リアがほうっと息をつく。
近寄ってみると、神殿近くには地面に大理石が敷き詰められている。均等に切り分けられた同じ大きさの石だ。
試しにケイズは、偵察目的で大理石を木製の杖でつついて魔力を通してみる。顔を顰めてしまう。
「すげえ部屋の数」
縦6つ、横6つの合計36部屋が手前側に並んでいた。奥には更に広大な空間が広がり、何か大きいものがいる。扉の配置からして36部屋すべてを回らないと、広大な空間へは行き着けない作りだった。
「面倒くさい」
ケイズはぼやく。この場所からでも各部屋には罠や敵が仕込んであると分かる。ただ、細かく仕切られているせいか野生の魔獣は、神殿内にほとんどいないようだ。
「ドーン・レフツ神殿っていやぁ、魔獣は出ないが罠ばかりだって評判でな。不人気の狩り場で有名だよ」
ジードも苦笑いを浮かべて相槌を打つ。
やはり昔からある神殿なので、先人たちの探索の手が入ってはいるのだった。
(最初に言えってんだ)
ケイズはじとりとジードを睨みつける。もちろん、聞いていたところで依頼は受理していただろうが。
「でも、お仕事だから。ケイズ、ちゃんとしよ、ね」
リアにたしなめられてしまった。
(リアにたしなめられるっていいなぁ)
やはり頭の中では阿呆なことを考えてしまうケイズであった。
時折、柱の間を鹿型の魔獣が徘徊しているのが見える。森に生息している魔獣がそのまま神殿にも住み着いているようだ。ただし、襲いかかってくるような様子もない。
3人で柱の間を進む。竜のレリーフが柱の1本1本に施されている。入り口から中に入るといきなり無数の矢が飛んできた。
「早速かよ」
呟くなり、ケイズは周囲に石弾を飛ばして瞬時に叩き落とす。こんなこともあろうかと、空気中に微量の砂を飛ばしている。不意打ちなど物ともしない。
残りの矢もリアが切り落としていた。
一瞬の出来事であるが、自分もリアも負傷はしていない。
ジードが呆れ顔で自分とリアを見ていた。まだ、入口の前に立っている。
「なに?」
リアが首を傾げて尋ねる。何をグズグズしているのか、という顔だ。
「いや、踏み込む前にな、入り口のそこにスイッチがあるんだよ。それを解除してから中へ入ろうな」
冒険者の定石というやつらしい。ジードが諭すように説明してくれた。
「うん。でも矢くらいならなんとかなるよ。なんとも出来ないときは、私もケイズも止まるから。そのときは解除してください」
リアが素直に頭を下げて頼み込む。お願いする以上、その部分だけは丁寧語というのがまた、可愛いのだった。
「お、おう、分かった」
ジードが戸惑っているようだ。
別に自分もリアも、すべてを力ずくで解決したいわけでもない。他の手が有効なときは縋ったほうがいいに決まっている。
次の部屋の扉を前にする。
「鎧だな」
ケイズは扉を開ける前に言う。
「鎧だね」
リアも相槌を打つ。
「俺がやるよ」
ケイズが告げると、リアが頷いて了承の意を示す。ジードはひどく疲れた顔で何も言わない。
2人は扉を蹴り飛ばしてやった。中にいたのは剣を持つ鎧人形である。
ケイズは塵旋風を正面に向けて放つ。近づくことすら出来ずに、鎧人形たちが風化して跡形もなくなってしまう。
「よし」
なぜかリアが満足げに仁王立ちしている。
ケイズは、黙って立っているジードを見つめた。
「本当に、解除するしかないときは、お願いします」
頭を下げて頼み込む。お願いする以上、その部分だけは丁寧語でなくてはならないのである。
実際、自分とリアでは罠の解除や開かない扉の解錠は出来ない。
「全く、この神殿の仕掛けを作ったやつに同情したくなるな」
ジードが呆れ半分、感心が半分という顔で告げた。
「一応、俺は狩人だが、罠の解除やら解錠やらも覚えてはいるから、遠慮なく言ってくれ」
結局、ジードの力を借りることとなったのは、どうしても扉を開けることが出来なかった一部屋と、迂闊に踏み込むと床の抜け落ちそうな一部屋だけであった。他の34部屋については、ケイズとリアの力業でどうにかなったのである。
一つ一つの仕掛けは大したものではなかった。他にも壁の両側から針が飛び出してくるもの、天井が落ちてくるというものもあった。
壁の両側から来た針はケイズの土壁で押し返し、落ちてきた天井はリアに竜巻で砕かれてしまう。
ただ、部屋の数だけは多かったため、午後いっぱいの時間を攻略に費やすこととなった。
「疲れた」
ボソッとリアが呟いた。右手を風車のように回してほぐしている。魔力や体力の問題ではないだろう。こなす作業が多すぎた。途中からケイズも部屋の数を数えるのが嫌になったほどだ。
最後の部屋を抜けて、次の扉を開ければ、最初に感知した広大な空間へと至ることとなる。
「案の定、面倒くさかったな」
ケイズも相槌を打った。そして更に加える。
いよいよ楽しい時間の始まりだ、とケイズは思った。
「この先に何やら大きいのがいる。多分、竜だ」
再び魔力を大理石越しに通してみても同じだ。まだ、大物の反応がある。
「なんか、この神殿の主みたい」
わくわくとした口調でリアが言う。
肌のひりつくような緊張感をケイズも感じる。うっすらと笑みを浮かべてしまう。
「いや、この神殿にそんな上級魔獣がいるなんて話は聞いたことがないんだが」
ジードがぶつぶつ言っている。
「まぁ、見てみりゃ分かる」
ケイズは扉を開け放つ。
広がっていたのは祭壇のような空間である。壁には魔力で光る灯りが据えられており、密閉されているのに明るい。ここまで回ってきた36部屋すべてをあわせたのと同じくらいの広さがある。
「あれ」
部屋の奥を見てリアが声を上げる。
「うん」
ケイズも頷いた。
結局、自分たちの違和感が正しかったのだと悟らされた瞬間である。
「なるほど、おかしかったのは、これなんだな」
ケイズはリアに向けて告げるのであった。




