40 ドーン・レフツ神殿①
翌日、ダイドラの南門でケイズはジードと一緒にリアを待っていた。まだ時間にはなっていないが、意外にもリアが一番最後だ。
「来た」
ケイズはジードに告げる。
まだ早朝、まばらな人波の中、リアの碧色の衣装はよく目立つ。
「どうした?」
肩を落としてしょんぼりした顔のリアにケイズは尋ねた。いつも戦闘に向かうときと同じ、碧色の道着様の衣装、むき出しの太ももには、昨日納品したばかりの短剣が1本ずつ剣帯に収められている。
「フィオナがその依頼はおかしいからって」
リアがしょんぼりと告げた。それから、ポツリポツリと昨日のフィオナとのやり取りを教えてくれる。かなり激しい言い合いを昨夜からしていたらしい。
自分のいない間に依頼を受理したことにもフィオナが怒っていたそうだ。
(別に依頼の受理手続きがフィオナじゃなきゃいけないこともないだろ)
ケイズは憮然とした。そんな規定は聞いたこともない。
「あと、竜種の討伐依頼が第9等級に回ってくるのも変だ、って。だから、フィオナが確認するから行くの待ってって。でも、もう約束したから駄目だよって私、怒ったの」
出発する直前まで、半分べそをかきながら言い合いをしていたために、待ち合わせギリギリになったそうだ。
「結局、ジードも行くからって言ったら、仕方なさそうにいいよって納得してくれた」
リアが憮然とした顔で言う。
なぜジードも一緒ということでフィオナが納得したのかはケイズにはさっぱり分からなかった。たぶん、喧嘩の落とし所を他にフィオナも思いつくことが出来なかったのだろう。
「どうする?やめておくか」
ジードが質問を投げかける。まるで試すような訊き方だ。多分、自分やリアは感覚的に危ないと感じているが、そういう感覚のない、理屈で考える立場のジードからしたら特に不安要素が見当たらないのだろう。フィオナの方は勝手に依頼を受理したやっかみだ。
(杞憂、ってやつだ)
ケイズは自分やリアの違和感に根拠がないことに気づく。
「それは出来ないだろう?」
ケイズはリアの顔色を覗いつつ答えた。
「うん。私もケイズに賛成」
リアもこくん、と頷いた。
お互いに同じ考えだと確認できて、ケイズはほっとする。
「フィオナだけがギルドの受付員じゃない。俺らが違和感を持っただけで、ちゃんと正規の依頼だし」
ケイズは考えを纏めるように述べる。
そもそも昨日、依頼を手続きしてくれた職員に失礼ではないかとすらケイズは感じた。
「それに罠だとしても、私、ケイズと一緒なら力ずくで突破できる」
リアが説明を引き継いだ。
(そもそも罠だとして、リアに害をなす可能性がある奴がいるってことだろ。そういう奴はこういう機会で叩き潰す)
内心でケイズは説明をつぎ足した。
それに何より竜種と戦ってみたいのである。
ジードが大きなため息をついた。
「俺やフィオナが心配していることと、見事にかすりもしてないんだが。まぁ、確かに行ってみないとな。分かんねえよな」
ケイズはリアと顔を見合わせて、揃って首を傾げた。
弱いと思っていたら強い竜だった。思ったより数が多い。刺客に待ち伏せされている。物理的・魔術的な罠があった。
今、考えつくだけでもありそうなことはこれだけあるが、いずれもケイズとリアであれば察知して全て突破できる。
「それに、忘れちゃだめだよ。竜のせいで困ってる人いるんだから」
王子に捨てられて、存在する価値を見失いかけたリアにとって、人助けは大きな動機である。ケイズとしても出来るだけ尊重してあげたい。
「わかったよ。でも一つ約束しろ。俺がやめろって怒鳴ったら、戦うの絶対にやめろ。いいな」
ジードがおかしなことを言う。真面目な顔をしているから冗談ではないようだ。
「そんなの、戦ってたら聞けるかわかんないよ」
リアが口を尖らせる。正論だ。下手に戦いを止めたら、こちらが命を落とすかもしれないのだから。
ケイズにもジードの意図がわからない。だが、本人は至って本気のようで、リアとケイズを睨みつけている。聞かないのなら行かないと言い出しそうだ。
(ジードがいるからフィオナも納得したってぐらいだから、置いてくと面倒そうなんだよな)
ジードとフィオナで、『首尾よく竜を倒したのに、そんな依頼ありませんでした』とされかねない。
「いや、分かった。怒鳴るの聞こえたら中断する」
ケイズの言葉にリアが意外そうな顔をする。『いいの?』と視線で尋ねてきた。
「最初にお互いに言っただろ。ジードは心配してくれてる人だから。多分、俺らに悪いようにしない。怒鳴るっていうのは俺らを心配してくれた時だよ」
実際、自分とリアが闘い始めたら、自分たちでは止まれないかもしれない。止めようとしてくれる人についてきてもらった方がいい気もする。
「意外だな。ケイズの方が話が通じないと思ってた」
言われて、ケイズはジードを睨みつけた。
「失敬な。まぁ、リアはまだフィオナと言い合ったばかりだから」
リアがまだ憮然とした顔をしている。誰かと激しく言い合いをするのも、リアにとってはダイドラに来てから初めてのことだろう。
話が決まって、3人はダイドラの街をあとにする。
目的地のドーン・レフツ神殿を目指して南へ進む。途中までは街道が通っており、南へ下れるところまで下ってから東に向かう。
魔獣が多いのはランドーラ湿原の北をかすめる界隈であり、森に入ると若干減るとのこと。すべてジードの知識だ。
先頭は神殿までの道のりを把握しているジード、次にリア、最後尾に自分である。
「普通、もう少し魔獣に手こずりながら進むんだがな」
ケイズが遠くにいたムカデ型の魔獣を串刺しにすると、ジードが、苦笑して告げる。
「遠くにいる敵をケイズがガンガン串刺しにして、うち漏らして接近されてもリアが切断する。2人とも戦闘には死角がないから、俺の出る幕がねぇや」
そうでもない。ケイズは内心で反論する。
およそ人のやることに欠点のないものなどありえない。どこかで見落としや漏れがある。狭い範囲で完璧と思っていても遠くから思いもかけないことで潰れる。自分とリアが組めば相乗効果は素晴らしくても、それは無敵とは違うのだ。
「油断してるとリアに怒られる。前に俺もケガをしかけて怒られた」
結果として、お仕置きという素敵なご褒美をもらえたことをケイズは思い出した。
(あれは良かったな、お仕置きあるならケガしかけてもいいか)
ケイズの頭の中はすっかりリアからのお仕置きに乗っ取られてしまった。
「2人とも喋ってばっかり。歩くの、遅い」
とうとうリアに怒られてしまった。
そのリアの姿が消える。真上に跳んだのがかろうじて見て取れた。少し、ジードと二人で待つ。
「ケイズ、上に蛇がいた」
樹上からリアが下りてきて告げる。
遅れて、切断されて真っ二つになった緑色の蛇が落ちてきた。
それからも東へ真っ直ぐに進む。魔獣の出現が続く。ただ、いずれも湿原由来の魔獣が多かった。
「しかし、飛竜が多いな」
ふと、開けた場所に出るとジードが告げる。遠くの空を飛び交う様子がケイズにも見えた。
飛竜とは別名ワイバーンとも呼ばれる下級の竜種だ。魔獣としては中級魔獣に当たる。単体ではさほど強くないが、大きな群れを作る性質があった。だから、相手取るときはたいてい数がいるので上級魔獣並みに大変な仕事になる。ナドランド王国の東隣にある帝政シュバルトに多く棲息していた。
「このあたりは飛竜がよく出るのか? 」
ケイズは東の空を凝視して尋ねる。鳥の群れのように見えるほど数がいるのだ。ダイドラには流れてこないのかと疑問に思う。
「ナドランド側にはほとんど来ねぇな。生息地が山だから湿気とか苦手なんじゃねえか」
ジードがまた歩き始めた。
おかしな話ではある。ケイズの知る限り飛竜には湿気を厭うという性質はないからだ。
「いつも、あんなにいるの?」
リアも歩きながら尋ねる。なんであれ、魔獣の大量発生であれば気になってしまう。
「いや、あまり見ないが、そもそも群れを作る生き物だからな。行動範囲も広いんだろうし」
ジードの言うとおり、飛竜が群れるということ自体はありそうなことだった。
いずれにせよ、現実問題としてナドランド王国側に来ないのであればわざわざ戦うこともない。
飛竜の話はそれきり、3人は夕方近くなって、ドーン・レフツ神殿のある森に到達した。もう半日ほどは歩かなくてはならないので、予定通り野宿することとした。




