39 おかしな依頼⑤
ケイズはリアを連れてレガートの武器屋へと向かう。ジードは矢などの消耗品を準備しに行くというので別行動だ。他に回復薬などの消耗品も買っておくという。
「いらっしゃい。何だ、ケイズとリアか」
店に入るなり、レガートが声を掛けてきた。相変わらず客がいない。
「そろそろ杖と短剣が出来ているかと思って」
単刀直入にケイズは用件を告げる。あらかじめ道中、何をしに行くか伝えていたのでリアが嬉しそうな顔をしていた。楽しそうにニコニコしているリアを眺めるのも素敵な時間である。
「出来てるよ。ったく相変わらず愛想も可愛げもねえ」
レガートがため息をついて店の奥に引っ込んでいった。自分のことはまさに棚上げである。
「リアは可愛げの塊だろ」
レガートの背中に向けて、ケイズはすかさず言い返した。
「お前のことだよ!」
姿の見えないまま、声だけで返事が飛んできた。
たしかに自分自身のことなら間違いない、とケイズは納得した。リアの可愛さはさすがのレガートも認めざるを得なかったようである。
「新しい、良い短剣」
リアがそわそわしている。短剣を受け取りに行くと伝えてからずっとこの調子だ。
レガートが布包みを2つ抱えて戻ってきた。二人の前で解いて中身を見せてくれる。
「へえ」
「わっ」
黒いザラザラした杖と、2本1組の短剣だ。短剣の方は鞘がそれぞれ茶色と緑色である。
ケイズは杖を手にとってマジマジと眺めた。魔力を流し込んでみる。従来の木製の杖よりも魔力の通りが良いように感じられた。
「リアも手に取ってみろ」
レガートに促されて、リアも恐る恐る自分用の短剣に手を伸ばす。柄をニギニギしてから思い切った様子で持ち上げる。
「軽くてしっくり来る」
リアが、嬉しそうにケイズとレガートの2人へと報告する。順手で振ってみたり、逆手で振ってみたりと、風を切る音を響かせながら試しをし始めた。
「腕が立つと聞いてはいたが、そんだけ使えてれば大したもんだ」
呆れたようにレガートが言う。
剣士といっても通じるような短剣さばきであった。
一通り振って満足すると、リアが何か思い出したような顔をする。
「でもケイズ、私、お金ない。支払い出来ないよ」
不安そうに袖を引っ張ってくる。リアはお金のことが心配になってしまう呪いにでもかかっているのだろうか。どこへ行っても不安そうにしている気がする。
「この短剣は、二人で組んで戦うときの武器だから。経費だと思ってくれていいよって。支払いは大丈夫だって注文するときも言ったろ?」
注文したときにもした説明をケイズはまた繰り返した。収入自体はまだ少ない。低い等級の依頼を2つこなしただけだから、当たり前といえば当たり前だ。ただ、貯金がある。
「うん、分かってるけど。あと嬉しいけど。なんか手放しで喜べないの」
リアが俯いてモジモジしている。とりあえず、モジモジしている姿も愛らしいのでしばらくほうっておくことにした。
「いや、財布の紐をケイズ一人で握ってるから、そうなるんじゃないのか」
レガートが見かねたのか口を挟んできた。ケイズとしては至福の時間を妨害された格好なので軽くにらみつける。
「リアだって、自分で装備揃えたり、買い物したりしたいときがあるだろ。金の方は半々にするとか、しっかりしとかねえと。揉めると後が怖いぞ。新婚のうちはいいけどな」
やけに真に迫った言葉をレガートが口にする。昔、親しい女性と金銭的に揉めたことでもあるのだろうか。
ケイズは代金の金貨7枚を支払いつつ考えていた。
(確かにお金のことでリアと喧嘩なんて考えたくもない。それにしても新婚って、新婚、響きがいいな)
レガートには夫婦ということで通していたことを思い出す。こうして周囲がもっと夫婦だと思ってくれれば、より確実に現実味が増してくるだろう。
「ありがとう」
リアが礼を言い、大事そうにぎゅっと2本の短剣を抱き締める。そして気が済むと、空の剣帯に早速、2本とも収めていた。
もうあまり貯金も無いのである。ケイズは懐から金貨、銀貨、銅貨をすべて出して、卓の上においた。リアが目を丸くする。
「若いのに、随分溜め込んでたんだな」
レガートもちょっとびっくりしている。
(何を二人して驚いてるんだ?)
以前はもっと、持参できないぐらいはあったのだが。袋詰にした金貨を担いで不動産を求めて各地を回っていたころが懐かしい。あちこちに不動産を買うのにだいぶ使ってしまった。リアとどこで暮らすことになってもいいように備えていたのだ。
ケイズは首を傾げつつも、全ての硬貨を半分ずつに分けてリアに渡そうとする。
「なあに?」
リアがお金を受け取ってから、こてんと首を傾げる。
「レガートの言うとおり。リアも半分お金を持ってた方が良い。今後は2人で半分こ」
ケイズは説明した。内心では『はんぶんこって良いな』などと下らないことを考えている。
「こんなにいっぱい、貰えないよ」
リアが恐縮してしまった。レガートの言いなりにしたせいでかえってしくじった格好である。
ケイズはレガートを睨みつけてやった。
「いや、なんでだよ。お前がそんな額を平然と渡すとは思わねぇだろ」
レガートが疲れたような顔で指摘する。
「青鎧牛の角と、依頼達成報酬のちょうど半々くらいだから。リアが正規に持っていてもいいお金だから。気にしなくていい」
実際のところは何がいくらいくらか、ケイズもよく把握していない。
「むぅ、なら、うん、ありがとう」
まだ少し躊躇いはあるようだが、リアが頷いた。おかしな浪費に使う心配も、リアにはないだろうと思った。
「まぁ、久しぶりの良い商売だった。またな」
レガートに言われて、2人は武器屋をあとにする。
また、良い素材が手に入ったらいろいろ作ってもらおう。杖と短剣の出来に満足して、ケイズは思っている。
「嬉しいな」
道を歩いていて、リアがポツリとこぼした。
「何が?武器が?」
ケイズは歩きながら尋ねる。
「ううん。楽しいから」
リアが答えてケイズの方を向く。
「楽しみなこともあって、人の役に立てて、やり甲斐もあって。失敗もしたけど、また準備して新しいことを出来るのが嬉しい」
しみじみとした口調でリアが言う。
「ニーデルにいたときは、何も私は出来ないんだって。何か出来るようになっても無駄なんだって思ったから。こんなふうになれるって思わなかった」
今の生活を楽しんでくれているなら何よりケイズにとっても嬉しい。リアが語るにケイズは任せていた。
「この間の薬草は失敗したけど、次の竜はちゃんとやっつけて、人助けしたいね」
リアが自分で自分の言葉に頷くようにしながら続ける。
「私ね、ちゃんとした冒険者になりたい。今まで訓練して身につけた力を使って、たくさん魔獣倒して、人の役に立ちたい。自分でもこんな前向きになれるって思わなかった」
今日は、昇級もできて、楽しみな依頼を受理し、良い武器も手に入ったから、リアも高揚しているのだ。なんならケイズだって楽しい。
「環境が、変わったからかな。王都にいたときと今とで、急にリアが変わるわけない。環境が変わるだけでもだいぶ違うってことじゃないか」
ケイズはリアを見て告げる。
王妃などと向いてもいないものにされそうになったから苦しむ羽目になったのだ。
「そうだね。だから、王都から出して、ここに連れてきてくれて、ケイズ、ありがとう」
リアが素直に礼を言う。
また、冒険者ギルドの前に戻ってきていた。出張から帰ってくるフィオナと合流して帰宅するつもりのようだ。
「また、明日ね」
リアが手を振って中へ入ろうとする。
ひどく名残惜しい気持ちにケイズは襲われた。もっと一緒にいたいのである。
「また明日」
代わりに短くケイズは告げて家へと帰るのだった。




