38 おかしな依頼④
「相手の種類、環境によっては不利かもしれない。その場合は潔く引き上げよう。よく気をつけるようにしないと、な」
一応、釘を差しておく。半分は自分自身への戒めでもある。初めての遠出にもなるので気を引き締めなくてはならない。
(あと、相手や環境の資料もよく調べないと)
あらかじめ調べれば分かる程度の不安要素であれば、しっかりと下準備して潰しておくべきだ。
「うん、分かった」
リアも素直に頷く。
話は決まった。頭の片隅で、戦いたいという気持ちに負けたのではないかと思えて気にかかる。一方で考えすぎだという気もしていた。
ふっと卓の上を影が覆う。
「よぉ、2人とも正式に9等級に上がったんだってな、おめでとう」
ジードが自分たちを立ったまま見下ろしていた。そのまま断りもなく隣の卓から椅子を引き寄せて、同じ卓に座る。
「あ、ジードだ。ありがとう」
リアが素直に礼を言う。特に嫌っている様子もない。
「どうも」
ケイズも小さく頭を下げる。少し、口元が緩んだ。
思えばフィオナもいないので、昇級を祝福されたのは初めてだ。ちらりと見ればリアも嬉しそうにしている。
「依頼選びか?」
ジードが依頼書を見て尋ねる。
ダイドラに来てから、フィオナ以外で親しくなった人間はいない。冒険者ではジードだけだった。周囲の冒険者がざわついている。
「ジードさん、あいつらと何かあったのか」
「あの2人とジードさんが組むとかすげぇな」
「きっとジードさんなら、あの2人、特にケイズに常識を教えてくれるはずだ」
一部とても失礼なことを言われている気がケイズはした。噂になっているジード本人には気にしている様子もないが。
「もう決めたの」
リアがジードに『一角竜討伐』の依頼書を見せている。
ジードが受け取って一読した。
「お前ら、本当にこれを受けるのか」
ジードの声が震えている。驚きのせいだろう。依頼書を持つ手も震えているようだ。紙と卓が揺れている。
昇級してすぐに8等級の依頼を受けるのは非常識だったのだろうか。いきなり竜種討伐の依頼が存在するぐらいなのだから、駆け出しとは違う、高い壁でもあるのかもしれない。
(しばらく9等級で様子見るとか同伴者連れてくとか、不文律があるのかもしれない)
ケイズはジードの反応を見て思った。
(ただ俺も竜ぐらいなら修行中に単独で倒したことあるし、そこまで危なくないとは思うんだが)
今ではリアも一緒にいるのでなおのこと勝算は高い。
驚いているのが心配してくれているからなのであれば、ケイズとしてはジードにも一緒に来てもらいたい。コボルト討伐や薬草採取の依頼でも、冒険者としての常識を知らなくて小さな失敗をしている。そして2人きりで行動してきたので自分もリアも気の許せる相手が限られていた。
「うん、他のは難しそうだし」
口をつぐんだケイズの代わりにリアが会話を引き継いでくれた。ケイズには微笑みを向けている。
さりげなく目配せしてきた。悪巧みをしているような表情がとても可愛らしい。
ケイズは立ち上がり、依頼受理の手続きのために受付へ向かう。
ジードの人となりを見極めるから手続きをしておいてほしい。リアの目配せはそういうことだ。
(ふふっ、目配せだけでこうも意思疎通ができるなんて、ほぼもう、確定だろ)
ケイズは嬉しくなって自分もその場でクルクル回りたくなってきた。
「ひっ」
書類を記載していると、受付の女性が悲鳴をあげた。顔も青ざめている。先程のおどおどしていた女性受付だ。
リアがケイズの背後で殺気を発している。
今頃、更に怒ったふりで、ジードがリアに詰問されているのだろう。
(本当は俺がやられたかったなぁ)
ケイズは不謹慎なことを思いつつも、ペンを走らせて受付手続きを終了する。
手続きが簡単すぎた気もした。ただ、今まではフィオナがリアへの親切心で懇切丁寧に説明してくれていただけで、今回の受付が普通なのかもしれない。
振り返ると、リアとジード以外、喫茶スペースには誰もいない。やりすぎちゃった、と言わんばかりの笑顔をリアがケイズに向けてくる。対面にいるジードの額には、離れていても分かるぐらいの汗が見えた。それでも立ち去ってはいない。
「終わったよ、手続き」
ケイズは二人に告げて、椅子に腰掛けた。
「お疲れ様、ジードもついてきてくれるって」
リアが笑顔で報告する。
今後一緒に行動するとなって、お互いに本気で怒ったり戦ったりする姿を見せる場面が来るだろう。都度怯えられていては一緒にやっていけない。
実力差はどうにもならないが、本当に仲間だと思ってくれていれば、殺気ごときで引き下がりもしないだろう。ジードに残ってもらえて本当に良かった。
言おうとして、ケイズは、はたと考える。
(ここで手放しで喜んだら、リアはどう思うだろう)
リアといるのが嫌で、ケイズがジードの同行を喜んでいるのだと、リアに誤解されるかもしれない。
「いや、でも、やっぱり2人きりの方が」
一応、ケイズは打診してみた。
リアが2人きりを了承してくれれば、両思いであるという確信を持つことができる。了承されなければジードにも来てもらえる。
(どっちに転んでも俺は嬉しい。いや、かえってなにか面倒くさいことになってないか?)
感情が迷子になってしまって、ケイズは一人で悶々とし始めてしまう。
「心配、ちゃんとしてくれてたよ?」
きょとんとしてリアが言う。
「いや、その理由で納得するやつはいねぇだろ」
すかさずジートがツッコミを入れる。半ば同行するのをあきらめているかのような口振りだ。
(思えば目配せの段階で、ほぼ同行する流れだったもんな)
ケイズは自分の誤りに気づくのだった。
「なら、来てもらいたいかな」
美しいくらいの掌返しをケイズは決めた。ケイズの言葉にジートが驚いている。
「何で?」
間の抜けた顔で尋ねてくる。
ジードが一体何歳なのか、ふとケイズは気になった。風貌や仕草だけでは読みづらい。近い歳の気もするし、30歳を超えているのではないかと思わされるときもあった。
「俺もリアも、この依頼に違和感は覚えているから」
端的にケイズは告げた。リアも頷いている。
「何か、楽しみだけど、出来すぎな気がするの」
リアが真面目な顔で言う。
「でも竜とは戦ってみたい」
ケイズは説明を引き継いだ。また、リアがうんうん、と頷く。
竜種は空を飛べて、鱗による防御に優れ、火や聖属性などそれぞれの魔素を直接吐き出して攻撃してくる難敵だ。倒すことができるのか、倒せたとして、どの程度の力で倒すことができるのか。今後の冒険者生活のためにも把握しておきたい。
「そうかい。なんていうかお前らも難儀だなぁ」
ポリポリとジードがひげの剃り跡の残る顎を掻いて言う。
「まぁ、心配だからついてってやるよ」
ケイズはリアと顔を見合わせて、ほっと息をついた。
「戦うだけなら、俺もリアも苦じゃないけど。またなにか間違いそうで怖いから、本当に助かる」
自分とリアが戦闘に専念できる。
3人で更に詳しい打ち合わせをした。一角竜という魔獣はジードも知らないらしい。が、ドーン・レフツの神殿については入口付近までなら行ったことがあるという。
「迷路みたいな神殿だが、そこまで強力な魔獣はいないと。近くの森にいる魔獣が迷い込んでるぐらいだと。あまり狩りに行く場所じゃないんだよ」
ジードが言う。結局、今回はジードがいてくれるので下調べはいらなさそうだ。携行品なども細かくジードに指導されつつ詰める。
「じゃあ、出立は明日の朝、南門前に集合な」
ジートが告げて、打ち合わせはお開きとなった。
ケイズはリアと事前に行っておきたい場所があった。




