4 置き去り②
屋敷の造りはもともと概ね把握している。なぜ把握しているのかといえば、リアのため頑張ったのだ、としか言いようがない。
(うん、便利だ)
飛ばしている蜂が微量の砂を放出しながら屋内を探って回る。砂、といってもケイズの魔力なので、何かが触れればわかるのだ。
(お?)
蜂の一匹が一室でうずくまっている人間を感知した。小柄で華奢な人物だ。微動だにしない。
(まさか、リアか。だが、一人で取り残されたのか?そんなことあるのか?)
訝しく思いながら、ケイズはそちらへ向かう。
また、他の刺客が現れるかもしれないので蜂たちは広く屋敷中に展開しておく。警戒網も兼ねているのだった。
「嘘だろう」
思わずケイズは声をあげた。
果たして、目当ての部屋に着くとリアが一人ぼっちで部屋の隅にうずくまっている。
(こんなこと、あり得るのか?)
婚約破棄から1日も経っていないのに、護衛の兵士も侍女もリア独りを残して本国へ引き上げたのだ。詳しい意図は分からないが、もし、王子との政略結婚にしくじった以上、リア個人には何の価値もない、という意志表示ならば腹が立つ。
ふつふつとこみあげる怒りをケイズは抑え込んだ。
(むしろ素晴らしい好機だ。うん、まぁ、思っていた形じゃないけど、二人きりなんだから。あ、二人きりっていいな、最高)
阿呆なことを思い、ケイズは無理やり抑え込む。
ただ、どう声をかけたものか。当然といえば当然なのだが、ひどく落ち込んでいるように見える。優しい言葉をかければいいとは思うが、具体的な言い回しが出て来ない。
(俺や諸々の争闘にも気付いてたと思うんだが)
昔から、ずっと眺めていて、リアの直感は異様に鋭かった。見えないところからの攻撃にもたやすく反応しているところを何度も目撃したものだ。
(あんなに遠くから見てたのに、何度気付かれかけたことか)
ケイズは沈黙したまま、俯くリアのうなじをじぃっと眺め続ける。
「私、ここにいるのも、だめ?ですか?」
徐にリアが言葉を発して顔を上げた。
上目遣いに潤んだ瞳で見つめられ、ケイズはつい抱き上げたい衝動に駆られた。
(細かいことはどうでも良いから、とりあえず持ち帰っちゃえばいいんじゃないか?いや、だめだ、嫌われる)
ケイズは意思の力で自制する。
師匠からも送別の酒宴で助言を受けた。恋愛には段階があるのだ。
「さらいに来た連中がいただろ?多分何組も。気付いてただろ?」
答える代わりにケイズは質問をぶつけた。こうして傍にいるだけでもリアの凄まじい量の魔力は伝わってくる。婚約破棄にしても何にしても、たとえ今からでも。全てをひっくり返すことが出来るのではないか、と思える程に。
(もちろん、そこまでして、ヒエドラン王子なんかと一緒にいたいってことなら俺、ものすごく落ち込むけど)
ケイズは一瞬、想像しかけただけで落ち込むのであった。
リアが首を傾げている。質問がどうのというより、ケイズが何者なのかの判断に困っているようだ。
実のところ、口説きには来たが初対面である。遠目から見ていて、自分が一方的に惚れ込んでいただけだ。話をするのもこれが初めてなのである。
「何で倒さなかったんだ?簡単だろ、実力的にさ」
ケイズは更に質問を重ねる。
この部屋に刺客たちの死体が転がっていてもおかしくはないように思えた。数十人が一斉に襲ってきても撃退するだけの力はある。
リアの顔が翳った。気持ちの問題だけではなくて、入るときには夕方だったのが、もう日が沈みかけている。夜中までこの屋敷で二人きり、という状況は避けたい。いや、ある意味においては避けたくなく、大歓迎だ。本音では。つまり、自分がどうなってしまうかも分からなかった。
(むしろ、暗い屋敷で二人きりになりたい)
一瞬、本音がほとばしりかけた。頑張ってケイズは抑える。
「一回、追い返しても、次はもっと強い人が来る。強さでダメなら数で来る。最後はどうせおんなじ。1000人ぐらいまでならどうにか出来ても10000は無理」
リアなりに先を考えていたようだ。政治的な価値はともかく、希少な精霊術師というだけでも価値が高い。各国からしつこく追われ続ければいつかは限界が来る。
(やっぱり、お利口さんだよなぁ、リアって)
幼い物言いとは裏腹に、リアも16歳なのだ。考えるべきことは考えられる頭がきちんとある。所作や物言いだけで内面を決めつけてはいけない。
(どうしよう。実質、初対面で、相手はまだ打ち解けてもくれてないのに、どんどん好きになる)
思えば遠目で見ているだけでも惚れ込んでいたのだから、これまた当然のことなのかもしれない。
「それは、誰も助ける人間がいなければ、だろ?」
ケイズはしゃがみこんで、リアと視線の高さをあわせた。
こうする方がお互いに話しやすい気がする。直感の鋭いリアだから、きっと自分の目を見るだけでも敵意のないことが伝わるのではないかと思う。
「あなたもさらいに来た人じゃないの?すごく強いの?こうしてたって分かる」
気まずそうにリアが視線をそらした。
言葉とは裏腹に、ケイズが敵ではないことくらい分かっているだろうに。
いちいち可愛らしい長年の思い人を前にして、ケイズは苦笑してしまうのであった。