36 おかしな依頼②
「とりあえず調べ物をしたいから図書館に行きたいんだ。リアも一緒にどうかな」
ケイズはリアの耳元にそっと顔を寄せて囁いた。
(あ、これ、恋人っぽい。我ながら良い)
内心では下らないことをケイズは考えている。
ダイドラ付近に出る魔獣や得られる素材や習性、冒険者としての常識など、改めてよく勉強しておこうと思っていた。急にすべての知識を詰め込めるものでもないが、少しずつでも知っておいた方が良い。
リアがちらりとフィオナの方を窺う。今日は昇級試験なので「お手伝いは大丈夫よ」と言われていたのをケイズはしっかり聞いていた。万事ぬかりはないのである。
別の冒険者の対応をしていて、フィオナはこちらには一瞥もしてこない。表情にはあまり大変そうな様子はなかった。
「うん、いこ」
リアが微笑んでうなずく。フィオナが大変かどうかをよほど心配していたのだろう。大丈夫と判断してくれたようだ
まだ何事かを話しているジードとマーシャルを捨て置いて、2人は冒険者ギルドを後にする。
リアが普段着に着替えたいというので、待ち合わせの上、図書館へと向かう。図書館はダイドラの中心付近にある。閑静な住宅街であり、貴族や豪商の居住する界隈だ。
周囲の家も大きいので目立たないが図書館も建物は広い。
「わ、初めてきた」
リアが入口前で声を上げた。はしゃいでいる姿が微笑ましい。ケイズはリアを連れて図書館入り口の門をくぐる。
入り口から中に入ると、整然といくつもの本棚が並んでいた。雑多でどこか卑俗な雰囲気のダイドラの中で、ここだけが別世界のようだ。
リアが目を丸くしている。真面目なので、一旦中に入ると内心ではしゃいでいても、周りの迷惑を考えて声を上げることはしない。
読むだけで借りるつもりもないので受付にも寄らない。領主のランドーラ伯が公共事業として自費で運営しており、基本無料で利用できる。
ケイズも無言で魔獣関連の書棚を探し出し、関心のある数冊を手に取った。リアも題名だけ見て興味のある数冊を手に取る。
2人で閲覧用の卓について、勉強を始めた。
(困ったな)
ページを繰りながらケイズは思う。
(滅茶苦茶この本の内容をリアと語り合いたい。ていうかお喋りしたい)
今、読んでいるのは『ナドランド王国東部における魔獣一覧』だ。題名通りの内容だが、著者の分かる範囲で身体特長に性質、弱点などが下級から上級魔獣まで幅広く盛り込まれている。読み進めれば読み進めるほど、どう連携すれば効率よく倒せるかをリアと語り合いたくてしょうがない。
一方のリアが、物凄い集中力で似たような書物を読んでいるので話しかけられないのだが。いつ準備したのか所見まで持参した用紙に書き連ねている。動くときは動く。学ぶときは学ぶ。リアの頭の切り替えはとてもはっきりしているのである。
賢いというよりお利口という感想をケイズなどはつい抱いてしまうのだが。
「むぅ」
小さく唸ってリアが咎めるようにケイズをにらむ。サボって見つめていたのがバレた。
ケイズのせいで集中できないようだ。あるいは集中していないケイズを咎めたいのか。
申し訳無さを覚えつつ、ケイズは読書に集中しようと本に視線を戻そうとする。しばらくは二人並んできちんと勉強していたのだが。
ふと気配を感じて、ケイズは顔を上げた。
見るとリアも同じようにして、図書館の入口付近を凝視している。
二人組の少女が図書館に入ってきたところだった。
(強いな)
ケイズは目を細める。
一人は白銀の鎧に身を包んだ金髪碧眼の少女だ。腰に取手の長い長剣を差し、背中には大きな盾を背負っている。盾も長剣の鞘や柄もすべて鎧と同色だ。ナドランド王国ではあまり見かけない聖騎士という職種だろうか。
もう一人は純白のローブ姿の儚げな少女だ。銀髪紫眼。聖騎士の少女よりも一回りは体が小さい。リアと同じ程度には細い。膨大な魔力を身に宿していると一目で分かる。
2人とも自分たちと同世代、10代半ばぐらいだろうとケイズは思った。
(いざ戦うとなれば厄介なのはあの小さい方だ)
ダイドラの冒険者ギルドに所属している冒険者ではなさそうだ。第3等級が一番上というのに、2人はマーシャルやジードよりもはるかに強い。身なりも清潔に過ぎる。
隣国のイェレス聖教国の教会に関係する人間だろう。
イェレス聖教国はダイドラの南に位置する小国だ。宗教的権威を持つとともに、統制の取れた精強な軍隊を持つ。
(まぁ、リアはあまり詳しくないだろうな)
ケイズは苦笑する。ホクレンは土着の水神信仰が盛んであり、大陸南部で信じられている女神のミレイリ信仰とは一線を画する。ただし、水神信仰自体は帝政シュバルトでも盛んなのでホクレン独自というものでもない。
リアが視線を書物に戻した。正しい反応だ。あの強い二人が攻めてくるなら警戒すべきだが。欠片も敵意を感じない。今のところは赤の他人なのだった。
ケイズも読書に戻る。
「あの」
小さく声をかけられた。
リアと二人で顔をあげると、先程の二人が目の前にいる。近付いていたのは気づいていたが、まさか声をかけられるとは思わなかった。
主にリアへの用件らしく、2人ともリアの近くに立っていた。
「ちょっと緊急に確かめたいことがあって。今、読んでいるのでなければ、こちらとこちらの本を貸していただけますか?」
丁寧な口調で頼み込んでくるのは小さい銀髪紫眼の方だ。リアがまだ読んでいない本を2冊、緊張した面持ちで指し示している。
「いいよ」
リアが快く応じる。本を取って渡す。
更に自分の隣の椅子を引いた。どうやら座れと言いたいらしい。
「ありがとうございます」
ホッとした顔で小さい方の少女が礼を言い、リアの引いてくれた椅子に腰掛けた。2冊の本を受けとって読み始める。
もう一人の聖騎士然とした少女も、もう1つ隣の席に座る。
「私はリア、あなたは?」
当たり前のようにリアが尋ねる。隣に座るなら名乗るべき、というルールでもあるかのようだ。
「エリス、と言います。こちらの騎士は私の護衛でステラと言います」
嬉しそうに微笑んで、エリスが自己紹介をした。ステラという騎士も自分とリアとを興味深げに見比べてくるのでいささか居心地が悪い。
(多分、間違いないな)
エリスの笑顔を見て、ケイズは確信した。この2人はリアに近づこうとしたのではないかと。あまりに可愛らしく強いリアを偶然、図書館で見かけ、資料をダシに接近したのだろう。
(でなければ、名前を聞かれたぐらいで笑わない)
そもそもリアに声をかけるなら正しくはまずケイズの許可を取るべきだ。頭ごなしというのが怪しいし、何より気に入らない。
「うん」
聞いておいて、答えを得ると興味を失ったらしく、リアが視線を書物に戻す。
(ハッハッハ、ざまぁみろ)
ケイズは心の中で盛大に勝ち誇る。初見でリアと親しくなろうなどと甘すぎるのである。
とても満足していたのだが、打って変わって視線をケイズは感じた。10代半ばの年頃の娘3人が並んで座っている。そのうち一人は可愛らしさの極みにいるリアなのだから、どうしても視線を集めてしまうということか。
(しかし、俺がいるのにリアへ下心を向けるとはいい度胸)
図書館内でも関係ない。ケイズは杖抜きで地針を放とうとして、思いとどまった。
(リアじゃなくて二人を見てる?)
どういうわけかエリスとステラを見ているようだ。ちらちらと学者風の男が視線を送る。どっちがどうとまでは分からない。ケイズに分かるのはリアを見ているかどうかだけだ。
「ケイズ、ちゃんと読まなきゃだめ。おウチ、帰るよ?」
挙げ句、ケイズは書物に目を向けたままのリアに叱られてしまった。




