35 おかしな依頼①
「ぎゃああああ」
受験会場からの悲鳴が、場外に座っているケイズのところにまで届いてきた。
ケイズとリアの為に設けられた昇級試験の会場は、冒険者ギルドのダイドラ支部内にある武術の訓練室だ。
平時は冒険者たちに開放されており、申請すれば誰でも使える。木剣や訓練用の武具も貸し出されており、至れり尽くせりだ。
今日は2時間ほど、昇級試験を受けるケイズとリア、二人の為に貸し切りとされている。
「な、何が起こってるんだ。マ、マーシャルさんは無事なのか?」
閉め切られた訓練室からの絶叫に冒険者たちが戦慄している。試験の公正を期すために一時的に目張りまでされ、中の状況が分からないことで恐怖が増しているのかもしれない。
今日、2人の試験官を務めているのは、マーシャルという名の第3等級冒険者だ。剣士である。赤毛の若い男だが、落ち着いた風貌をした、公平でギルド内での信頼も厚い男だという。
ケイズは既に試験を終え、受付前のベンチに腰掛けてリアを待っている。
石の弾丸を絶え間なく浴びせ続けたところ、マーシャルは近づくこともできずに降参した。だいぶ加減したとはいえ、雨あられと発射してやった石の弾丸を、剣1本で防ぎきっていたのだから大したものだ。
(一応、加減したら、とは言っておいたんだけど)
中からはまだ現在も悲鳴と轟音が聞こえてくる。全てマーシャルの声だ。
リアの暴れっぷりは心配だが、ケイズも試験には手を出せない。ただマーシャルの無事を祈って待つしかなかった。
数分後、好き放題暴れてすっきりした様子のリアと、憔悴しきって傷だらけのマーシャルが出てきた。リアの方は無傷である。
ケイズは素早くリアの側に寄った。大丈夫とは思うがマーシャルに変なことをされていないかが心配だったのだ。
「魔眼は使った?」
そっと囁くように、リアの耳元でケイズは尋ねた。内緒話をしているような感じがケイズにはたまらない。
「んーん、素で十分だった」
ケロリとした顔でリアは言う。クルリと嬉しそうに1回まわる。
おそらく精霊術すら使わずに短刀術だけで圧倒したのだろう。
「本当に仲が良いんだね。噂通りだ」
マーシャルが口を挟んできた。穏やかな風貌の優男だ。女性冒険者に確固とした人気があるのをケイズは知っている。
リアに近づきそうな悪い虫は全て確認済みだ。
「そうだよ、私、ケイズのおかげで元気なんだもん」
リアがケイズにニコニコの笑顔を向けて告げる。
一瞬、ケイズは我を忘れそうになる。が、少しはリアの無垢な好意に耐性がついてきた。抱き締めようとするのをこらえる。
「俺たちのことを何で知ってる?」
代わりにマーシャルへ低い声で、ケイズは尋ねることが出来た。
マーシャルが苦笑いを浮かべて一歩下がる。リアに絡んだ人間が辿った宙吊りの末路をマーシャルもちゃんと知っているのだろう。
「有名人だからね。ケイズ君の、リアちゃんへの執着も含めて」
マーシャルの言葉にケイズは内心焦ってしまう。
他人にも自分の気持ちが筒抜けであること自体は良い。ただ、他人の口からリアの耳に自分の好意が伝わるのが困る。時間がかかっても、リアへの愛の告白は素敵な雰囲気の中、自分の言葉でするのだと決めているからだ。
余計なことを言うようならそれはそれで、始末しなくてはならないということ。
「ま、まぁ、二人ともまだ試験結果の通知はされないけど。はは、僕は手も足も出なかったどころか死にかけたからね。合格は間違いないと思う。おめでとう」
殺気を感じたのか、更に数歩、マーシャルが下がって爽やかな笑顔のまま言う。
ケイズは警戒の度合いを増した。試験結果を漏らすなど、リアに媚びるつもりかもしれない。やはり爽やかな笑顔の裏に下心が透けて見える。
「そんな事前情報まで流して、リアに取り入る気か?」
ケイズは全身から殺気をほとばしらせる。当のリアが不思議そうな顔をしていた。
近くにいた弱い冒険者が数人気絶した。マーシャルも額に汗を浮かべている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでそうなるんだ? 僕は今、ちゃんと好きな人がいる。正直リアちゃんと違って、大人びて落ち着いた、そして美しい女性だ。僕は僕で純愛で、しかも片思いでちょうど悩んでいるところだってのに、なんっって失礼な疑いだ!」
マーシャルの悲痛な、それでいて誠実な叫びがケイズの心を打った。ハッと我に返る。片思い中であるならば、ある意味では恋の同志だ。
一方的な言いがかりと誤解を心の底から反省する。
「失礼しました。大変に申し訳ありませんでした」
ケイズは深々と頭を下げた。マーシャルの恋が実らんことを心から祈った。
リアがケイズのローブの端を引っ張った。
「ケイズ、マーシャルの好きな人、まだ聞いてない。聞こう?きっと面白いよ」
無邪気な笑顔でリアが言う。どう見てもリアからマーシャルへの恋愛感情は欠片もなさそうだ。
「きっと、さっきみたいに殺気とかで怖くすれば白状するよ?」
先程、ケイズがマーシャルを脅したせいで、リアが悪い手口を覚えてしまった。
「リア、それは脅迫って言って、とっても悪いことなんだぞ」
発端は自分自身なのでケイズも厳しくは言えない。やんわりとたしなめるに留めておいた。
「君たち二人とも、もともと噂になっていて興味があったんだ。改めて素晴らしい実力だから、一緒にパーティーを組まないかと誘いに来たのになぜこんなことに」
だいぶ疲れ切った様子のマーシャルが言う。
パーティーとは冒険者同士で組む徒党のことだ。1回ごとの依頼や狩りで組むもののことを言い、6人くらいが主流だ。対して、より大きな冒険者の集団をクランという。大体は依頼ごとに最適なメンバーか気の合うメンバーで、クラン内から派遣されて依頼をこなしている。ただし、クランまで拡張せず、同じメンバーでパーティーを組み続けるという冒険者も多い。
(さて、どう断ろうかな)
ケイズは最初からパーティーもクランも考えていない。
リアと一緒にいられれば満足なのだ。強いパーティーや大きいクランに所属するより、少しでもリアとの親しみを増す方が遥かに大事なことである。
「そこの二人には俺が先に声をかけてるんだが」
新しい声が会話に割り込んできた。
「ジード!久しぶりだな」
マーシャルが驚いた顔をする。
現れたのは弓使いのジードだ。肩に黄色い弓を担いでいる。髭を剃ったせいかランドーラ湿原で出会ったときより清潔な印象をケイズは受けた。
「オオヅメグマの討伐依頼に単独で挑んだ、と聞いて心配してたんだ。駆け出しを犠牲にしたくないにせよ、無茶のしすぎだ」
親しみをにじませてマーシャルが言う。ダイドラに3人しか居ないという同じ第3等級だからか旧知の間柄のようだ。
「心配してくれてありがとよ。だが、見ての通りピンピンしてるよ」
ジードが苦笑する。横取りを咎めに来て親しく返されたので決まりが悪いようだ。
「2か月かかったとはいえ、単独でオオヅメグマを狩ったのか?さすがだ」
更にマーシャルから手放しで褒められて、ますますジードが気まずそうな表情を浮かべる。
「いや、たまたま出くわしたそこの2人がオオヅメグマを仕留めたんだ。俺の手柄じゃない。むしろなんの役にも立たなかった」
ジードが言い、決まり悪そうに頭を掻いている。
「たった2人でオオヅメグマを仕留めたのか。本当にすごいな」
マーシャルが今度は自分とリアを先程のジードに対するのと同じ調子で褒めてくる。確かに居心地が悪い。手放しで褒めてくるが、遠慮のかけらもない。
「だが、俺はその縁で、そこの2人と一緒に組んで動く話を取り付けたんだ」
ジードが得意げに胸を張って言う。
(第3等級の冒険者が第9、いやまだ第10等級と組んで動いて喜ぶって、情けないことなんじゃないか)
思ったものの口に出したほうが良いのかもわからず、ケイズは沈黙した。本人が良いようならまぁいいかと思ったのだ。
退屈そうにしていたリアが口を開いた。
「でも、危なくない依頼だけだよ」
一言でジードが情けない人間に思えてくるから不思議だ。
マーシャルがクッと失笑している。
「確かにそういう話だったけど、他に言い方ってもんが」
ジードがあたふたしている。
リアが首を傾げた。とりあえずジードが来てマーシャルの勧誘はあやふやになった。




