34 薬草採り⑤
「そんだけ強ければもっといろいろあるだろ」
ジードが呆れたように告げた。
具体的にどういう依頼が第10等級にあるのかを教えてほしいぐらいだ。
「昇級試験を受けるのに必要なことだから」
ケイズは言い、本来の目的を思い出した。薬草クロイナを採りに来たのである。オオヅメグマとジードのせいで完全に忘れていた。
リアもハッとして足元を見やる。
「あ、ぐちゃぐちゃだ」
悲しそうな声をリアがあげた。
ケイズもリアのいる方を見に行くと、薬草クロイナは見るも無惨に切れ切れの泥まみれになっていた。オオヅメグマに踏み荒らされたのが半分、ケイズの土壁等に巻き込まれたのが半分、というところだろうか。
「どうしよう」
リアが困り果てている。泣きそうな顔だ。
「他の群生地もいくつかあるけど、ちょっと離れてる。仕切り直しか」
ケイズもどっと疲労感を覚えていた。距離や手間はともかく、水筒の中身がすでに半分以下だ。遠出するためには補給しなくてはならない。この湿気をもう一度、と思うと気が滅入る。
「早く第9等級になりたいのにね」
リアも肩を落とす。
依頼の期日まではまだ余裕はあるものの、1日で片付けるつもりでいたので、つい落胆してしまう。
「って、お前ら10等級なのか?上級魔獣を二人で倒す10等級なんて聞いたことねえぞ」
ジードがいちいち驚くことすら煩わしい。
とりあえずケイズは自らの冒険者証を見せてやった。紛うことなく『10』と書いてある。
「あーっ、なるほど。単につい最近、冒険者になったってことか。納得した」
等級の数字ではなく、ジードが見ていたのは登録した日取りのようだ。ベテランは目の付け所も違うのである。
「お仕事って難しいね。本気出して、一撃で倒さなきゃ駄目なんだね」
リアが前向きに次への反省を口にする。周りへの被害を抑えることも今後必要になるだろうから、一撃で、というのは重要だろう、とケイズも思った。
「いや、上級魔獣を一撃で倒そうなんて、普通検討も出来ないんだがな」
ジードが小さな声で指摘してくる。
相手の力量を瞬時に見極められれば難しいことではない、とケイズは思ったが。
「単純に魔獣をやっつけるだけのお仕事なら楽なのにね」
リアが口を尖らせている。
ただ前回よりも上手に出来ている、とケイズは思った。今回はオオヅメグマの出現さえなければ薬草を採取して無事完了していたのだから。
「まったく、すげえのか世間知らずなのか分かんねえな、お前らは」
ため息をついてから、ジードが口を挟んできた。
まだ言葉が続きそうだ。リアを馬鹿にし、傷つけるような発言をするつもりならば始末するしかない。
身構えていると、ジードが腰の辺りを、がそごそとやり、布袋を1つ突き付けてきた。
「薬草クロイナなら、俺の毒矢を解毒するのに必要だから持ち歩いてる。やるよ」
ジードの口から出てきたのは大変にありがたい申し出だった。
「タダで良いの? 」
リアが嬉しそうに尋ねている。また、お金の心配だ。
「あぁ、助けてもらったのは俺の方だからな」
ジードが言うのでケイズは布袋を受け取った。
申し出自体は大変にありがたい。
受け取ってから、ケイズは一応布袋の中身を確認する。
「ありがたい。でも、なんか見た目が違う」
地面でぐしゃぐしゃになった薬草クロイナと、袋の中身を見比べてケイズは指摘した。リアも袋の中身を覗き込んでから首を傾げて見せる。
「お前ら、生えてたのを抜いて、そのまま納品するつもりだったのか?受付のフィオナに叩かれるぞ」
ジードが呆れ顔で言う。自分は叩かれたことでもあるのだろうか。
リアが自身の頭を手で守って叩かれないようにしている。
(大丈夫、多分リアは叩かれないから)
ケイズは日頃のフィオナによるリアへの溺愛ぶりを思い返していた。
「ちゃんと日干し処理してから納品するの」
ジードがリアに向かって諭すような口調で説明する。幼子に説いているかのような口振りだ。
「そうなんだ」
対して、リアが素直に感心している。頭を守っていた手も戻す。
あえてケイズは口を挟まず、二人のやり取りを眺めていた。リアの一つ一つの素振りが可愛らしいので見逃すわけにはいかないからだ。
「お前ら、他に何か依頼をこなしたことはあるのか? 」
ジードがじとりとした目を向けて尋ねてくる。急に口を閉じて、にこにこしながらリアを見つめるケイズのことも訝しく思っているようだ。
(同じ男でありながらリアの可愛さが分からないとは嘆かわしい。まぁ、だから俺が一人で総取りなんだけど)
ケイズはケイズでジードのことを理解できないのだった。
「コボルトやっつけたよ。コボルトリーダーっていう強いのもやっつけた」
リアが落ち着かない様子でそわそわしながら答える。
「コボルトリーダー、また上級魔獣か。何かもう驚かないけど。まさか倒して終わりにしてないよな?」
ジードがリアを追及する。
倒して終わりではないのだろうか。ケイズは内心で首を傾げる。
「コボルトリーダーの爪とか毛をもらったよ。村長から」
リアが困ったように横を向く。リアの言葉で素材採取の手間を思い出した。
「依頼主に解体までしてもらうのは、冒険者としてとても恥ずかしいし、ありえないことなんだぞ」
ジードがフィオナと同じことを言っている。先日、同じ事を言われて叱られたことを思い出す。
「お前ら、冒険者の常識をまるで知らないんだな」
ジードが結論づける。
対するリアがしゅんとして下を向いた。
助け舟を出そうとケイズは思ったが、先にリア自身が顔を上げて口を開く。
「うん、分かんなくて困ってる。戦い方とか身体の動かし方とかは叩き込まれたけど。ケイズは?」
リアがケイズにも質問を投げかける。どちらかというとリアの戦闘訓練は対人戦闘を想定したものだった。魔獣とも戦えてはいるが、倒したあとの素材などのことは未知の領域だろう。
「俺も似たようなもんだよ」
ケイズは、初対面のジードに詳しく明かす気になれなくて、簡潔に答えるに留めた。
倒す気でいて、倒した後のことまでは考えていなかった。改めて意識すると間の抜けた事だと自分でも思う。
(一度しっかり魔獣や冒険者について勉強すべきだな)
思わぬ特性を持った魔獣がいて、足元をすくわれる可能性だって今後あるかもしれない。上級魔獣と言ってもピンきりで、オオヅメグマや青鎧牛より格上の最上級とでも言うようなものもいる。
リアも思うところがあるのか黙りこくっていた。
「あー、分かった。腕がいいのにもったいねぇからな」
沈黙に耐えかねたのか。ジードが急にまた喋りだした。
徐に懐から紙片を取り出し、何事かを書き連ねている。
「何が分かったんだろ」
小声でリアがケイズに囁きかける。
「さあ?」
ケイズも首を傾げた。
書き終えるとジードが紙片をケイズに突きつけてくる。
一応、なんとなく受け取ってしまう。見るとどこぞかにあるダイドラの住所地番地のようだ。
「俺のねぐらだ。依頼とか行く前に声かけてくれれば引率してやるよ」
ジードが目を合わすことなく告げる。照れくさいようだ。
親切心なのかもしれないが余計事だ、とケイズは思った。ただ悪意は一切含まれていない、善意で言っているのだとさすがのケイズにも分かるので断りづらい。
「要らない」
先にリアが答え、口を尖らせている。
「え?」
案の定、断られると思っていなかったのだろう。ジードがただただ驚いている。
(リア、親切心にそういう言い方は酷いと思うぞ)
断り方を苦慮していたケイズは少しジードに同情してしまう。
「ジード、あんまり強くないもん」
容赦なくリアが言い放つ。リアにしては珍しいくらいの断言の仕方だ。
(あー、なるほど)
一人ケイズは納得していた。
冒険者の等級ではジードが上でも、戦闘力はこちらが明らかに上だ。魔力のない弓使いのジードを、今後、過酷な依頼を受理した時に、護りながら戦えるとは限らない。ジード自身にとっても危険だ。だから、心を鬼にしてはっきり断ってあげるべき、とリアなりに考えたようだ。
(ふふっ、ここまでしっかりとリアの気持ちを忖度できる俺は正しく夫)
ただ、他人に厳しくするということが、リアほど苦手な娘もいない。結果、ただの失礼になっている。
「やっぱりリアを手助けしてあげられるのは俺だけ」
くすぐったい思いとともに顔をあげると、二人して自分の顔を見ていた。先程まで激しく言い合っていたはずだが。
「ケイズ、独りでブツブツ言うの、気持ち悪いよ」
リアの発言に、ケイズは側頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
「あーっ、やっぱり相棒でもそう感じるか」
ジードが頷いている。呆れたような表情を浮かべていた。
「うん、ケイズは時々気持ち悪い」
いつの間にか意気投合している。ケイズは再び衝撃を受けて膝を折った。
(そして2回も気持ち悪いと)
いつもは大概1度しか言われないのに。
「さっきまで言い争ってたのになぜ」
ケイズは地面を見つめて呟く。
「あらかじめ、獲物が分かる依頼とかジードのよく知っている場所とかなら、別にジードが弱くても問題ないからお願いしよ」
リアが膝を曲げて視線を合わせようとしてくる。
「しかも結構妥当なところで話がまとまってる」
ケイズはなぜだかがっかりしてしまう。
思えばリアも口調はともかくとして、考え方はしっかりしているのである。
「うん、だからもう帰ろ」
リアがニコニコしている。
ジードが既に離れたところでオオヅメグマの解体を始めていた。
(まぁ、いいか)
目的の依頼も達成できている。あとは帰って納品するだけだ。
ケイズも立ち上がり、草の切れ端をローブから払った。
「俺らはもう帰る。リアから話を聞いてるんで、都合が合えばまた今度」
ジードにケイズは声をかける。
片手を上げてジードが了解の意を示してくれたので2人はダイドラへと帰った。
こうして2人は第9等級への昇級試験の受験資格を得たのであった。




