33 薬草採り④
リアも似たような考え方のようだ。短剣だけで、時間がかかっても倒せるなら倒そうということか。目まぐるしく両手を振るい、オオヅメグマの毛を刈り取っていく。
腕を薙ぎ払う攻撃や体当たりなど、オオヅメグマが繰り出してくると大きく飛び退いて距離を取る。今のところオオヅメグマの攻撃はかすりもしていない。
(なるほどねえ)
ケイズは一人納得した。オオヅメグマの左の脇腹辺りに折れた矢が見える。
誰かがこの魔獣を狙っていた。攻撃を加えたものの、返り討ちにでも遭ったのだろう。結果、気が立って興奮したオオヅメグマが、沼地の入口近くにまで来てしまったのだと推察された。
「ん?」
いよいよリアに攻撃が当たらず苛立ったのか、オオヅメグマが咆哮をあげた。
ケイズの方へと向き直る。オオヅメグマと戦う際に気をつけねばならないのは、思いの外、硬いことと全身のバネで繰り出してくる突進だ。突進で仕留められなくてもバランスが崩れたところから腕を振るって連続攻撃を仕掛けてくる。
目の前のオオヅメグマも、リアの攻撃による軽微な負傷を無視し、全身に力を込めていた。動きの素早いリアの前に、あまり動きのないケイズから倒そうと、獣なりに頭を使ったようだ。
ケイズは石弾を速射してオオヅメグマに浴びせかける。オオヅメグマが頭を振って不快気な素振りを見せるも、あまり大きなダメージにはなっていない。
「おいおい」
オオヅメグマが腕を振り上げたたころで、ケイズは声をあげた。
リアがオオヅメグマの背後で、短剣に風を纏わせていたからだ。見ているだけの自分ですら怖気を感じるほどの魔力を帯びている。
ケイズは土壁を生む。更に何枚も重ねがけにして、リアの斬撃とオオヅメグマの突進とに備えた。
直後、リアの横薙ぎの斬撃、風の刃が土壁を切り裂く。切り裂かれた壁の向こうに、上下真っ二つにされたオオヅメグマの体も見える。
ケイズを巻き込まぬよう、リアなりに配慮してくれたのか、斜め上方への一撃だった。それでもケイズは風圧で尻餅をついてしまったのだが。
「よし」
崩れた土壁の向こうでリアが誇らしげに仁王立ちしている。
「まぁ、お見事」
ケイズは立ち上がり、ローブについた草の切れ端を払った。一応、オオツメグマは地属性の上級魔獣にあたる。リアが仕留める側に回った方が無理はないのだった。
「えへへ」
褒められて無邪気にリアが喜んでいる。くるくると回って何やら踊りを始めた。勝利の舞だろうか。楽しそうだ。
しかし、踊りの最中に短剣を振ろうとしたところで、はたと何か気づいた顔で止まってしまった。
「壊れちゃった」
悲しそうに言うので見てみると、リアの手にある短剣が2本ともボロボロになっている。ただの鉄剣では、リアの魔力に耐えられなかったようだ。
「せっかく初めてケイズからもらった贈り物なのに」
ションボリと肩を落としてくれている。大事に思ってくれたり、喜んでいたりしてくれたなら、ケイズにとっては嬉しいことだ。
本当はもっと良い短剣をレガートに仕立ててもらっている。だから魔力を一度注いだだけで壊れるような短剣を惜しむことはないのだ。
「俺が贈った物をそんなふうに大事に思ってくれるだけでありがたい」
ケイズはリアの頭をヨシヨシと撫でる。
「ケイズがやられちゃう、怪我したらヤダって思って焦っちゃった」
更にリアがしょぼくれた顔のまま嬉しいことを言ってくれる。
自分のことを心配していたのだと知って、ケイズは胸いっぱいになった。
(これはもうだきしめるしかない)
両手を広げてケイズは準備体制に入った。
「おい」
樹上から声が降ってきた。野太い男の声だ。ケイズの知っている声ではなかった。
雰囲気をぶち壊された格好である。
忌々しく思いながら見上げると、木の枝の間に男が隠れていた。淡い灰色の髪をした、20代半ばぐらい、がっしりとした体格の男だ。革の鎧を服の上から身に纏い、矢をつがえた黄色い弓を持っている。
「俺が追っていたオオヅメグマに襲われてたから、助けようと思ったんだが。まさかたった二人で返り討ちにしちまうとはな。何者だ?」
男が警戒した顔で質問をしてきた。木の枝から降りようともしてこない。随分な態度である。
「私はリア、こっちはケイズ。冒険者だよ」
リアが上を向いて大声で答えた。初対面の相手にも素直で可愛い。
「リア、こういうときはあまり先に名乗らず、もったいぶった方がいい」
親切心で、ケイズはリアに人との正しい接し方を教えた。小声で囁いているので相手には聞こえない。
「え、そうなの。次、気をつける」
やはりリアは素直なので頷いてくれる。
「お前ら等級は? 俺は見ての通り弓使いでジードっていうんだ。第3等級だ」
ジードも身分までしっかり明かしてくれた。木の枝からもするりと幹を伝って降りてくる。思ったほど悪い人間ではないのかもしれない。
「知らない」
リアが早速横を向いている。言い回しは若干おかしいが、態度と方向性は正解だとケイズは思った。ケイズ以外に、リアが気を許す必要はないのである。
「え?」
急にリアが態度を変えたので、ジードが戸惑っている。
そもそも自分以外の男がリアに話しかけている段階で、本来は『地針』案件だ。
ふとケイズは首を傾げた。
(なんで俺は、このジードって男も地針で吊るし上げないんだ?)
もちろんリアへの下心を一切感じられないからなのだが。
なんとなく毒気を抜かれた、という感覚だった。
「いや、さっきは素直に」
年下の少女におどおどしている情けなさも理由の一つだろうか。憎めない男なのだった。
「知らない」
リアがまた逆側の横を向く。あくまでケイズの教えを忠実に守ってくれている。
「あんた、あのオオヅメグマを一人で仕留めようとしてたのか?無茶だろう」
ケイズはリアの代わりに会話を引き継ぎ、ジードに尋ねた。リアがあれ、という顔をしている。今度、もったいぶるのをやめるタイミングも教えようと思った。
「毒矢で毒を食らわせて、じわじわ体力を削れれば、時間がかかっても一人で倒せるかと思ったんだがな。なかなか毒が回らないわ、よりによって解毒草の群生地にくるわでな。焦っちまったぜ」
ジードが豪快にガハハと笑う。
先程オオヅメグマに刺さっていた矢はジードのものだったようだ。
「そっちが先に仕掛けていた獲物を横取りしたみたいで悪かった」
他人の獲物に手を出すのは、冒険者としては『横殴り』という立派なマナー違反だ。
一応ケイズはペコリと頭を下げる。なぜかリアまでケイズに習って頭を下げていた。
「いやー、2ヶ月もかかってやっと少し体調不良かな、くらいにしか弱らせられてないからな。むしろ助かったぐらいなんだ」
ジードのほうがむしろ申し訳無さそうな顔をした。
2ヶ月も前からとなれば、ケイズとリアがダイドラに来るより随分前だ。
「ジード、第3等級なのに、2ヶ月もかけて駄目なの? 昇級、ずるしたの?」
リアが咎めるような声で言う。かなり上の方の等級なので楽勝のはずだ。と思っているようだ。その辺の力関係をリアはまだ分かっていない。
「いや、上級魔獣を二人で倒せるほうがおかしいんだよ。第1等級でもそんなやつ、そうそういねーぞ」
ジードがムキになって反論している。第3等級といえばダイドラに3人しか居ない上位等級の男だ。
「そうかなぁ。ちょっと魔力籠めたら真っ二つだったから分かんない」
リアがまだ腑に落ちない顔をしている。可愛らしく首を傾げていた。
「まぁ、ちゃんとギルドにも討伐したのはお前らだって伝えておくよ。あまり責めないでくれよ。俺だって悔しいは悔しいんだから」
ジードが苦笑いを浮かべて告げた。
「うん」
リアが少し済まなそうに頷いた。言い過ぎたと思ったようだ。
自分の手柄に一切しようともしないところにジードの人柄が感じられる。どうやら単独でオオヅメグマ討伐の依頼を受けていたようだ。無茶な依頼の受け方をしたものだ、とケイズは思った。
「俺とリアは、クロイナっていう薬草採りの依頼で来ただけだから本当にそういうのは要らない」
ケイズは肩をすくめてジードに告げた。
オオヅメグマのことは余分ごと。また、オオヅメグマから得られる素材の属性は風でも地でもないので必要としていない。
「薬草採り?その実力で?嘘だろ?」
また、ジードがびっくりした顔をしている。




