32 薬草採り③
「オオヅメグマは沼地の主って言われるぐらい強いらしい。その分、素材も希少で金になるから、張り付いて倒そうとする人もいるんだと」
歩きながらケイズは告げる。すぐに勝てないのに張り付けば倒せるものなのか、ケイズは言ってて気になってしまう。冒険者業も奥が深いということだろうか。
コウモリ型の魔獣が下から飛びかかってきた。石弾で即座に撃ち落とす。木の洞にでも潜んでいたようだ。地面でないため見落としていたが、この環境では魔獣の隠れ場所はいくらでもある。
リアも木の枝だけではなく、しばしば小型の魔獣を短剣で切り払っている。順手にしたり逆手にしたりと目まぐるしく、しかし正確に短剣を操っていた。
「薬草クロイナって何に使うの?」
尋ねたリアの先で10メイル(3メートル)はあろうかという蜘蛛魔獣が身を起こした。ジャイアントスパイダーという中級魔獣である。
糸を吐いてくるのをリアが突風で薙ぎ払う。そのまま一瞬で距離を詰めて、頭胸部と腹部の間にある細い接合部を切り裂いた。
虫はしぶとい。念の為、ケイズは真っ二つになったジャイアントスパイダーの頭胸部と腹部をそれぞれ地針で刺し貫いた。
先日レガートにも言ったとおり、精霊をそのままの姿で戦わせることもできる。が、実用的ではない。この局面で砂の蜂が飛び回ったり、風の虎が飛びかかったりしても、ジャイアントスパイダーは困りもしないだろう。
自分なら土や砂を、リアならば風を、局面に応じてどのように活用するのかが腕の見せ所なのだった。今までのところ、リアの力量は卓越している。前衛的な動きもそつなくこなすので、魔術師然とした自分と二人で組めば、こと戦闘については死角がないように思えた。
(それにしても暑い。しかも汗と魔獣が煩わしい)
ケイズは顎の汗をローブの袖で拭う。拭うローブも既に湿っている。
さほど強くないが、ランドーラ湿原の魔獣の数と種類は尋常ではない。リアとの連携を高めるのに良い機会ではあるのだが、暑さの方はどうにもならなかった。
いつの間にか先に行ったリアが立ち止まって自分を待っている。知らぬ間に自分の歩調が遅くなっていたようだ。
「解毒剤に使うんだと」
ケイズはリアから投げかけられた直近の質問を思い出して答える。ジャイアントスパイダーのせいで話が途切れていた。
「ケイズ、大丈夫? 少し休む?」
リアが心配そうに水筒を差し出してくれた。
「一回、口つけてくれた?」
ケイズは水筒の飲み口を凝視して尋ねる。上手くすれば間接的な接吻を狙える。暑さでへばっていても様々な好機を逃してはいけないのだ。
「んーん、まだだよ」
リアが無邪気に告げる。
残念に思いつつ、ケイズは有り難く水をいただく。飲んだ後、水筒を返そうとした。
逆もまた然りである。自分が口をつけた後、リアが飲めば同じ事だ。
「持ってていーよ。私、まだ全然元気だから」
けろりとした顔でリアにあっさり断られてしまい、ケイズの目論見は瓦解した。
言葉通り、リアは平然とした顔で足取りも軽い。
(まぁ、王妃とか令嬢とかとはかけ離れた存在だよな)
クリクリとした黒目勝ちのリアの瞳に惹かれつつ、ケイズは思うのだった。そもそもこんな沼地に順応できる令嬢などいない。
少し離れたところで地面が動く。
地針で貫き、動いたものをそのまま近くの大木に串刺しにした。見ればナメクジ型の魔獣であるスライムだった。ぼたぼたと垂れる体液が湿気を体現しているようで、ケイズには忌々しい。
2人は戦い、時には休憩しながらも確実に歩みを進めていく。通ったあとには魔獣の死骸が、真っ二つにされたものや串刺しにされたものなど、ゴロゴロと転がっている。まるで魔獣の墓場とでも形容すべき状況だ。
(本当にこれ、第10等級の依頼なのか?)
ややもすれば第9等級だったコボルト討伐のときよりも魔獣を倒している。一番ありそうなのは自分たちがまた、しなくてもいいような苦労をしている、ということだが。
(襲ってくるんだから倒すしかないじゃないか)
うんざりしながらケイズは行く先で鎌首を上げていた大蛇の魔獣を地針で貫く。
「あ、ケイズ、着いたみたい」
リアが声を上げた。蛇の死体の転がる先に、こんもりとした林が見える。地図と照らし合わせるに、ダイドラから最寄りのクロイナ群生地だ。
「ん?」
ケイズはふと入口付近の太い木に爪痕のようなものがあることに気付いた。
「ケイズ」
リアがするどく声を発した。警戒を促している。
続いて林の中から唸り声も聞こえてきた。
「あー、やっぱりあの魔獣の数は異常だったんだな」
ケイズは頭をかきながらぼやいた。
この林付近にいた魔獣たちが、林の奥にいる魔獣から逃げ回っていて過密状態が生じていたのだろう。そこにまんまと自分とリアが突っ込んでしまった格好だ。
「来た」
リアの言葉と同時、2人はその場を飛び退いた。
木々の間から緑色の巨体が飛び出してくる。丸太のような腕が振るわれ、地面が砕けた。
青鎧牛並の巨体を誇る熊。オオヅメグマだ。前足の5本ヅメが凶々しい。恐ろしく気が立っているようで、ギラギラとした目でケイズとリアとを睨みつけてくる。
「これがオオヅメグマ?」
リアが短剣を抜き放って尋ねる。油断はしていない。視線は相手に釘付けだ。
「正解」
ケイズも背中の杖を抜く。顎や手から汗が滴る。
湿気がひどい。せめてもう少し乾燥した場所で出くわしたかった。叶わぬ願いである。オオヅメグマは乾燥帯に棲息していないのだから。
「あの牛と同じ上級魔獣?」
リアとオオヅメグマが睨み合っている。睨まれただけでも大概の冒険者は動けなくなるという。逃げることすらできなくて殺されてしまうため、ダイドラ周辺の冒険者に恐れられている。毎年数人の死者がでるそうだ。
が、リアには効果がないように見える。
「そうだな」
ケイズも睨まれて不愉快だが、恐怖は感じない。
(だが、ここまで街の近くにいていい魔獣じゃない。フィオナめ、くそ、おかしいと思ったんだ)
心の内側でフィオナに毒づいた。上級魔獣が街の近くにいるなら、青鎧牛と同じく討伐隊を組むべき案件だ。おそらく討伐隊を編成する人的余裕がないからあわよくば、ということで自分とリアに突っ込ませたのだろう。
「あれより、強そう」
リアが薄く笑みを浮かべた。直後に姿が消える。
一向に怯えないリアに業を煮やしたのか、オオヅメグマが右腕を一閃させ、リアのいた地面を砕く。目にも留まらぬ速さで反応したリアにより、オオヅメグマはまた空振りしてしまった。
「まぁ、肉食獣だからな」
草食獣より強くないと彼らはやっていけない。
ケイズも後ろに下がった。さすがにあの腕と爪でやられればひとたまりもない。距離を取るのが鉄則。間合いも立派な防御壁である。
オオヅメグマの顔がこちらを向いた。素早いリアより先にケイズに目をつけたようだ。
今度はケイズに向けて右前足を横向けに薙ぎ払ってきた。
土の壁を作ることでケイズは攻撃を止めた。
「ちっ」
舌打ちしてケイズは更に飛び退く。
オオヅメグマの体当たりで土壁が崩れた。
リアがオオヅメグマの真後ろを取っている。背中から斬りつけた。
「硬い」
リアが目を見開く。髪と目が淡い碧色の光を放つ。
毛をいくらか斬っただけで、オオヅメグマの体には届かなかったようだ。毛の一本一本が硬く、深手を浅い傷に変えてしまうほど。
本当は火属性の魔法が効果的らしい。
「つえーなぁ」
ケイズはぼやいた。自分とリアではどうひっくり返っても土か風しか使えない。
攻め手はまだまだ残している。ただ、どこまで使って目の前の魔獣を倒すかが難しい。リアも似たようなことを考えながら戦っているはずだ。
今はリアがオオヅメグマをひきつけていた。リアの速度にオオヅメグマが完全に振り回されている。ただ、リアの短剣もまるで効いていない。
「さて、どうするか」
単一の属性しか使えない精霊術師にとって、余力や手の内を残すというのはとても重要なことだ。どれだけ強力でも一度知られれば対策を練られてしまう。そしてこちらは対策を練られていると知っていてなお、同じ攻撃しかできないのだから。魔術師のようにはいかないのである。




