31 薬草採り②
ランドーラ湿原という沼地に入り、薬草クロイナを採ってくるという内容だ。ご丁寧にも複数ある自生地の地図まで添付されている。ランドーラ湿原は、魔獣が多く棲息しているため、一般人の立ち入りが危険な場所だ。
「ここ、危ない?」
リアが好奇心をむき出しにして尋ねてくる。
第10等級相当の依頼だ、ということが頭にあるのだろう。本来はあまり危険な依頼の少ない等級だ。
「魔獣は多い。多分、低い等級の依頼になってるのは、いちいち魔獣と戦わなくても、こっそり行ってこっそり採って帰ってきて、ってやり方でも依頼を達成できるからじゃないか?」
ケイズは先のフィオナとのやり取りを思い出しながら答える。冒険者が受ける依頼というのは、全部が全部、片端から殲滅することを求められているわけではないようだ。
他に興味を惹かれた依頼もなかったので、2人は薬草採りの依頼を受けることにした。
「あら、ランドーラ湿原の薬草採り。この依頼を二人が受けてくれるの?」
依頼の手続きに窓口へ行くと、フィオナがほっとしたような表情を浮かべて言う。依頼の手続きをするに当たって不思議な表情の動きだった。
「なにか?」
ケイズは何となく気にかかって尋ねる。
「10等級相当の依頼とはいえ、ランドーラ湿原は魔獣が多くて危険だから。リアちゃんたちが受けてくれるなら助かるわって思ったの」
淀みなくリアの方を向いてフィオナが答えた。
一見、筋が通っているようだが、はぐらかされているような気がする。現になぜ訊いた自分ではなく、リアの方を向いて話しているのか。
「うん、分かった、頑張る」
リアが素直に答え、手続きを済ませてしまう。フィオナを意味ありげに一瞥し、微笑んでペンを走らせている。
(あ、もういいや。悪巧みしてる感じのリアが可愛いから)
ケイズは些細な疑問よりリアを鑑賞しているほうが有意義だと悟った。
「うんうん、リアちゃんは素直ね。おいしいお夕飯を作って待ってるからね」
やはりフィオナが上機嫌すぎる。
ケイズはため息をついた。フィオナがリアのことを気に入っているのはあからさまなので、もし利用されているのだとしても、そこまで悪いことにはならないだろう。
(何か悪いことがあるにせよ、せいぜい思ったよりも依頼が面倒くさいくらいかな)
ケイズはにこにこ笑い合っている女子2人のうち、リアを凝視していた。リアも勘が鋭いので笑っている内は大丈夫だろう。
「じゃあ、着替えなきゃ」
リアが告げ、フィオナと暮らしている家へ戻ろうと言い出した。冒険へ行くのに今の服装では問題があるからだ。
「俺もついていこうか」
ケイズはさりげなく申し出た。住まいを探ることはフィオナとリア、双方から禁じられている。バレずに見つけるくらいなら造作もないのだが、知っているとバレればリアに嫌われるということはケイズにもよく分かった。だから、我慢してやっていない。
ただ、リアに付き添うという大義名分の元、うっかり知ってしまうのは不可抗力だ。
「え、やだ、ダメ!」
リアが両手で大きな☓を作って駆け去ってしまう。
(ちっ、用心深くて可愛いな)
ケイズは心の内で舌打ちし、リアの戻りを待つ。
入口前に座ってボンヤリしている。冒険者ギルドのダイドラ支部を出入りする冒険者が自分に目を向けるも全て無視した。
「お待たせ」
声のした方を見ると、碧色の衣装に着替えたリアが立っていた。
(あー、この待ち合わせてた感じ、良いなあ)
リアの可愛らしい姿に見とれながら、ケイズは考えていた。碧色の衣装も最初の時からよく似合っている。
「行こっ」
リアに急かされるまま、ケイズも立ち上がって歩き出す。
ランドーラ湿原に最寄りなのは、ダイドラの南門である。二人も南門方向へと歩いていく。
ダイドラの南方にはランドーラ湿原が広がり、ナドランド王国南方の国イェレス聖教国との国境を成している。地形が複雑で魔獣も多いことから、天然の要害、国境の防衛線となっていた。
魔獣の驚異がある一方で、希少な素材や資源といった天然資源に恵まれており、低級冒険者にとっては生活の糧となる場所でもある。
歩く経路や目的地によって、湿地に至るまでの道のりも、危険が大きく異なるのだが、2人は歩きやすい経路を真っ直ぐに進む。先日のタソロ村も寄らずに通過していく。
街道から外れて南へ少し進むと、空気がジメジメ、ケイズには苦手な環境になってきた。植生も徐々に変わっていく。
「この辺?」
リアがキョロキョロと辺りを見回している。
既にあたりは沼地であった。丈の高い草が生え渡り、ところどころに濁った水面が見える。緑が深い、という印象を受けた。
「湿ってるもんな、見るからに。本当に湿ってるもんな。でも、目的地はもっと先なんだよ」
依頼書に添付された地図を見ながらケイズは告げた。茶色いローブに汗がしみて張り付くように重い。
「本当に蒸し暑いの、ケイズはダメなんだね」
リアが心配そうに告げる。涼し気な服装が羨ましい。沼地であり、毒虫もいるが、微弱な風の魔力で肌を覆いリアは身を守っている。
「まぁ、大丈夫。死ぬほどじゃないから」
ケイズは暑さにうんざりしながらも、リアには弱みを見せたくないのだった。
「それにしても、本当は冒険に来るならちゃんと地図も買うべきなのかな。冒険者ギルドの購買に売ってた」
ケイズは暑さの話から気を逸らすつもりでリアに告げた。
地図作成を専門としている冒険者もいると聞く。ものによっては魔獣の生息地、縄張り分布まで網羅されている。詳細な地図には作成者の名前も載るので名誉なことでもあるらしい。
「せっかく依頼してくれた人が添付してたのに?」
リアが言い、右腕を一閃させた。真っ二つになった鳥型の魔獣が転がる。
「いろいろ詳しく載ってて、魔獣の居場所まで分かるらしいから。今度どっか冒険に出る前は一応準備しておこう」
準備が勝負、という考え方もある。
ケイズは歩きながら背中に差していた杖を抜き、地面をつつく。
顔を顰める。水辺ばかりなので感知できる範囲にだいぶ制限があった。昔から水辺は苦手だ。
「悪い魔獣を探すときにあらかじめ分かっていいかもね」
リアも頷いているが、地図製作者たちは強敵から逃れるために載せているのではないかとケイズは思う。あえて指摘しようとは思わなかったが。
「この辺にも強い魔獣がいるの?」
リアが尋ね、するりとケイズの前に出た。先導するつもりのようだ。
「オオヅメグマって巨大な熊が出るらしい」
ケイズは即答した。上級の魔獣である。自分たちでも受理できる依頼に討伐依頼があった場合、すぐに受理するつもりでいたので、ケイズも上級魔獣については調べていた。
「しぶとくて強くて速いらしいぞ」
駆け出しの冒険者がうっかり出逢えば、逃げる間もなく殺されてしまう、危険な魔獣だ。それだけに棲息地や目撃情報については詳細に把握されている。
(そんな気にするなら駆除したほうがいいんじゃないかな)
ケイズもしぶとくて、強くて速い魔獣は苦手である。ましてや嫌いな湿地帯に棲息しているのだから二重苦だ。
「会えるかなぁ」
リアが無邪気に呟く。話しながらも手は休まずに動いていて、歩くのに邪魔な木の枝や草を切断し続けている。
「主に奥地にしかいないって話だから、今回は難しいんじゃないか」
本音はあまり会いたくない。しかし、出くわしたくないと言えばリアに情けない奴と思われるかもしれない。当たり障りのない返事に留めておいた。
地面を感知できる自分ならばともかく、リアも上手く歩きづらいぬかるみを避けて歩いていく。少し道をそれただけで沼に転落してしまう。本当に直感が優れているようだ。
2人はゆっくりなようでいて、常人ではありえない速度で進行していく。




