28 幸せのための密約②
相手との距離はかなり離れているので、ケイズは遠慮なく接近していく。といっても相手からは到底視認、知覚できるような距離ではない。数ケロメイル(キロメートル)は離れた距離の話である。
蜂の反応が、ダイドラ中心部にある貴族街とでも言うべき区画に至った。動かない。目的地に着いたようだ。
「都合が良い」
ポツリとケイズは呟いた。
雇い主のところへ報告にでも行ったのではないか。貴族街に住んでいそうな風体ではなかった。
当初は人気のないところで始末するつもりだったが、雇い主も纏めて相手取れるのであれば丁度良い。雇い主に辿り着けるまで何人でも、リアに付き纏う密偵は始末し続けるつもりだったのだ。
ケイズは足早に市場を抜けて、貴族街に至る。道はよくわからない区画だったが、目的地と方向だけは分かっているのであまり迷わなかった。
「でかいなぁ」
見上げてケイズは呟く。
目指す家は門番が正門に2名ついた豪邸であった。広い庭園の奥に、立派な白壁の屋敷が立っている。反応は屋敷の下からしていた。つまり地下にいる。
「ぐぁっ」
問答無用でケイズは、門番2名を土の腕で門柱に押し付けた。2人を無力化した上で門を開けようとすると、鍵がかかっている。
「な、なんなんだ」
更に生み出した土の腕で門ごと殴り飛ばしたケイズを見て、門番二人が驚愕する。紙切れのように門扉が飛んでいった。
曲者だ、と叫ぶことすらしない。あまり能力のある門番ではないようだ。その辺にいた若者を雇いました、という風貌である。せめて首から下げた呼子の笛くらい吹いてはどうかと思うのだが。
(まぁ、どうせ仮住まいか別荘とかだもんな)
ケイズは思いながら庭園を歩く。罠はない。自分やリアと事を構えるつもりだったにしてはあまりに簡素で無防備だ。
(気づかれないだろうって、たかをくくってたんなら、お粗末だ)
見下すような思いでいたケイズは足を止めた。
屋敷の門の前に5人の男が立っている。全員、抜身の剣を油断なく構えていた。手練である。門番2人に攻撃しただけでケイズの危険性を察知したのだから。
迂闊に歩みを進めれば一刀のうちに切り倒されるだろう。下手な罠よりよほど恐ろしい。自分も自分で、頭に血が上っていて、随分と相手方を舐めていたようだ。こういう相手がいることは想定していなかった。
「何の用事でこちらを来訪されたのか?」
真ん中の男が質問してきた。あくまで用件を、しかも狼藉者に対するにしては随分と丁寧な口調で。
(つまり、俺が誰だか分かってる。それだけでも相手の格がわかる)
何も知らず、無力化も容易かった門番2名とは違う。
ケイズは黙って睨み合ったまま、魔力を砂に変えて小規模な砂嵐を体の周りに発生させた。瞬く間に砂嵐は拡がり、5人の手練も呑み込んだ。
「くっ」
それでも全員、真っ直ぐケイズに向かい斬りかかろうとしてくる。正しい選択だった。距離を取れば更に強力な術をどんどんケイズは繰り出していける。
(いけるかっ?)
ケイズは更に砂嵐にかける魔力を増して砂の奔流とし、男達ごと壁に叩きつけた。押し切れなければ、地針で刺し貫いて殺すしかない。
一応、「塵旋風」と名付けている得意な術の一つではある。だが本来は強敵相手に有利な環境を作るために使う技であり、人に叩きつけるために使うものではないのだが。あまり決定打にならないのである。
「ぐはぁぁっ」
全員、屋敷の壁に叩きつけられて、意識が朦朧としている。そのまま門番と同様に土の腕で拘束した。
ケイズはほうっとため息をついた。
「そっちが俺を止めようと、それで済ませようとしてくれてるのに。殺すのは忍びなかったから、これで済ませられて良かった」
最初に誰何してきたリーダー格の男に近づき、ケイズは告げた。相手の敗因は睨み合ってしまったこと。詠唱を必要としない精霊術師のケイズにとっては魔力を練る時間だけが必要で、睨み合うのはその時間を与える愚策なのだった。
「な、なんだって、こんなことを」
驚いたことに男には意識があった。あえぐように尋ねてくる。気絶させたつもりだったのだが。他の四人はきっちりと完全に気絶している。
「俺としては、やらなきゃならないことだから」
ケイズは言いながら、少しだけ相手に興味が湧いた。自分としては珍しいことだ。
「あんた、凄いな。名前は?」
ある程度、相手の身元は分かっている。そして、相手もそれを分かっているから、名前ぐらいなら答えるだろう。
「ジェイレン・ホーキンズだ」
名乗り、ジェイレンが意識を失った。更に強くケイズに土の腕で締め上げられたからだ。せっかく生かしておけたのに、抜けられて死なすしかなくなったら、もっと忍びない。
ケイズとしては仕方のないことなのだった。
「手練の護衛、か」
ポツリと呟く。質の高い人間が付いているということで、相手の身分も知れるというものだ。
屋敷の門を開けて、遠慮なく、蜂の反応を目指して進んでいく。人の逃げていく気配がある。雇われていた庭師や料理人などの使用人たちだろう。
目当ての密偵はこの流れの中にいない。
地下にいて、ケイズの起こした騒ぎに、雇い主ともども気付いていないからだ。
派手に砂嵐を起こしたことによって、臨時で雇われた使用人たちが恐慌を来たしたようだ。多分、注進に上がるほどの忠誠心を持つものがいないのだろう。
(どうせ、どこぞの国の貴族か重鎮か。本邸、とかならしっかりした使用人もいて、こうはなってないんだろうにな)
ケイズは蜂の反応の直近に至る。やはり反応は間違いなく足元の地下だ。ただ、下り口が分からない。
(面倒くさい)
ここに来てケイズは若干困ってしまう。
無理矢理に崩すことは出来る。ただ、崩せば、一切のやり取りをすることなく死なせてしまう可能性があった。それでは意味がない。
結局、下り口を探して屋敷の一階を家探しする羽目になった。石造りであれば魔力を通してあらかたのことは感知できる。が、生憎この屋敷は木造だった。
杖で床板の1枚1枚、壁の1枚1枚を叩いて確認し、結局は書斎にあった本棚裏に通路があることに気付く。
「手間を取らせやがって」
ケイズは丁寧に本棚を除けて地下へと続く通路に足を踏み入れる。気分としては本棚を叩き壊してやりたいようだったものの、やはり書物に手を出すのは気が引けた。
ろうそくの灯りに従って地下への階段を降りていく。
やがて鉄製のドアの前へと至った。
「二人共、冒険者として生活するつもりのようで、早速」
中から声が漏れてくる。自分とリアについての報告のようだ。
ケイズは床を杖でつつき、土の腕を作り上げ、鉄製の扉を叩き倒した。
驚いてこちらに顔を向けた二人を、ケイズは更に土の腕で拘束する。
「ぐあっ」
「なにっ」
呆気なく二人とも拘束することが出来た。上にいた護衛の5人とはえらい違いだ。
ケイズはのっそりと二人の前に姿を晒した。部屋の中を見回す。書類にまみれた机と一対の椅子があるきりの簡素な部屋だ。
二人の人間を壁に押し付けて拘束していた。
一人は先程、冒険者ギルドのダイドラ支部にいた密偵。先程と同じ、くたびれた革鎧を身に着けている。
もう一人は髪に白いものの混じった40過ぎくらいの痩せた男だ。豪華そうな金縁黒色の上着から覗く手首が驚くほど細い。ぎょろりと飛び出た目がなんとなく鳥類を連想させる。どこかで見たことがあるような気がするが、まるで思い出せなかった。




