3 置き去り①
翌日、ケイズはリアの屋敷を再訪した。2本の杖を背負った茶色いローブ姿だ。だいたい外に出る時はいつも似たような格好をしている。というより服はこのローブ一着しか持っていない。
「酒臭くないよな」
袖の臭いを確認しながら呟く。幸い、酒の臭いだけはしない。
一晩、師匠と飲み明かした。二日酔いが抜けるのを待っていたので、もう夕方近い。
(いくら何でも、これから口説くってのに酒の臭いをさせるわけにはいかないもんな)
何年も待った好機にいざ向かおうとなって、柄にもなく緊張している自分にケイズは気づいた。
「しかし、こんな場所だったっけ?」
正門の前に立って、ケイズは首を傾げる。いつもならば槍を持った守衛がいるのに今日はいない。中からも人の気配をまるで感じなかった。余計なものを剥ぎ取り、中身も空っぽの、まるで抜け殻のような雰囲気だ。今までは軍営のようなものものしい雰囲気を放っていたのに。
「まぁ、裏を返せば、黙って入っても問題はない、と」
前向きに捉え、ケイズは門を杖で押して開ける。施錠もされていない。独り言を言っている段階で、黙って入っているわけでもないのだが、何か気が引けた。
普通の貴族屋敷にあるような庭園はない。代わりに練兵場が正面に設けられていた。
(静かすぎる)
ケイズは右手に持った杖で地面を突いた。魔力を地面に流し込むことで、流した範囲の地表面の変化を感知することができる。
念の為の措置であり習慣のようなものだが、無駄ではなかった。音もなく、気配も消して8人が背後を取ったことに気付けたのだから。
どんなに気配を消しても物理的な振動までは消せない。
「なんだ、お前ら」
低い声で呟く。
ゆっくりと振り向いた。
全身黒尽くめの集団だ。全員同じ格好で目元以外隠れている。男女の別すら分からない。
「お前こそ何だ、どこの者だ?」
8人のうちの誰かが訊き返してきた。不意を討とうとして失敗したから、いっそいろいろ確認しようということか。
リアのいた屋敷に一見して密偵のような連中がいる。つまり現状はそういうことで、のほほんと入ってきた自分に戸惑っているということらしい。
(まぁ、婚約破棄されたリアには政治的な価値は薄いけど、希少な精霊術師ではあるわけで)
ケイズは黙ったまま思考を巡らせる。あわよくば攫う気でいたのであろう。
(敵だな)
ここまで考えてからケイズは魔力を練り上げる。
「俺を確実に殺すなら、奇襲で迷わずにやりきるしかないのに」
答えずケイズは呟いた。
殺気を感じたのか弾かれるように四人が飛び退き、残りの四人が刃物を閃かせながら飛びかかってきた。
全員手練だ。動きは速い。
ケイズは飛びかかってきた四人を、砂の弾丸で撃ち抜き絶命させ、残りの四人を地面から巨大な腕を生じさせて握りしめ、生き埋めにした。
「馬鹿な、詠唱もなしで。お前は魔術師ではないのか」
生き残った四人のうち一人が喘ぐように言う。
もし自分が魔術師であれば至近距離で背後を取られた段階で、詰んでいた。相手は高を括っていたのだ。
「俺は精霊術師だ」
ケイズは静かに告げる。
この世界には魔力を使う職として、魔術師と精霊術師がいる。魔力を扱う点は共通しているが、魔術師は詠唱を必要とし、頭の中で術式を思い浮かべることで魔力を術に変換する。
(無詠唱っていうのもあるらしいけど、簡単な術だけだ)
一方、精霊術師は体に直接、自らの魔力を餌に精霊を住まわせているので詠唱は要らない。精霊に命じて自分のイメージ通りに魔力を錬成・操作する。だから魔術師よりも術の速度も威力も出しやすい。
「まぁ、不便なこともあるんだけどな」
ケイズは四人を置き去りにして、屋敷の中へ向かう。
一見、精霊術師は便利だが、ついた精霊の属性以外は技を使えない。かといって、どういった精霊がつくかを自分では選べない。そもそも精霊が宿る時期が胎児の段階であり、狙ってなれるものでもない。挙げ句、その段階で魔力の保有量が少ないと、ついた精霊に命ごと喰い殺されてしまう。
「死ななくて良かったな」
ケイズは誰にともなく呟く。敵も手練れであり、簡単に倒したようで、4人は余裕がなくて死なせるしかなかった。
(進んで、どうでもいい殺生をするのも気が引ける)
砂を錬成して自分の精霊である地蜂を顕現させる。あまり派手な精霊ではないが、自分では何かと便利で強力な精霊でもあり気に入っていた。
無数の蜂を生み、扉を開けて屋内へと放つ。蜂が何かを感知すれば自分にも分かる。
(何があったか痕跡だけでもあれば、な)
リアを口説きに来たのに、現状では誰もいない。ケイズは困惑していた。
(どこかに行ったのなら探し出すまで、だけど)
長年、好機を待ち続けてきたのだ。今更、リアを諦めるつもりなどさらさらない。
(いくらなんでも、この異様な有り様が一体、何なのか。想像もつかないから不安だ)
ケイズは思い、ゆえに精霊の力を駆使してリアか関係者を探すこととしたのであった。