27 幸せのための密約①
ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部にある応接室でリアと向き合って座っていた。
コボルトの討伐依頼を終えてから3日が経っている。
今日のリアは緑色のワンピースという女の子らしい出で立ちだ。太腿のちらりと見える剣帯は、服装にそぐわないものの、とても可愛らしい。聞けばニーデルから持ってきたホクレンの道着以外はフィオナからのお下がりとのこと。
「怒られちゃったね」
ションボリとリアが言う。お行儀よく揃えた細い脚にケイズはつい目が行きがちだ。
二人を挟むテーブル卓の上には青い布の包みが置かれていて、これが怒られた原因だ。
「あぁ、恥ずかしいな」
ケイズも同意した。
依頼を無事にこなし、より親しくなったので、リアとの同棲を認めるようフィオナに迫ったところ、『なってない!』と一喝され、この応接室に押し込められたのだ。そして、この青い布の包みと向き合う羽目になっている。
「多分、ケイズの言っていることは私の考えていることとズレてる、と思う」
リアがじとりとした視線を向けて言う。
布包みの中身は一度、ほどいて確認している。
コボルドリーダーの黒い毛や爪、牙などの素材だった。タソロ村の村長が届けてくれたものであり、昨日ギルド宛に到着したそうだ。
売ってもいいし、自分たちの遣う武器の素材にも出来る。特に、コボルト由来の素材は風の属性を持っているのでリアの短剣に使えるのが良い。とてもありがたいのだが、自分とリアが素材を回収する作業をしようともしなかったことが、フィオナにバレてしまった。
「ところで、リアはいつになったら、俺にお仕置きという名のご褒美をくれるんだ?」
ケイズはリアにもっと重要なことを思い出させた。
油断して負傷しかけた自分を、リアが本気で心配してくれた。抱きしめてもくれている。やはりだいぶ距離は縮まったのではないか。ケイズは思い出して、フィオナからの不遇な扱いに不満を覚える。
リアがキッと自分を睨みつけてくる。怒った顔だ。
今こそお仕置きをしてくれようと、表情を作っている。そう、ケイズは解釈した。
「ケイズの馬鹿っ、知らないっ!」
叫び声とともに、碧色の風が巻き起こり、テーブルを下からすくい上げて、ケイズに叩き付けてくる。
「ぐえっ」
テーブルの直撃を食らったケイズは、無様な声を上げてひっくり返り、ぷりぷりと怒って立ち去っていくリアを見送るしかなかった。
「また、リアちゃんを怒らせてるよ」
「変態的なことをしたのか言ったのか」
「リアちゃんも大変だ。変態に引っかかっちまって」
部屋の外からは、ひそひそと話す声が聞こえてくる。
すっかりリアは冒険者ギルドのダイドラ支部において、よく知られる存在となりつつあった。フィオナの妹分のような認識らしい。いつもフィオナの事務仕事を手伝っているからだ。冒険者同士の喧嘩があれば、仲裁や両成敗をすることもあるとのこと。
ケイズはリアからのお仕置きという名のご褒美に満足しつつ、机と椅子を並べ直して部屋を出た。褒美をもらった以上、片付けは当然、自分の仕事だ。
(精霊術まで使う本格的な罰って感じが良かったな)
感想を抱いていると、視界の遠くにいるリアが背中を向けたままブルッと震えた。なぜか寒気を感じたようだ。
「さてと」
ケイズは呟いた。
受付の近くにある喫茶スペースに、くたびれた黒い革製鎧と剣を身に着けた男がいる。コボルトを討伐した翌日くらいから姿を見るようになった。30歳代くらいの男だ。灰色の髪に中肉中背、目立たない風貌の男だ。
密偵である。仕草や気配でそれとなくケイズやリアには分かるのだ。強いて根拠を挙げるなら『自分やリアを気にしまい』とする気配が強すぎる。
(早い、な。それにしても舐めてるな)
どこかの国にいずれ嗅ぎつけられるとは予想していたが、いささか早い。ケイズは忌々しく思いながら魔力を錬成する。
いつも派手に動くときは杖を使うようにしてきた。
だから、自分を知っている人間は杖の動きを用心してしまう。本当は杖を使わずとも、魔力を土や砂に変え、だいぶ多くのことができる。
砂で作った小さな蜂を、男の背中に張り付かせた。
多分、リアも男の存在、密偵には気付いている。神経にも障るのだろう。自分に怒った振りまでして、苛立ちを伝えてきたのだ、とケイズは解釈している。
以前、リアに『全部自分でやらないでね』と言われたが、やはり危なっかしいことや面倒事には触れさせたくない。護りたいのである。それに今回は大した手間にはならない。
ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部を出て、市場の方へと足を向ける。青い布包みは杖にくくりつけておいた。
密偵の方はしばらく放置しておく。動き出すまでは待つしかないからだ。相手はまだ冒険者ギルドにいる。待っている間に用事を済ませておきたかった。
裏通りにある古ぼけた武器屋にケイズは至る。レガート武器屋だ。
「いらっしゃい」
レガートが愛想のかけらもない仏頂面で声をかけてきた。相変わらず売る気のない風貌である。
現に今も他に客はいない。
「なんだ、ケイズ一人か。嬢ちゃんはどうした?変態すぎて嫌われたのか」
レガートはケイズを呼び捨て、リアのことは『嬢ちゃん』と呼ぶ。
「俺が変態かはともかく。嫌われてはいない。いや、むしろ熱熱だ」
ケイズは自信満々に告げる。証拠として先程のご褒美について教えてやりたいくらいだ。
しかし、今日は別に話したいことがある。
「リアに内緒で、いま、作ってもらってる短剣にこれを入れてもらいたい」
ケイズは卓の上に、冒険者ギルドのダイドラ支部から持ってきた、布の青い包みを置いた。
「コボルドリーダーの爪に牙に毛か。どうしたんだ?」
レガートがしげしげと素材を眺める。
「触っていいか」
尋ね、ケイズが答える前に勝手に吟味しだしている。
「この間、初めて依頼受けたんだが。一匹混じってたんで駆除した」
端的にケイズは説明した。先日の注文で別の材質での作成を既に頼んでいる。もう作り始めているなら、また今度、特注品を作ってもらうしかなかった。
「納期を伸ばしてもらえれば、あと、少し手間がかかるから追加の料金もかかるが、それでもいいか?」
レガートが顔を上げて告げる。
作業が煩雑になる以上、追加の料金がかかるのは当然だった。
(リアに少しでも良いものを贈りたいからなぁ)
実際、本人には仕事上の経費という方便を使っているので贈り物ではないのだが。どうしてもケイズは贈り物という認識を拭えないのだった。
更にレガートと詳細な詰めを行い、今、取り掛かっているという杖の進捗を見せてもらった。
「お前の杖、だいぶ傑作になりそうだが。『地角杖』って名前を彫り込んどいていいか? 」
レガートが笑顔で尋ねる。
「性能が良いならあとは何でも良いけど。料金がまた上がるのか?」
ケイズは逆に聞き返した。名前を彫り込むくらいならさほど額も変わらないのだろうが。
「かからねえよ。俺のやる気の問題だ」
レガートが苦笑する。
はっきり、名前があれば便利は便利かもしれない。今まではただの木の杖を使っていたのだから。
「楽しみだ」
ケイズは告げてレガートの武器屋を後にした。
人通りの中に出る。昼頃の一番人の出の多い時間帯だ。
額の汗を拭い、ケイズは歩き出した。ジメジメと暑いダイドラの気候にはまだ慣れられそうもない。見かける人たちも大体は薄着だ。
「動いたな」
ポツリとケイズは呟いた。
密偵につけた蜂が動いている。自分の魔力なので動けば感知できる。先日タソロの村でやった手法は人の多いダイドラ市内では有効ではない。足の振動が多すぎて、さすがのケイズも判別出来ないからだ。
なお、離れ過ぎれば、蜂を形成する魔力が風化して消える。ダイドラ市内であれば問題はないのだが。
ケイズは蜂のある方へと歩み始めた。相手が密偵ならばいろいろと手を打たなくてはならない。
(面倒事にならないといいんだが)
ケイズは恨めしく思いつつ、照り続ける太陽を見上げた。




