26 コボルト迎撃⑥
コボルトたちが雄叫びをあげる。夜襲のときとは違って正攻法ということで、魔獣なりに士気を上げようと知恵を使っているようだ。
(無駄なことを)
思いながらケイズは杖で地面を突く。
1匹につき1本、合計50本の地針を放つ。
「すごい」
ボソッとリアが零した。
視界がすべて針で埋まる。
「手応え有り。何匹で来ようがコボルトくらいなら」
ケイズはリアに感心してもらえて得意な気持ちになってしまう。本来は戦闘中に得意になるなどご法度だ。
地針を多数放つ場合、威力と本数は反比例の関係にある。一度に多くの本数を撃つほど威力と速さは落ちる。
「終わり」
ケイズはほぅっと肩の力を抜いた。
昨日の攻撃を避けられた相手に今日の地針を避けられない訳がないにも関わらず。
「ケイズっ!」
鋭い声でリアが叫ぶ。
ケイズの視界が翳る。
とっさに地面を転がった。ケイズのいたところを黒いコボルトが斬りつけている。
「大丈夫?」
リアが自分とコボルトの間に立つ。まるでケイズを庇っているかのようだ。大好きな女の子に庇われている。何かたまらない気持ちになった。
「すまん、気を抜いてた。舐めてた」
ケイズは立ち上がりながら謝罪する。リアに警告されていなければ負傷は免れなかった。
「戦ってる時に敵を舐めちゃダメ」
リアが太腿の剣帯から短剣を2本抜いた。視線は敵に向けたままだ。
黒い毛並みに通常よりも二周りは大きい体躯。コボルトの上位種であるコボルドリーダーだ。右手に鉈刀、左手には円盾を持っている。
「後でお仕置き」
リアがうっすらと笑みを浮かべて告げる。どこで覚えた言い回しかも分からないが、ケイズはドキッとさせられてしまう。
「リアからのお仕置きなら大歓迎。むしろご褒美だな」
思わず口に出してしまう。敵を目の前としている今でなければ、すぐにでもやってもらいたいくらいだ。
「ケイズ、気持ち悪い」
リアが肩をブルッと震わせる。悪寒を感じさせてしまったようだ。
悠長に話していられるのは、コボルドリーダーが飛びかかって来ないから。
手下たちをを一瞬で2度も失い、今は圧倒的に強いリアと単独で対峙している。警戒しているのだ。
「あっ」
最寄りの民家から少年が一人、飛び出してきた。先を走る猫を追っている。飼い猫が家から出てしまい、浅はかにも追いかけて出てきたようだ。
「レインっ、待ちなさい!」
遅れて家の中から悲鳴のような女の声。母親だろうか。
コボルドリーダーの注意がそちらに逸れた。ケイズ達より少年に近い位置にいる。
(マズイな)
ケイズは土壁を作って護ろうかと思った。既にコボルドリーダーはより弱い獲物に引きつけられている。顔を向けて動き出そうという構えだ。
先にリアの体が動く。髪と眼が碧色の光を放っていた。
「もうっ」
一声残して姿が消えた。
自分もコボルドリーダーも反応できない速さだった。コボルドリーダーの懐に潜り込んでいる。魔眼で向上させた身体能力で、斬り上げるように短刀を一閃させた。
一撃のもとにコボルドリーダーは首を斬られて絶命した。
「あ、あ」
猫を抱いたレインなる少年がコボルドリーダーの死体とリアとを見比べて、口をパクパクさせている。
「よしっ」
満足気にリアが仁王立ちしている。助けた少年には興味のかけらもないようだ。
「今度こそ仕事終了だな」
ケイズは告げ、リアの方へと歩み寄る。
リアに抱きつかれてしまっていた。
「ケイズの馬鹿。あんな弱い奴に油断して怪我させられたら馬鹿みたい。んーん、違う、大馬鹿」
戦闘中は張り詰めた中、顔には出さなかったが、余程、不安になったらしい。
自分の胴体をリアがギュッと抱き締めてくる。顔も腹のあたりに押し付けてきて、ケイズは不謹慎なことに今、天にも登るような心持ちであった。
「リア、お仕置きじゃなくて、最高のご褒美になってるけど、いいのか?」
幸せな気持ちのまま、ケイズは指摘する。間の抜けたことを自分でも言っている気もするが、もうよく分からなかった。
「あのー、取り込み中のところすまないが」
遠慮がちに村長が声をかけてきた。
駆除が終了したと察して、村人たちもケイズとリアを囲んでいる。
「まだ、何か文句でも?言われなくとも死体はもう片付けますよ。駆除が終わったのでね」
ケイズはリアを抱きしめた状態のまま、村長と村人とをにらみつけて告げる。
リアがそっと自ら離れていく。衆目に晒されたと分かり、恥ずかしくなったようだ。耳まで真っ赤になって俯いている。
「いや、とんでもない。こっちとしては文句はないんだが。巣の掃討はこれからするのかね」
村長が複雑な表情で尋ねてくる。他の村人たちも似たような表情だ。
(話を聞いてないのかな、また巣だの根城だのって)
ケイズはいい加減うんざりしていた。
「だから、駆除は終わりです。もう周辺にはコボルトは一匹もいません。コボルトリーダーまで退治しきってるんだから」
村周辺にコボルトたちが集まりやすかったのは、纏め役のコボルトリーダーを駆除しきれていなかったからだろう。我ながらだいぶ丁寧な仕事をしたものと思うが何に不満なのか。
「あぁ、まぁ、そうなんだろうけど、コボルトはこの辺りではよく見かける魔獣でね」
奥歯に物の挟まったような言い方を村長がする。
「じゃあ、この辺一帯の地形ごと変えましょうか?洞穴という洞穴、俺なら全部消せますよ?」
ケイズは村長の言葉を遮って告げる。今もまだ周辺一帯の地表面を掌握しているので、魔力はかなり使うが不可能ではない。
「財宝だよ」
村人の誰かが業を煮やしたように口を挟んできた。
「奴ら、ねぐらに財宝を溜め込む性質があるんだよ。これだけの数がいたんなら、かなり溜め込んでたと思う。今までの冒険者たちは財宝が手に入るから、20匹分の報酬で全部倒してくれてたんだ」
何を言っているのかさっぱり分からなかったケイズとリアに対して、言い出した村人が丁寧に説明をしてくれる。
ケイズはリアの顔を見た。目が合う。首をブンブンと横に振られた。
「それは、知らなかった。まぁ、20匹も全滅も、俺にはあまり手間変わらないし。報酬安いけど、まぁ、いいや、と」
誰にともなく言い訳じみたことを言い出してしまう。
村人達が今朝冷たかったのも、子供が20匹だけコボルトを駆除し、満足して帰るつもりと誤解したからのようだ。
「君たちはとても強いんだろうけど、なんていうか」
村長が言いにくそうにした。
「世間一般ってもんを知らねえ。大人と一緒にいたほうがいいぞ」
事情を説明してくれた村人がまた告げる。
リアがションボリしていた。ケイズも何だかガッカリさせられてしまう。何をどう間違えたわけでもないのに未熟さを痛感させられる。
「いや、すまねえ。畑も家畜も俺ら自身も助けてもらったのに、こんなこと言って。うちの子のレインだって直接危ないとこ助けてもらったのにな」
説明してくれた村人は、猫を追いかけていたレインという少年の父親のようだ。
「そうだ、君たちのおかげで助かったのは間違いない。コボルドリーダーまで倒してくれた冒険者は初めてだよ」
村長も言葉を足して労ってくれる。
「ただ、ちゃんと大人の冒険者も一緒だったら、状況が違ったと思うよ」
結局、自分とリアが世間知らずだった、ということだ。ケイズも魔獣の倒し方は叩き込まれたがどうやって収入と結びつけるかはよく知らない。
(はぁ、でもリアとの二人きりも捨て難い)
ふぅっと大きくケイズはため息をついて、杖で地面をつつく。
地面が隆起し、70体分のコボルトを一瞬で呑み込んだ。あとにはなにもない地表面だけが残る。
「すげぇな」
村人たちがどよめいている。
(今更何を。地針を数撃つ方が大変なんだけど)
ケイズは冷めた目で眺めていた。
「死体も片付けたんで、俺らはダイドラに帰ります」
見るとリアが先程助けた少年のレインと話している。リアに色目を使っている雰囲気ではない。
「本当にありがとう、誤解しないでほしい。本当に感謝してるんだ」
まだ、自分たちの何かを村長も村人も心配しているのだろうか。ありがたい、とばかり言い過ぎな気もする。
「リア」
呼びかけると、リアがレインの頭をよしよししてから、近づいてくる。
「何話してたんだ?」
村から出てしばらく歩いてからケイズは尋ねる。
「ありがとう、って言われてたの」
答えるリアは心底嬉しそうだ。
「お礼、言われるのって本当に嬉しいね」
リアが更にいう。今にもくるくると回りだしそうだ。
「そうだな、もっと言われるように頑張りたいな」
ケイズも相槌を打った。
収入はともかく、きちん人の役に立てたなら、リアにとっては成功と言って差し支えないのではないかとケイズは思うのだった。




