24 コボルト迎撃④
「コボルト20匹って、多いの?」
リアが話題を変えた。一通り身の上話をして、いよいよ本件依頼のことが気になったのかもしれない。
まだ、ケイズの索敵範囲にはコボルトらしき魔獣の振動はない。中型くらいの魔獣が遠方を闊歩しているものの、本件とは無関係だ。
「多分、もっといる」
端的にケイズは答えた。
既に村人たちの姿は屋外にない。ケイズの言いつけどおり柵より内側で夜を越すつもりのようだ。
「実働で20匹なら巣には倍くらいいるんじゃないかな」
コボルトは目撃した数の3倍はいる、と有名だ。元が犬だからか繁殖力も高い。
「じゃあ、来るやつ倒しても解決しない?」
村長の、巣が云々、という発言のせいでリアも巣を討伐したほうが良いかもしれないと考えたのか。
「仲間意識が強い上に、餌場への執着も強いから。ここで全滅させればまず間違いなく、次は総攻めで来る。2回迎撃して解決だと思ってる」
何匹かを逃せば巣の位置も割り出せるかもしれない。そこまでする必要性をケイズは感じなかった。死体を晒すとなおいきり立って突っ込んでくる。
(その巣以外にも、住みやすい洞穴か何かが多い地勢だと、一箇所潰してもなぁ)
いずれまたコボルトが住み着いて似たような依頼を出すことになるのではないか。それが嫌ならもう村を放棄したほうが良い。
「ケイズは物知りだね」
リアが手放しで褒めてくれる。くすぐったいような気持ちにケイズは襲われた。
主だった魔獣は師匠のキバとともに駆除するところまで経験している。2,3年を費やして、各地で魔獣を駆除して回ったものだ。
「私、何も知らない」
なぜかリアがまたショボンとする。
「知らないだけだろ。お互い16年って同じ時間使って鍛えてるんだから、総合的には似たようなもの。リアが出来て俺には出来ないことだって、いくらでもある」
ケイズにせよ、短剣は振れない、武器の目利きも出来ないし、フィオナの事務仕事は手伝う気さえ起きない。依頼書を見るのも面倒くさい。
(うん、割と俺は駄目人間なんじゃないか?)
ケイズも思い至り、少し沈んでしまう。
ふと西の方から振動が伝わってくる。軽い者が多勢で移動しているようだ。
「来たな」
ケイズはポツリと呟いた。
総勢24匹のコボルトたちだ。まだだいぶ距離があるが、確実に接近してくる。
「私、まだ分からなかった」
なぜかリアが憮然とした顔で言う。由々しき事態、といわんばかりの様子だ。
「あらかじめ張ってる分、今回は俺のほうが早かったな」
にやりと笑ってケイズは言い、立ちあがった。ローブについた砂を払う。
「うち漏らすことはないと思うけど。いざとなったら村の人を頼む」
うち漏らす、というより、あるとすれば見落としのほうだが、一応ケイズはリアに頼んでおく。
「了解」
リアが了承し、闇の中に気配と姿を消した。ご丁寧にどこかの民家の屋根に飛び乗ったようだ。
しばしケイズはコボルトを待つ。
襲撃方向は先日と同じ、畑と家畜小屋の固まっている区域だ。人の住んでいる区画とは少し離れている。
ケイズはほぅっと息を吐いた。ぎりぎりまで柵に引き付ける。総勢24匹が柵の最寄り、森のぎりぎりで一旦止まった。
さすがに見張りなどがいないか用心しているようだ。
やがて何も危険がないと判断したのか、進み始める。一匹だけ離れたところにいる。地針の射程ぎりぎりのところだ。
ケイズは杖で地面を突く。一瞬のことだった。
「ぎゃっ」
「ぐぇぅっ」
くぐもった悲鳴が夜の闇に響く。
一匹に対して一本ずつの地針。直接、目では見えないが地面から伸びた針で急所を串刺しにしている筈だ。
「ん?」
2つ、離れていく反応がある。地面を踏む振動で分かる。
「外した、のか。いや、避けられた?」
戸惑ってしまう。
死角の足元から矢よりも速い速度で撃ち出している。
(コボルトみたいな下級魔獣ごときに避けられる筈はないんだが)
ケイズは忌々しくなって舌打ちする。リアといちゃついていて腕が鈍ったのだろうか。
「すごいね、一網打尽」
リアが隣に立って言う。褒めてくれているが油断はしていない。闇の中にもさり気なく注意を払っている。ヒエドラン王子の横でいつもおどおどしていたのが嘘のようだ。
「二匹逃した」
ケイズは報告する。褒めてもらっておいて恥ずかしいことこの上ない。
「でも、こっちに来たの、いないし。一応成功でしょ?」
リアがケイズの顔色を窺うように尋ねてくる。
「まぁ、そうだなぁ」
自信満々で攻撃を外したケイズとしては手放しで喜べないのであった。
「あ、私、出番全くない」
はっと気がついてリアがまた由々しき事態の顔をする。
「無いほうがいいんだよ。こういう時の出番は」
ケイズは苦笑してたしなめる。戦う時のリアは極めて冷静で反面、好戦的だ。
「せっかく武器、買ってもらったのに」
まだリアがむくれている。
自分に良いところを見せようと思っていてくれたなら可愛い限りだ。
「使うと刃こぼれするんじゃないか?」
言いながらケイズはコボルトを始末した柵の方へと向かう。一応、状況は自分の目で確認しておきたい。
「私、そんな下手じゃないもん」
リアが口答えしながらもついてきてくれる。
二人とも真っ暗な中でも障害物に躓かない。問題なく柵に辿り着いた。
地面から伸びた針に、22匹のコボルトが突き刺さっている。青い毛が特徴の犬たちだ。ケイズやリアの腰ぐらいまでの体高である。今は地面に落ちているが、人間から盗んだ剣や斧などを遣う。
「かわいそう、かな」
ケイズは以前のリアとの会話を思い出して尋ねた。確か青鎧牛の時だ。
日が昇ればなかなか凄惨な光景と思う。
「んーん、人を襲うんなら仕方ない。私達人間だって死にたくないもの」
リアがじっとコボルトたちを凝視しながら答えた。
「そりゃそうだ」
ケイズは相槌を打ちながら、林立する針の間を歩く。手応えの通り、一本だけ空振りしていた。何も刺さっていない。
「ケイズは疲れないの?すごい広い範囲を感知したり待ち伏せしたり。次は私がやろうか?」
リアがケイズを気遣ってくれる。コボルトの死体を見ても顔色一つ変えない。王都ニーデルにいた貴族の令嬢ならとうの昔に卒倒しているだろう。
「これくらいなら一週間は大丈夫」
ケイズはリアの優しさに喜びつつも、思考を巡らせる。
死体がないとコボルトたちを誘き寄せられない。先は仲間意識といったが、実際、コボルトたちがなぜ仲間の死体に引き寄せられるのかは謎だ。餌場への執着はあるだろう。一度味をしめるとそこに通い詰める性質もあるからだ。
「ホントに疲れてない?」
考えているとリアの顔が接吻できそうなくらい近くにあった。暗くてよく見えないのだが、心臓に悪い。
(うおおお)
慌ててケイズは身を引く。
「よ、余裕」
一体、何が余裕だというのか。コボルトの死体に囲まれた空間に関わらず、ケイズの心臓は大きく鼓動している。
「とりあえず戻ろう。多分、逃げたやつもいるから今日の昼くらいには来ると思う」
ケイズはまた村の中心へとリアを連れて戻る。
また胡座をかいて座る。すると、リアが隣に座り込んで今度はうつらうつらと船を漕ぎだした。
(えー、リア、なんで)
散々疲れていないか心配しておいてなぜ、リア自身が寝てしまうのか。
退屈だったのだろうか。単に本当に眠いのか。今は眠っておいて夜が明けたら頑張るという健気な心がけなのか。
(いや、もうきっと俺に気を許して、安心してるよ、信頼してるよって意思表示か)
ケイズはあらゆる可能性を頭の中でぐるんぐるんと巡らせ、退屈せずに忙しく夜を越えた。
日が昇ってしばらくすると村長が慌てた様子で駆け寄ってくる。




