23 コボルト迎撃③
「精霊、術?」
村長が首を傾げている。一般にはあまり知られていない職種なのだった。絶対数からして大陸全体でも数えるほどしかいない。
「魔術師の上位職とでも思って下さい」
ケイズはため息をついて答えた。本当に極めた人は魔術師であろうが精霊術師であろうが強い。精霊術師が上位というのは、だいぶ語弊のある表現だが、とりあえず理解は得られやすいだろう、とケイズは判断した。
「あぁ、なるほどね」
現に村長も納得はしたようだ。
ケイズは更に状況の聞き取りを開始する。
「コボルトは何匹くらい見かけましたか?」
ケイズは頭数から始めて、襲撃地点、回数、時間帯、被害状況などを事細かに確認しては、ローブの袖に仕込んでいた紙に書き込んでいく。
リアも隣で真面目に聞いている。
「ケイズ、武装を確認してない」
「ケイズ、どういう隊列だったか聞いてない」
時折、ケイズの至らぬ点を横から指摘してくる。
結果、村長を質問攻めにしてしまって、ひどく疲れさせてしまった。おまけに村長の答えられない質問があると、リアが咎めるように村長を睨んでしまう。もっとも、ほとんどリアからの質問は、村長には答えられないようなものばかりだったが。
(リアはお利口だけど、礼儀と気遣いは知らないもんなぁ)
一緒になって根掘り葉掘り質問していた自分を棚に上げてケイズは思った。
「大体、分かりました」
一通り聞き終えて、ケイズは紙をしまう。
露骨に村長がほっとした顔をする。
「しかし、すまないね。連中の巣はどこだか分からないんだ」
なぜか次にすまなそう顔で謝られてしまった。
とっさには言葉の意味がケイズには分からない。
「巣を討たなくても、多分、今晩辺り攻めてくるから、迎撃しますよ」
念の為、ケイズは自分の方針を告げてみた。
「えっ」
村長が驚いた顔をする。
「俺、そっちのほうが得意だし。巣を探しに行っている間に襲撃されたらマズイでしょ」
無防備な村では太刀打ち出来ない。自分とリアも村に被害が出ては、最初の仕事から失敗ということになる。
「それは、そうかもしれないが」
村長が口籠る。他の冒険者は今まではどういう戦い方をしていたのだろうか。巣に自分たちが行っている間の防御策は講じてあるのだろうか。
疑問は尽きない。
「ケイズ、村の人は、村で戦われるの嫌なのかもしれない」
リアが畑を見ながら口を挟んできた。確かに農作物が踏み荒らされるのは心配だろう。
「あぁ、なるほどな。でも大丈夫。俺がいればコボルトは柵の中に一歩も入ってこれないから」
ケイズは言い、村長に背を向けた。話は決まった、と思う。村長はこちらが若いから何かと不安なようだが、本来なら自分一人でも大丈夫な仕事だ。ダメ押しにリアもいるので間違いは起こらない。
「とりあえず俺は迎撃の準備をしていますが、お構いなく。村の人は普通にしててください」
ケイズは言い、重要なことを伝えるべし、と気づいた。
「あ、でも柵より外へは俺が良いって言うまで出ないように。巻添えを喰いますよ」
コボルトと人間の区別くらい大丈夫だろう、と自分では思うが、憶測で誰かに怪我をさせるのも申し訳ない。念の為、である。
「何をする気か分からなくて怖い」
ボソリと村長の呟きが聞こえた気がする。
ケイズは無視して村の中心へと向かう。
「ここでいいか」
ケイズは背中の杖を1本抜くと、地面に突き立てた。さらにその場に胡座をかいて座り込む。
「何してるの? 」
リアもケイズの隣に腰を下ろして尋ねる。
村人たちが奇異なものを見る目で眺めてくる。ただ邪魔はしないようにという村長からのお達しでもあるのか、特に絡んでは来ない。
(ま、やりやすくていいな)
腰を据えて戦うのは得意中の得意だ。それでも集中力は要するので、リア以外とは話もしたくない。もとい、そもそもリア以外の人には全く興味がないだけである。
「地面に魔力を通してる。こうしておけば、範囲内で地に足つけて移動している奴らの振動がすぐ分かる」
杖を通して、円形に魔力を拡げていく。更には地面と自分の魔力で作った土を混ぜ合わせて一体化させる。
「あ、いつもやってるヤツ?」
無邪気にリアが尋ねてくる。
青鎧牛のときや黒騎士との戦いでも見せていた。ただ規模が違う。
「そう、それを今、ケロメイル(キロメートル)単位でやってる。さすがに長時間、広範囲にやるのには集中しないとだから」
更に柵の外側、数メイルと内側にいつでも地針を発射できるように仕込んでいる。
今、このタソロ村はケイズによる精霊術の要塞となりつつあるのだった。腰を据えた自分を倒すのは、魔獣で言えば上級魔獣の更に上でも、あるいは人間の数千規模の軍隊でも難しいと思う。
コボルト討伐の任務を、前向きに受託した理由であった。
「じゃあ、私はお空を飛んでくるのがいたら、叩き斬ればいいの?」
リアが自分の役割を確認する。
実のところ、リアの手はあまり煩わせたくない。
力を温存したい、というのは精霊術師の基本的な戦術である。戦いに単一の属性しか使えない。時には不利な属性とも戦わねばならないのだ。そういう場合は力押しでゴリ押しに押していく。そのためには、なるべく実力を出さずに温存しておいたほうが良い。
「コボルトが飛ぶとは思えないから。本当にいざって時か俺のうち漏らししかリアの出番はないと思う」
リアにとっては不本意だろうか。思ってはみるが村の人の命も大事だ。一番安全確実な選択をすべきだろう。
「たぶん、待ちばかりで退屈だから。どこかで休んでたり散歩したりしててもいいよ」
隣でずっと座っているのも退屈だろう、とケイズは思った。
「んーん、一緒にいる」
リアが膝を抱えて座る姿勢のまま、体を傾けて寄せてきた。
とんだ大喜びだ。
ケイズの集中力が乱れる。結果、さらにケイズの魔力も乱れる。
内緒でまた魔力を張り直した。
「一緒にいるようになったけど、ケイズのことあんまり知らない。お話しするのにちょうどいい」
リアが前を向いたまま言う。旅の間は何を話していいか分からず。多分リアは緊張して、一方自分は浮かれていて、あまり身の上話をしていない。
「でも、俺、地蜂に食われかけてたから、それより前の記憶が消えちゃったんだよ」
正直にケイズは打ち明けた。
「だから話せるのはせいぜい数年分くらい。師匠と修行し出してからかな」
リアに惚れ込んだ理由はさすがに自分としてはこそばゆいから胸に閉まっておこうと思っている。
「思い出のあることだけでいいよ」
リアも精霊術師だから、似たような時期もあったのだろうか。
聞いてみたいという気もする。
ケイズとリアは日が暮れるまで話し続けた。リアがしてくれたのはナドランド王国に来る更に前、ホクレンでの幼いころの思い出だ。
ケイズから見て、義兄にあたる人も義姉にあたる人もリアにとても優しかったらしい。後になってリアもひどく珍しい事例だ、と知ったという。ホクレン将軍家は代々、身内に淡白だったらしい。
「兄様はいつも猫可愛がり。姉様も私に可愛い格好ばっかりさせようとした」
憮然とした顔でリアが言う。由々しき事態、の顔である。
「それでも政略結婚を?」
ケイズは思わず尋ねていた。聞いている限り、嫁に出すことすら嫌がりそうな溺愛ぶりだったから。
「うん。でも兄様は言ってたの。俺はお前が嫁ぐならナドランドは攻めないって。そんなの、うん」
ありえないのに、と言いたかったのだろうか。リアが黙ってしまった。
これまた滅多にないことだ。たとえ口約束でも、軍事国家ホクレンの筆頭将軍が政略結婚に基づいて身内のいる国は攻めないという。
(今までに何度も、何人も政略結婚を反故にして死なせてるのに、な)
近代ではもはや、軍事国家ホクレンとの政略結婚は信用に値しないという向きすらある。ヒエドラン王子のリアへの冷遇もあながち理由がないわけではない。
強国とはいえ、裏切りかねない国からの令嬢と結婚させられるくらいなら、自国の有力貴族と繋がったほうが良い、という考え方もあるだろう。
「そこまで言ってくれてたのに、破談されたから、兄様は怒っちゃったのかもしれない」
リアがまたショボンとしてしまう。俯いてしまった。
「そういう経緯なら、ほとぼりが冷めれば大丈夫じゃないかな?」
ケイズの言葉にリアが顔を上げる。
「そのうちホクレンにも行ってみよう。また猫可愛がりされちゃうかもしれないけど」
いずれにせよ、自分もリアとの結婚を認めてもらわねばならない。平穏かつ正当にリアと暮らすには義兄からの理解が必須だ。
(まぁ、まだプロポーズもまぁ、なんだけど)
何かとタイミングが難しいのである。言うだけならいつでも言えるし、そのつもりもあるのだが、一生に一度のことである。素敵な場面をセッティングして言いたい。
「うん」
リアが嬉しそうに頷いた。
気付けばすっかり夜になっている。そろそろコボルトが現れかねない時間になりつつあった。




