22 コボルト迎撃②
正式に依頼受理の手続きを終えて、二人は冒険者ギルドのダイドラ支部を後にする。リアが着替えだけはしておきたいと言うので、着替えて後、ダイドラの南門前で合流することにした。
まだ昼前なので、今からタソロ村を目指せば夕方前には着くだろう。弓遣いのように、自分もリアも戦いに消耗品を必要としない。回復薬などを準備する必要も本件ならば特にないだろうと判断した。目的地が歩いていける範囲の距離であれば、経費がまるでかからないのである。
ケイズはぼんやりと南門前でリアを待つ。人の流れが東西の門ほどには多くない。商人の出入りが少ないからだ。
「お待たせ」
出会ったときの装いに戻ったリアが駆け寄ってきた。碧色の道着と太腿まで露わなズボンである。太腿に巻いた剣帯には短剣が2本差してあった。緑色の鞘と茶色い鞘、自分とリアの色だ。
(初めての贈り物にお互いの色を選んでくれるなんて、もうきっと、そういうことだろ)
ケイズは感激してしまう。昨日は脛の痛みで鞘までは見られなかった。
「どうしたの?いこっ?」
リアがケイズの顔を心配そうに見上げていた。
今日はこれから初仕事である。ケイズは、あまり浮かれてばかりもいられないのだ、と思い直した。
「そうだな。今から歩けば夕方前にはタソロに着くからな」
ケイズは先に立って歩く。門番には冒険者証と依頼の概要を告げるだけで足りた。
タソロの村までは街道ほどしっかりはしていないが、きちんと道が通っている。森の中を抜けた道の先だ。更に村の先には、ランドーラ湿原という魔獣の多く棲息する広大な湿地帯が広がる。
「前から思ってたけど、その服ってホクレンの伝統的な服なのかな?あまり他国じゃ見ないよな」
ただ歩くのも退屈なので、ケイズは以前から気になっていたことを尋ねた。
「変かな?」
リアが飛びかかってきた褐色の鳥形をした魔獣を切り捨てながら、不安そうな顔をした。森の中にも大なり小なり魔獣が出る。
「いや、可愛いよ。あまり詳しく言うと照れるみたいだから控えるけど」
ケイズは苦笑して告げた。
当のリアが既に可愛いの一言で赤面している。
「私専用の服だって。一応、うん、結婚するんだから、ちゃんとした服じゃなきゃ駄目だって、兄様が」
リアがもじもじしながら恥ずかしそうに説明する。
話せば話すほど、ホクレンの筆頭将軍たちはリアを大切にしていたようだ。あくまでホクレンなりにだが。施されていた戦闘訓練も、リアの戦闘を見る限り超一流で、愛情のほどが窺える。
ただ、ナドランド王室とはあまりに価値観が違った。ナドランド王国では、女性はドレスなどで美しく着飾るのが主流なので、リアの服装は随分と酷評されたものだ。そしてリアの体型でドレスを来ても、服に埋もれてしまう。
(なんで、ナドランドに置き去りにしたんだろ。俺にとっては幸運だったけど)
ケイズは思いつつ、歩みを進める。飛ぶ魔獣を感知するのは苦手だ。地走性の魔獣については自分が地針で接近する前に駆除している。あまり数はいないのだが。
「魔力こもってて、簡単な魔術の攻撃は弾くだろ、それ」
刺繍と糸に特殊な魔術が込められている。鎧と違って動きを阻害しないという利点もあった。どこにも売っていない素晴らしい戦闘服だ。
(これよりすごい贈り物、俺、いつか渡せるかな)
未来の義兄に認めてもらえない虞がある。
少し深刻にケイズは悩んでしまう。先日の短剣二振りでは到底及ばない価値である。
「やっぱりケイズは分かるんだね」
リアが感心して首肯いている。
他にも気づいていることはあるが黙っていた。
さして手強い魔獣と出会うこともなく、予定通り夕方前にタソロの村に到着する。
森の中にある開けた場所、簡素な柵で囲われた敷地の中に、20棟ほどの家屋と畑、家畜小屋が収まっている。人口は100人ほどと聞いているので、たとえ数十匹でもコボルトの群れは重荷だろう。
「ここ?」
柱2本の間にある空隙が出入り口のようだ。あとはくまなく柵で囲われていた。
リアが村内を覗き込んで尋ねる。
村の中にはまだ畑仕事や家畜の世話をする人たちの姿があった。ただ、遊んでいる子供たちの姿などは見られない。コボルトに万が一にも攫われないように、という配慮だろう。
見るからに余所者の自分たちに、無愛想な一瞥を向けてくる。
「みたいだな」
ケイズは答え、村の中に踏み出した。リアも続く。
依頼主に到着を告げて仕事に着手する旨を伝えなくてはならない。
「どうするの?コボルト、やっつけに行く?」
横に並んだリアが、上目遣いに尋ねてくる。よく、冒険者の話などを聞くと、魔獣の巣窟に討ち入る物語があった。大抵、舞台は洞穴だ。
「巣の場所も分からないし、待ってればまた来るっていうなら待ち伏せが良いかな」
ケイズ自身、敵を待って迎え撃つ方が得意なのだった。巣を探し回ってから倒すよりも無理がなくて良い。
「あの二人が今回の冒険者か、まだ子供じゃないか」
「魔術師なんだろ、杖、背負ってるし。年は関係ないんじゃないか」
「でも、女の子は普通の子なんじゃないか。変な格好だけど」
村の人達がヒソヒソと話している。
好きなように言わせておくしかない。コボルトの件がなければまず来ることのない場所だ。
(ただ、これが初めてじゃないのか。何か原因があるのかな)
話を聞きながらぼんやりとケイズは考えていた。
ケイズが平然としているのでリアも周りを気にしていないようだ。
やがて、村の中央にある一際大きな木造家屋に至る。依頼主である村長の家だろうとケイズは判断した。木造の扉を叩く。
「はい」
声とともに中から初老の男性が現れて、ケイズ達を見るなり驚いた顔をする。優しそうな顔の人で、ひょろりと痩せて背が高い。
「君たちが今回の依頼を受けてくれた冒険者かい?」
男性がケイズとリアを不安そうな眼差しで交互に見つめる。杖がなければ本当にただの子供と思われたのではないか。
「すいません、村長さんですか?」
一応、ケイズは確認する。まだ、相手が依頼主の村長だと決まったわけではない。
「あぁ、失礼。そうだけど。まさかこんな子供を寄越すなんて。いくらなんでも子供たった二人で、あの数のコボルトを倒すなんて無茶だ」
本当に失礼なことだ。いきなり断ろうとしてきた。
ケイズは無言で杖を抜き、地面をついた。
「うわっ」
急に何本もの針が地面から飛び出したことに驚き、村長が腰を抜かす。一応、聞いていたコボルトの数に合わせて20本ほど発射したから、かなり壮観だろう。
ケイズは尻もち状態の村長を見下ろす。
「余程、想定外の大物でもいない限りは、ご期待に添えると思いますよ。16歳が子供というなら、そこは否定しませんけどね」
冒険に限らず、想定外のことはいくらでも起こりうる。盗賊と戦っていて黒騎士が現れたように、コボルトと戦っていて何か大物と出くわすこともあるだろう。それでも依頼がコボルト20匹というなら、それは出来るので断らないで欲しい。
「す、すまない」
村長が立ち上がろうとしたので、ケイズは手を貸した。
「えーと、君たちは魔術師さんとシーフ?いや武闘家さんかな?」
とりあえず村長はケイズとリアが依頼をこなすことに納得してくれたようだ。職業について確認してきた。軽装のリアだけは判断がつかなかったらしい。
「精霊術師です」
ケイズは答えた。
冒険者が依頼をこなすときに組む仲間をパーティーという。冒険者は、近接戦闘をこなす前衛と遠距離戦をこなす後衛に分かれる。通常は前衛と後衛をバランスよく配置して組むのだが、自分たちの場合はその限りではない。二人してどちらとも言えない、いわば中衛とでも呼ぶべき存在だ。




