21 コボルト迎撃①
武器屋でデートをした翌日、ケイズは冒険者ギルドのダイドラ支部を訪れてリアと合流した。更にフィオナから依頼書の束を受け取る。
昨日、散策しながら、いよいよ依頼を受理してみようという話になったのだ。
「さて、どれにするかな」
喫茶スペースの1卓を陣取って、ケイズはリアと額を突き合わせるようにして依頼書を吟味していた。
商人の護衛から薬草の採取まで様々な依頼がある。二人はまだ第10等級という最下級の冒険者であり、一番上は第1等級だ。受けられる依頼も、同じく等級に応じて区分されている。今、二人が受けられるのは一つ上の第9等級の依頼までだ。
「第10等級のは掃除みたいな雑用ばかりだもんな」
ケイズは第9等級相当の依頼ばかりを受け取ってきていた。
依頼をせずに素材を集めて換金することで、生計を立てる者もいる。ケイズとしては、リアの人の役に立ちたいという希望もあるので、依頼を受けることで収入を得ていくつもりであった。
「フィオナに、お世話してもらってるから、ある程度のお金、欲しい。食費も家賃もちゃんと自分で出すの」
リアが真面目な顔で言う。真剣な顔で1枚1枚、隅から隅まで熟読している。フィオナに雑務を頼まれるだけはあって律儀なのだった。
(顔が近い、近い。可愛すぎるって)
対するケイズは依頼どころではない。卓が小さく狭すぎるので、目の前にリアの顔がある。迸る恋心を持て余しているのだった。
「でも、まだ報酬の安い依頼しか受けられないから、今後ある程度、等級は上げていかないとだな」
依頼の細かい話ができないので、とりあえず読まなくても分かることをケイズは述べた。
「どうすれば等級が上がるの?」
リアが無邪気に尋ねてくる。彼女の前には書類が3つに分かれていた。多分、興味を引かれたものとそうでないもの、そしてまだ読んでいないものだ。意外とシステマチックなのだった。
「等級によりけりだけど。依頼を幾つかこなして実績上げて、あとは戦闘力の試験を受ければ良い。等級が上がるとまた別みたいだけど」
戦闘力だけなら、自分とリアはかなり上の方に相当するだろう。二人だけで上級魔獣を圧倒している。第2か第1に近いところには既にいるはずだ。
(多分、その気になればあっという間に上の等級にいけちゃうんだろうな)
複雑な気持ちをケイズは抱いた。何であれ立場が上になればなるほど、責任が生じる。冒険者の等級で言えば、気の乗らない危険な依頼にも応じなくてはいけないかもしれない。自分はともかく、他人事のためにリアの命に危険を及ぼしたくはなかった。
「等級が上がると何か良いことがあるの?」
リアの方は等級を上げたいだろう。真面目だから嫌な依頼も、やらなくてはならないとなれば嫌とは言えない。フィオナのお世話になっているからお金も欲しいと言い出すぐらいだ。
ただ前向きなリアが魅力的なこともケイズには否定できない。程々のところで止めてやりたい、と思うのだった。
「いろいろ特典がある。クランっていう公認の組織を作れたり、情報を回してもらえたり、旅費を支給してもらえたり、かな」
ケイズはリアの頭を眺めながら説明する。書類を読むために俯き、下を向いているので、いつの間にかリアの可愛い頭頂部しか見えなくなってしまった。
(これはこれで可愛い)
もはやリアなら何処でも良いのだろうか。さすがに自分で自分に呆れていると、リアが1枚の依頼書を突きつけてきた。
「コボルト討伐、ね」
目の前の依頼書をケイズは読み上げた。コボルトは魔素の効果によって二本足で立つようになった野犬だ。前足が空いた分、知恵がついて武器を使うようになった。
「コボルトって強い?」
リアがケイズに依頼書を受け取らせて尋ねる。依頼書にはコボルトの性質までは書いていない。報酬や場所などの条件が他と比べて良いから提案したのだろう。
「そうでもない。下級魔獣。野犬みたいなもんだけど、武器を使うし悪知恵もある。大きいもので100匹くらいの群れを作る」
ケイズは説明しながら改めて依頼書に目を通す。思えば1枚も読まないまま、リアに選んでもらってしまった格好だ。さすがにきちんと読まないと申し訳ない。
「集団戦は?連携は?」
軍事国家出身の、リアの中にある何かを刺激してしまったようだ。立て続けに質問が飛んでくる。
ケイズは苦笑した。
「人間ほど高度には出来ない、ってことしか分からない。人間ぐらいやれれば、今頃はコボルトの国が出来てるんだろうから」
実際、コボルトの国など存在していない。
目をしっかり通してみると、リアの選んだコボルト討伐は良い依頼だった。
まず近い。ダイドラの西隣にあるタソロという小さな村だ。歩いて数時間というところだろうか。報酬額も手元にある第9等級の依頼の中では1番高い。それに自分とリアならコボルトがたとえ1000匹いても簡単に駆除できる。
「いいんじゃないかな、手頃で」
ケイズも結論づけた。
リアが嬉しそうに頷く。自分で提案した依頼をケイズが賛成したのが嬉しかったようだ。
あとはフィオナのところで依頼を受理する手続きをしなくてはいけない。勝手に依頼通りのことをしたとしても報酬を貰うことは出来ないようになっている。
報酬から手数料をギルドがとっているようだが、その代わり依頼主の身元を確認してくれている。ケイズやリアのような若輩でも、安心して依頼が受けられるように保護してくれていた。依頼主の中には、たちの悪い人間もいるにはいるのだ。
「村の人も困ってるみたい」
リアが神妙な顔をしている。由々しき事態、という顔だ。
依頼である以上、当然依頼主がいる。今回は現場であるタソロ村の村長だ。村の近くに住み着いたコボルトたちが数十匹の群れとなり、作物や家畜を荒らす、という。
「そういう意味でも良い依頼の受理かもな」
今は作物や家畜でも、いずれは人間を襲うこともありえる。そうなる前に一掃したほうが良いのだ。
「うん」
リアが頷き、フィオナのいる受付窓口に駆け寄った。ケイズも後に続く。
「あら、二人がこの依頼を受けてくれるの?」
フィオナが目を丸くした。
初めて受ける依頼が、第10等級でありながら、9等級相当、と格上だからだろうか。
本当はコボルトの数十匹くらいケイズ一人でもいいくらいなのだが。心配そうにフィオナがリアの笑顔を見つめている。
「うん、ケイズと二人ならそこまで危なくないと思う」
リアがケイズを見て微笑んだ。
「うーん、かえって危ない気がするけど。まぁ、あなた達なら大丈夫、かな」
フィオナが心配そうな顔をしながらも、後ろの棚から書類を引っ張り出して、何事かを書き込んでいく。
「俺は多勢との戦いのほうが得意だから」
少しでもフィオナの心配を軽減してやろうと思って、ケイズは言った。
「あなたのことは全く心配してないわ」
しかし、冷たい口調と表情で、フィオナに言い切られてしまう。ケイズに対する心象はとても悪いようだ。
「いい?危なくなったらケイズ君に押し付けて、リアちゃんは逃げるのよ?別にケイズ君はいくら怪我してもいいんだからね」
ひどい言われようにケイズは顔をしかめる。数日見ていても、リアに対するフィオナの過保護は目に余るものがあった。
「んーん、ケイズは優しいし、大事。時々変だけど。私とケイズは、おんなじぐらい強いから助け合うんだよ」
リアが首を横に振った。
嬉しいことを言ってくれる。ケイズはリアの可愛さに免じてフィオナの無礼を不問に付すことにした。
「はぁ、健気で可愛くて、そういうトコが良いんだけど。気をつけてね」
フィオナが自らの右頬にさすりつつ、盛大にため息をついた。どこか悩ましげな仕草で、他の冒険者としてダイドラ支部にいる男共の大多数は骨抜きにされているという。
(フィオナですら、そういうのなら。どう見たって、リアのほうが可愛いから要注意だな)
失礼なことを思いつつ、ケイズはリアとともに冒険者ギルドのダイドラ支部を後にした。




