20 武器屋デート③
「とりあえずこれが振りやすい」
リアが二振りの短剣を持ってきて告げた。鞘も柄も黒い味気ないものだ。刃は鉄製、高価そうなものでもない。ただ、値段の割には軽くて鋭い、刃物については素人目のケイズから見ても良質そうだと分かるものだ。
「しかし、武器だと味気なかったかな。せっかく初めての贈り物なのに」
ケイズはふと現物を前にして、気になってしまった。
そもそも武器屋の前に装飾品店等に寄るべきだったのかもしれない。女の子への贈り物というと、ケイズにはそれくらいしか思い浮かばなかった。
(でも武器は今後、冒険者としてやっていくなら必需品だしな)
心の内で一人葛藤するケイズ。割と序盤から師匠キバの恋愛面での教えは役に立たず、手探りでリアとの関係を模索している。
「でも、私、嬉しいよ。ケイズ、ありがとう」
幸い、リアが良い子なのでお礼を言ってくれる。
ケイズはとても幸せな気持ちになった。
「顔が綻んでだらしなくなってるぞ」
呆れ顔でレガートが言う。恋愛の機微などまるで分かってなそさそうな風貌だ。
「うるさいな、リアにお礼を言ってもらえたんだから仕方ないだろ」
ケイズは正論を述べた。好きな娘に礼を言われる至福などレガートにはわからないのだ。
レガート本人がケイズの不服には取り合わず、盛大にため息をついた。
「まったく、仕方ねぇな。ちょっと待ってろ」
そして店の奥へと引っ込んでいった。
リアがきょとんとしている。
「タダでもらえるのかな? 」
なぜか期待に満ちた眼差しでケイズに尋ねてくる。リアにとってはお金のことは割と心配事らしい。
「そうすると、俺からの贈り物じゃなくなるからマズイな」
ケイズも真剣な顔で答える。
レガートが、色とりどりの鞘や剣帯の入った箱を持って戻ってきた。
「こういうのも、併せて買ってやりゃ贈り物っぽくなるんじゃねぇか」
意外な気遣いにケイズは素直に感心した。レガートには武器を売ろうという気が全くないのだと思っていたからだ。そして細やかな気配りなど無理だろうとも。
(でもそれなら店を畳んでるか)
失礼な自分の考えにケイズはツッコミを入れた。
「こういう気の回し方はしないんだ、と思ってた」
失礼になりすぎない範囲で言うにケイズは留めた。確かに鞘や剣帯を合わせて贈るだけでもだいぶ印象が違う。
「売る気があったときに、いろいろ試してたんだよ」
レガートが苦虫を潰したような顔をした。こだわりの職人、という妙な誇りが強いのだ。商人であるより、職人でありたい、ということかもしれない。
「ここから、好きなのを選んでいいの? 」
リアが身を乗り出し、目を輝かせている。すぐには触りもしなかったので、まだ遠慮があるのだ。
「いいよ」
ケイズは可能な限り優しく答えた。
再びレガートの方へと向き直る。
「今は売る気がないのか」
レガートの最初の様子を思い出してケイズは尋ねた。
横ではリアがまた鞘と剣帯を一つ一つ手にとって確認している。本当に律儀なことだ。
「そこまでじゃねえが。馴染みになった冒険者がことごとく中央に流れちまってな。そうすると碌な素材が手に入らねぇ。で、良い武器も作ってやれねぇ。その悪循環にはまっちまって、どうにもやる気がな」
レガートの抱えていた問題は地方ではどこにでもよくありそうだが、いざ当事者になったら辛いたろうと思えるものだった。ケイズとしては他人事だ。それでも自分とリアが関わっていく中で、レガートにとっても利益となる部分も出てくるかもしれない。
「今後もまた、俺らはいろいろ頼むと思う、また素材が入ったら良い武器にしてほしい」
よほど今回の杖と短剣でしくじらない限り、ケイズはまたレガートに頼むつもりでいる。いつも店が空いていて融通も利かせてくれそうだからだ。
「俺はついてるのかね。こんな辺境に来た精霊術師なんて訳有りに決まってる。長い付き合いになりそうだ」
にやりとレガートが笑った。
それから書面を引っ張り出してきたので、杖と短剣について詳細を詰める。主に予算と、リアの短剣の素材、ケイズの杖は主に長さや太さなど。
「とりあえずはこんなとこかな。あとは俺の方で判断してやる」
レガートが書類にいろいろ書きつけてから伸びをする。
見るとだいぶ時間が経ったのにリアがまだ選んでいた。真面目な顔でケイズには見向きもしない。少し視線を落とすと細い腰が目に入る。
(あー、抱きしめたい、ダメかな)
誘惑に狩られる。見ているのはどうせレガートだけだ。邪魔なフィオナもいない。
「いや、ダメだろ。ケイズ、お前、本当に大丈夫か」
レガートがたしなめてくる。やはりフィオナの回し者だったようだ。思えば以前から武器屋をしていたならギルド支部にも出入りしていたのかもしれない。
「何で分かった。俺の考えていることが」
ケイズは内心の動揺を抑えて低い声で尋ねた。必要とあらばレガートも宙吊りにするしかない。フィオナに言われてデート、交際を妨害するつもりか。
「嬢ちゃんの尻をその目つきで凝視してれば誰でも、やべえって思うだろ」
レガートが呆れた口調で言う。本当に呆れている。
嘘をついているようには見えない。さすがにケイズもレガートが本心から言っているのだと分かった。
お互いに誤解があったようだ。ケイズは深く反省しつつ、弁明を試みる。
「いや、まぁ、抱きしめたいな、とは思ったけど。うん、その辺りは見てない。とっても可愛いけど」
言いながらついリアの頭の先から爪先までを眺めてしまう。
「ていうか、全部可愛いだろ!」
話題に乗せるほうが悪い。自分は悪くない、とケイズは思った。
「本当に変態なんだな」
レガートが呆れ顔で断言する。
ひそひそ声で自分とレガートは会話をしていた。鞘と剣帯に夢中のリアには気付かれていない、とケイズは思っていたのだが。
リアが、キッと真っ赤な顔で自分の方を向いた。
「ケイズの馬鹿っ!」
細い脚による一撃が、ケイズの脛を直撃した。
「ぐぉっ」
ケイズは激痛でうずくまる。
「そりゃ、そうなるだろ。随分前から嬢ちゃんは、選ぶのやめて我慢してたぞ」
レガートが呆れたように言う。
(絶対に煽ってた、このじじい、絶対に煽ってた)
ケイズはうずくまったまま、レガートを呪った。まだ40歳かそこらという、ジジイと呼ぶにはまだ早い見た目のレガートだったが。
「これとこれとこれっ!」
頭の上でリアが選んだ商品をレガートに示しているようだ。
(何を選んだのか見たい。でもまだ立てない)
ケイズは机のヘリをつかむ。それでもまだ立てない。
「支払いは復活してからでいいからなぁ」
のんびりしたレガートの言葉が降ってくる。何とか銅貨数枚をカウンターに置いた。
「舐めるなよ、お代ぐらいちゃんと確認してる」
何なら、全部均一価格だったことまで把握済みだ。ケイズは心の内で付け加える。
「何だよ、その無駄にすげーの」
レガートの声に込められてるのは感心とは、程遠い感情だった。
リアがスカートを少し捲って、白い太腿に剣帯を巻いている。眼福であるが、ケイズは黙っているということを覚えた。
そして立ち上がる。
「よし、買い物終わったし、行こう」
満足してケイズはレガートに背を向けた。リアが何故かびっくりしている。
「おぅ、毎度あり」
レガートの声が背中にかけられた。お代は完成してから、もし相談すべきことが発生したならケイズの住所地に連絡をくれるという。
「どこ行こうかな、リアはなにか食べたいものとか行きたい場所はある?」
表通りに戻ると、ケイズはリアに尋ねた。まだ正午くらいだろうか。街は賑やかだ。
リアが微妙な顔をして、もじもじしている。
「武器を買ってもらえて嬉しい。お礼も言いたいけど、まだ怒ってる」
リアがじとりとケイズを睨む。睨もうとして睨んでいる顔も可愛い。
先程の助平について深く立腹したようだ。
「悪かったって。でもそれはそれ、これはこれ。空腹はまた別のことだから」
ケイズは告げて辺りを見回す。どこか良い店がないかと探す。
「むう、ケイズは精神的に強すぎる。さっき脛を蹴ったばっかりなのに」
また、気がかりで悩んだり困ったりしないかだけは心配だ。
(あぁ、あと嫌われるのも苦しいか)
ケイズは思いつつ、正面からリアに笑いかけた。
「今は幸せで上機嫌だから。リアと一緒にいられて、良い買い物して、先の展望もあって。今のところ楽しい事しかない」
自分だけでもまず幸せだと示し続けていればリアにも伝わる。こういう前向きさはそうやって伝播していくのだ。
「ケイズの馬鹿」
小声でリアが言う。さっきみたいに怒ってない。
「でも、恥ずかしいのは嫌だからね」
それでもリアに釘は刺されてしまった。
門限がフィオナに設けられているという。お夕飯の時間だそうで、二人は門限に間に合う範囲内でダイドラの街を散策したのだった。




